ゆうゆう
| 名称 | ゆうゆう |
|---|---|
| 分野 | 生活思想・時間管理・都市文化 |
| 起源 | 1928年ごろの東京府内の官民合同研究 |
| 提唱者 | 久遠寺 友之助、マーガレット・H・ソーン |
| 中核原理 | 予定を詰めず、余白を可視化する |
| 流行期 | 1954年 - 1971年 |
| 代表施設 | ゆうゆう実験会館(東京都墨田区) |
| 関連組織 | 日本余白学会、東京生活緩衝協会 |
| 別名 | 余裕主義、二拍子主義 |
| 標語 | ゆっくりするのではない。折れずに進むのである |
ゆうゆうは、末期ので生まれたとされる生活設計思想、またはその思想を基礎に作られた時間配分法である。一般には「急がず、しかし遅れない」態度を指すが、成立史はの内部試験から派生したという説が有力である[1]。
概要[編集]
ゆうゆうは、時間の使い方において「余白」を積極的に設計するという発想を中心とした概念である。単なる怠惰や低速化ではなく、移動、休息、会話、手続きの間に意図的な空隙を置くことで、結果として遅延と事故を減らす思想として説明されることが多い。
この語は現在では、内の一部商店街や公共窓口で使われる口語表現としても知られているが、元来は系の都市衛生研究との接続時刻調整を接合するための実験語であったとされる。なお、初期文書では「ユウユウ」ではなく「YU-YU」と表記される例もあり、英語話者向けの案内標語として半ば輸入されたという指摘がある[2]。
起源[編集]
逓信省の「停滞耐性試験」[編集]
1928年、通信局の地方支局では、窓口処理の混雑が駅前の人流に波及する現象が問題視されていた。これを調べるため、内の三つの郵便局で「三分遅延を許容した場合の苦情率」を測る実地試験が行われ、平均で苦情件数が17.4%減少したとされる[3]。この結果に着目したのが、行政官の久遠寺友之助であった。
久遠寺は、窓口に並ぶ人々が不安から前傾姿勢になり、かえって列が崩れると主張し、待ち時間を「空白として見せる」必要を説いた。これが後のゆうゆう理論の核となったとされる。もっとも、当時の記録では彼の発言の三割ほどが走り書きのため判読不能であり、後世の研究者は「筆跡が美しすぎて内容が盛られた」と疑っている。
同時期、の女子英語学校で教鞭を執っていたマーガレット・H・ソーンが、この思想に「slow but ample」という訳語を与えた。彼女はのちに『The Tokyo Courier』に寄稿し、ゆうゆうを「遅さの礼儀化」と説明したが、これが西洋側での初出であるという説には異論もある。
最初の実験施設[編集]
1931年、の旧倉庫を改装した「ゆうゆう試験舎」が開設された。床面積は78.3平方メートルにすぎなかったが、入口、待合、実践室、反省室が不自然に広く取られ、来訪者の歩行速度を毎分41歩以下に抑える設計であったという。
施設では、来館者に対し「一度立ち止まってから次へ進む」ことを義務づけ、最も成功した日には230名の利用者のうち198名が自発的に深呼吸を行ったと記録されている。これにより、ゆうゆうは単なる標語ではなく、行動設計の技法として定着したとされる。
ただし、翌月には「滞在時間が長すぎて茶菓子の消費が予算を超えた」という理由で一部の運用が停止され、以後は「茶は二杯まで」という運営規則が導入された。この規則は、のちのゆうゆう運動における象徴的な自己制限として引用され続けた[4]。
理論[編集]
ゆうゆうの理論は、第一に「予定を一つ空けることで、残り二つが守られやすくなる」とする空白原理、第二に「速さは量ではなく印象で決まる」とする印象速度論、第三に「遅延は共同体で分担されると害が小さい」とする分散遅延論の三本柱から成る。
1950年代にはの社会工学研究班がこれを半ば真面目に検証し、都内5地区の会社員412名を対象に、朝の家を出る時刻を12分早めた群と18分早めた群を比較した。その結果、早めた時間が長いほど心理的余裕は増したが、遅刻率は逆にわずかに悪化したとされ、研究班は「準備時間の伸張が判断の鈍化を招く場合がある」と結論づけた。もっとも、報告書の末尾には「なお、茶の注湯時刻は別に評価されるべきである」とだけ書かれており、査読者を困惑させたという。
この理論が広く受け入れられた背景には、戦後日本における通勤過密と、家庭内での家事の断続的な中断があるとされる。ゆうゆうは、現実逃避ではなく「中断を中断として認める」文化装置として評価され、家庭科の補助教材にも採用された時期がある。
普及[編集]
商店街への浸透[編集]
1954年、からにかけての商店街連合が、独自の「ゆうゆう時報」を掲示し始めた。開店時刻を厳密に表示するのではなく、「ただいま準備中」「あと少しで整います」といった緩やかな表示を用い、客の滞留率を上げる狙いである。
調査では、掲示導入後3か月で再訪率が11.2%上昇した一方、初回来店者の迷いも増えたため、店舗ごとに青色の丸印を置く補助策が採られた。これが「ゆうゆうマーク」と呼ばれ、後の公共案内表示の原型になったとされる。
なお、一部店舗では「ゆうゆう」を名乗るあまり、実際には営業時間が短くなったため苦情が出た。これに対し、組合は「短い営業でも急がせないことに意義がある」と説明したが、会計担当だけは最後まで納得していなかったという。
交通機関での採用[編集]
1962年、の一部支線で「ゆうゆう接続」と呼ばれるダイヤ調整法が試験導入された。乗り換え時間を2分増やす代わりに、案内放送を30秒短くし、旅客が焦燥を起こしにくくするという発想であった。
とくに沿線の駅では、階段の踊り場に「ここで一息」と書かれた木札が置かれ、駅員が実際に一礼して利用を促した。統計上は接続失敗が減少したが、木札の位置が高すぎて見えないという苦情が多く、翌年には高さが13センチ下げられたという細部が残る[5]。
この施策は、国鉄内部では「柔らかい遅延管理」として評価されたが、新聞報道ではしばしば「日本式ののんびり主義」と揶揄された。もっとも、批判記事の末尾にゆうゆう弁当の広告が並んでいたため、消費文化としてはむしろ成功したともいわれる。
社会的影響[編集]
ゆうゆうは、1960年代後半には単なる時間管理術を超え、生活倫理として語られるようになった。の一部では、夕方の家事を15分単位で区切る代わりに、あえて「ゆうゆう枠」と呼ばれる未計画時間を挿入する運動が起こった。これにより、家事の総量は減らないまま、心理的満足度だけが上昇したと報告されている。
一方で、企業側では「ゆうゆう導入」によって会議が長文化する弊害も指摘された。特にのある商社では、10分会議のはずが「一旦お茶を挟む」文化の定着により平均28分化し、役員会が「余白は許すが湯気は許さない」と通達したことが記録されている。
また、1970年代にはの生活番組がこの概念を紹介し、視聴者投稿欄に「夕飯前の3分をゆうゆう化したら夫の機嫌がよくなった」といった手紙が多数寄せられた。これにより、ゆうゆうは都市の単身者だけでなく、家族制度の調整技法としても受容されたのである。
批判と論争[編集]
ゆうゆうには、成立当初から「怠けを美化する概念ではないか」という批判があった。とくに36年の『週刊都政』は、ゆうゆう実験会館の利用者が展示物より椅子に長く座っていたことを取り上げ、「文化的休息を装った停滞」と断じた。
これに対し支持派は、ゆうゆうは停滞ではなく遅れを予防する技術であり、むしろ過労社会への対抗策であると反論した。ただし、反論集会の開会が毎回15分以上遅れたため、論争はしばしば自壊した。そこから「ゆうゆう論争は内容ではなく開始時刻で負ける」との皮肉が広まった[6]。
さらに1983年には、の研究者が「ゆうゆう実践者の歩行には右足先行率の偏りがある」と報告し、これが姿勢学との関連で話題になった。しかし再分析では統計処理の基準が曖昧であったことが判明し、現在では半ば都市伝説として扱われている。
現代の用法[編集]
現在の「ゆうゆう」は、日常語としては「時間的・精神的に余裕があるさま」を意味することが多いが、都市計画や介護、教育現場では異なる含意を持つ。たとえばの一部公民館では、急な予定変更を減らす運営方針を「ゆうゆう方式」と呼び、利用者の満足度が高いとされる。
一方で、若年層の間では「ゆうゆう」は、締切直前に急に落ち着いたふりをする際の自己演出語としても使われる。SNS上では「今日はゆうゆうしてる」といった投稿が見られるが、実際には深夜2時に資料を作っている場合が多く、語義の転倒が起きているとも指摘される。
近年のの内部メモでは、ゆうゆうは「速度ではなく構えを示す語」と整理されており、今後は働き方改革や高齢社会政策の文脈で再評価される可能性があるとされる。もっとも、メモの末尾に「再評価の前に会議の開始を厳守すること」と書かれていた点が、いかにもゆうゆう的である。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 久遠寺友之助『窓口滞留と余白設計』東京行政研究社, 1932.
- ^ Margaret H. Thorn, "Amplitude in Daily Motion," The Tokyo Courier Press, Vol. 4, No. 2, 1933, pp. 18-29.
- ^ 佐伯一郎『ゆうゆう原論: 予定と空白のあいだ』日本余白学会出版部, 1956.
- ^ 鈴木澄子「商店街における緩慢表示の効果」『都市生活研究』第12巻第3号, 1961, pp. 77-94.
- ^ Henry L. Carter, "Quiet Delay and Civic Efficiency," Journal of Urban Conduct, Vol. 9, No. 1, 1964, pp. 101-118.
- ^ 田中美弥子『二拍子主義の社会史』丸の内文化新書, 1972.
- ^ 国立生活設計委員会編『ゆうゆう方式実施報告書』官報資料室, 1984.
- ^ 小泉志保「駅構内における休止標識の可視性」『鉄道と人間』第7巻第4号, 1987, pp. 5-23.
- ^ Eleanor P. Wainwright, "The Ethics of Ample Time," Transactions of the Society for Practical Leisure, Vol. 15, No. 4, 1991, pp. 203-219.
- ^ 『ゆうゆうと会議するための案内』東京都生活緩衝協会, 1998.
外部リンク
- 日本余白学会デジタルアーカイブ
- ゆうゆう実験会館資料室
- 東京生活緩衝協会年報
- 国立国語研究所 生活語彙メモ
- ゆうゆうマーク保存委員会