よなよな団地
| 名称 | よなよな団地 |
|---|---|
| 種類 | 集合住宅(団地) |
| 所在地 | (旧:荒川東縁地区) |
| 設立 | (団地開設)、(大規模改装完了) |
| 高さ | 地上5階(最上階テラス塔) |
| 構造 | 鉄筋コンクリート造(RC)・一部免震基礎 |
| 設計者 | 建築部(統括:渡辺精一郎) |
よなよな団地(よなよなだんち、英: Yonayona Housing Complex)は、にある[1]。夜間照明が特徴で、周辺住民の間では「生活のリズムを設計した街」として語られている[1]。
概要[編集]
現在では、に所在するとして広く知られている。外観は「夜でも同じ表情を保つ」ことを狙ったとされ、各棟に設けられた帯状の間接照明が特徴とされる[2]。
よなよな団地という名称は、開設当時の入居募集パンフレットに掲載された「よなよなのように眠りに落ちるまで、灯りが揺れない」趣旨の標語に由来すると説明される[3]。一方で、由来の裏には、夜間の工事安全を目的にした照度実験(後述)があったとする説もあり、地元紙では「広告より工学が先に立った街」と評された[4]。
名称[編集]
名称の「よなよな」は、当時の都市住宅研究会が推進した「夜間生活リズム補正照明」の愛称としても用いられていたとされる。研究会の記録では、点灯パターンを単位で切り替え、入居者が無意識に“安堵の間隔”を覚えるよう設計されたと記述されている[5]。
また、団地内の方言分布調査では「夜更けに歩くときの足音が軽く聞こえる」との回答が多かったとされ、説明担当の職員が冗談で「よなよな歩き」と呼んだところ、最終的に団地名として採用されたという逸話もある[6]。ただし、この逸話は後年の回想録に基づくため、確実性には議論が残るとされる[7]。
なお、団地の正式名称は「荒川東縁生活調整住宅団地」であったが、住民組織が短縮した呼称が先行し、行政窓口でもその呼び名が定着したと説明される[8]。
沿革/歴史[編集]
計画の端緒と“照明工学の団地”[編集]
よなよな団地は、に策定された県庁主導の「都市住宅安全照明」計画の一環として構想された。背景には、当時増加していた夜間転倒事故の統計があり、県警がまとめた報告書では、転倒事故の発生時刻が平均して“23時台”に集中していたとされる[9]。
その対策として、が提案したのが、廊下天井の反射率と人の視線移動を同時に最適化する照明システムである。照度は「入口から最短距離で、視線が迷わない範囲」としてに設定されたと記録され、さらに実験では“揺れない光”を作るため、電源の周波数変動を±以内に抑える必要があるとされた[10]。
計画は「住宅を機械にする」ことを目指して進められ、結果として団地全体が一つの照明装置のように設計されたとする見方がある。実際、配線図は住戸配置よりも先に確定したとされ、当時の設計担当者は「間取りは光の後からついてくる」と語ったと伝えられる[11]。
開設と改装、そして夜間の儀式[編集]
団地はに開設され、当初の募集戸数はであった。入居開始からは“初夜点灯”と呼ばれる手順があり、全住棟が同時に点灯しないよう(2分刻み)を行ったとされる[12]。
その後、に行われた満足度調査では、「夜間に安心して眠れる」という回答が全体のを占めたとされる一方、「光が綺麗すぎて眠気が遅れる」という意見も存在したと報じられた[13]。この矛盾を解消するため、に大規模改装が実施され、廊下照明の色温度がからへ調整されたとされる[14]。
また、団地では毎年「よなよな夜会」と呼ばれる小規模イベントが続き、消防訓練と称して住民が同じタイミングで手旗を振る習慣があるとされる。行政側は「行事は地域交流であり、防災とは別物」と説明するが、設計局の内部資料では当該行事が“消灯時の視線誘導テスト”に転用された形跡があると指摘されている[15]。
施設[編集]
施設構成は、住棟(5階建)・中庭・交流棟・管理棟からなる。各住棟は「光路」を考慮して並べられ、廊下の曲がり角には視線の逃げを作らないための“無反射パネル”が貼られていると説明される[16]。
交流棟には、小さな天窓が複数設けられ、日中でも一定の明るさを保つよう設計されたとされる。設計者らは、夜間照明だけに依存すると人の体内時計が乱れるため、昼夜の連続性が必要であると主張したという[17]。
さらに、団地中央には「灯りの井戸」と呼ばれる暗所照明装置がある。井戸といっても貯水設備ではなく、反射材とバッフル(整流板)で暗部を均す装置であるとされ、開設当時の広報では“よなよなのための井戸”と表現された[18]。この装置がインパクトを持ち、団地の見学ルートの起点になったとされる。
交通アクセス[編集]
鉄道は、最寄り駅としてのが案内されることが多い。徒歩圏は程度とされ、自転車利用では所要を目安にすると記載されている[19]。
道路アクセスでは、団地北側にが通り、渋滞が集中する時間帯でも交差点制御が比較的安定しているとされる。団地側は来訪者向けに誘導サインを設置しているが、これも夜間照度の最適化(看板の発光量を段階制御)に基づくと説明される[20]。
なお、バスはの「よなよな団地前」停留所が運行されているとされる。時刻表では、到着が“点灯開始の”に揃えられているとする記載があり、偶然とする見方もあるが、当事者は「設計局がお願いした」と回想している[21]。
文化財[編集]
よなよな団地は、建築的特徴だけでなく、生活の設計思想が評価され、に「夜間環境誘導型住宅群」として登録候補に挙がったとされる[22]。その後、審査資料では照明計画、住棟の配置、避難誘導の考え方などが一体として説明されているとされる。
現在では、一部の照明部材が修繕の際も“当初の色味”を維持するよう扱われている。保存担当者は、廊下の反射率が微妙に変わるだけで「誘導の理屈が崩れる」ため、部材の取り替えは慎重に行われていると述べたとされる[23]。
また、団地の灯りの井戸周辺は、見学者の導線を保つため夜間の立ち入りを制限する運用がある。地元ではこれを「文化財としての夜の礼儀」と呼び、守ることで雰囲気が保たれると語られている[24]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 蓮見都市住宅設計局『荒川東縁生活調整住宅団地計画報告書(内部資料)』蓮見都市住宅設計局, 1973年。
- ^ 渡辺精一郎『夜間照度設計と人の視線誘導』蓮見工学叢書, 1976年。
- ^ 田辺ミナ『都市型団地における分散点灯の効果』『照明環境研究誌』第12巻第3号, pp.45-58, 1987年。
- ^ 【蓮見警察】『夜間転倒事故の時間帯分布(蓮見市内・統計抜粋)』蓮見警察本部, 1969年。
- ^ Sato, R. & Thompson, L.『Designing Stable Illumination for Residential Walkways』Vol.7 No.2, pp.101-119, International Journal of Urban Lighting, 1982.
- ^ Klein, M.『Human Factors in Night-Time Wayfinding』Lighting and Behavior Review, 第2巻第1号, pp.12-27, 1990年。
- ^ よなよな団地住民協議会『よなよな夜会の記録(回想集)』住民協議会出版部, 2002年。
- ^ 中島啓介『団地建築の保存と反射率管理』『建築保存学報』第5巻第4号, pp.77-95, 2001年。
- ^ 蓮見市文化財審査会『夜間環境誘導型住宅群の評価要旨』蓮見市, 1998年。
- ^ 矢島ふみ『団地名の社会言語学—「よなよな」の採用過程』都市語彙研究会, 2010年。
外部リンク
- よなよな団地公式アーカイブ
- 蓮見市夜間環境フォーラム
- 照明環境研究会データ閲覧
- 灯りの井戸 見学案内
- 蓮見電鉄 沿線散策マップ