りんごのコスプレイヤー
| 名称 | りんごのコスプレイヤー |
|---|---|
| 別名 | 果実装者、アップル・パフォーマー |
| 起源 | 1928年頃の青果共進会 |
| 主な活動地域 | 青森県、東京都、長野県 |
| 表現要素 | 衣装、香料、着脱式果梗、擬音演技 |
| 関連団体 | 日本果実演装協会 |
| 代表的祭礼 | 弘前果皮祭、池袋アップル・サロン |
| 流行期 | 1990年代後半以降 |
| 通説 | 林檎の品種改良史と演劇史が混線して成立したとされる |
りんごのコスプレイヤーは、の一形態として発展した、衣装・香り・質感を用いてを擬人化する表現者である。主にやのイベント文化の中で知られており、近年は舞台芸術および地域振興の文脈でも言及される[1]。
概要[編集]
りんごのコスプレイヤーとは、りんごを擬人化した衣装を着用し、果実としての質感や季節性を演じる表現者を指す。一般にはイベント参加者を意味するが、では農産物の販促と民俗芸能の中間に位置づけられ、古くから半ば公的な存在として扱われてきたとされる[2]。
その起源は末期の果樹品評会に求められることが多い。もっとも、初期の記録では「林檎装」「赤実役」といった表記も混在しており、現在の「コスプレイヤー」という語が定着したのは頃とみられている。なお、当時の資料には「果皮の皺を再現するため、演者は前夜に湯たんぽを抱いて眠った」との記述があり、真偽は定かでない[3]。
歴史[編集]
起源と草創期[編集]
通説では、にの青果市場で行われた「第二回りんご共進会」において、売り子のが赤い布を巻いてりんごを表現したのが始まりとされる。彼女は単なる呼び込み役であったが、観客が「食べたいほど可愛い」と評したことから、以後は果実を演じる者が現れたという。
にはの外郭事業として「果実演装試演会」が開催され、演者12名が、、などの品種名を冠した衣装で登場した。ここで重要なのは、衣装の色だけでなく酸味・蜜の入り方まで演技指導の対象になっていた点であり、審査員は舞台上の所作を「一口目の香りが遅い」と批評したと伝えられる[4]。
戦後の再編[編集]
になると、食糧統制の緩和に伴ってりんごのコスプレイヤーは一時的に縮小したが、の観光行政がこれを再利用したことで復活した。特に、前で実施された「りんご返還歓迎式」では、演者が段ボール製の果梗を掲げて進軍し、沿道の児童約430人に乾燥りんご片を配ったとされる。
この時期に整備されたのが、衣装の三原則である「赤を盛る」「香りは遅らせる」「切り口を見せない」である。のちにがまとめた手引きでは、りんごのコスプレイヤーは「単なる着ぐるみではなく、熟度を演じる存在」とされ、舞台装置としての果実性が強調された[5]。
現代の展開[編集]
後半からはの同人イベントや地方物産展に進出し、いわゆる「食べられるコスプレ」として再解釈された。とりわけで開かれた「アップル・サロン1998」では、参加者78名のうち19名がりんごのコスプレイヤーであったとされ、うち3名は果汁を模した透明マントを使用して話題となった。
にはの果樹園ツーリズムと結びつき、収穫体験の案内役がそのまま演者化する現象が起こった。観光パンフレットには「りんごの被り物ではなく、りんごの気分で歩くこと」と記され、これが若年層に強い影響を与えたという。なお、の調査では、演者の約14%が自宅で果肉の色合わせを行っていると答えたが、調査票の設計に問題があったとの指摘もある[要出典]。
表現様式[編集]
りんごのコスプレイヤーの衣装は、外観よりも「熟し方」の再現に重点が置かれる。もっとも基本的なのは赤系統の地に状の縫い目を入れた形式であるが、上級者になると青みがかった未熟果タイプ、蜜が多いとされる半透明タイプ、さらには落下直前の「風前果」タイプまで存在する。
演技面では、演者は直立するだけでなく、観客の近くに来た際にわずかに回転し、果面の反射を見せることが求められる。これはにで行われた「果実身体論講座」に由来するとされ、講師のは「りんごは歩くのではなく、寄せてくる」と記したという。なお、この講座は現在では保存記録のみが残る幻の講座として扱われている[6]。
社会的影響[編集]
りんごのコスプレイヤーは、地域振興において独特の役割を果たした。の一部自治体では、祭りの集客数が演者の人数に比例するとの迷信が広まり、には「1人増えるごとに露店売上が約2.3%上がる」とする試算まで登場した。もっとも、これは果樹業界団体が作成した販促資料を元にしたもので、統計的にはかなり粗い。
一方で、コスプレ文化内部では「食品を擬人化する際の倫理」が議論となった。特にりんごのコスプレイヤーは、食べ物を愛でるのか、商品を宣伝するのか、あるいは果実そのものの人格を奪うのかという問題を抱え、ではに「皮を剥く動作の際は本人の同意を得ること」という異例のガイドラインを出したとされる。
批判と論争[編集]
批判の多くは、その起源が観光行政と結びついていることに向けられた。とくにの資料には、演者が「赤いほど良い」と指導され、色彩選別が過度に強調された痕跡がある。このため、一部の文化研究者はりんごのコスプレイヤーを「果実の美的軍事化」と呼び、の大学で小さな論争を引き起こした[7]。
また、にで行われたイベントでは、参加者がりんごの品種を名乗る際に、、などの実在品種が混在し、審査員が「品種名の借用が過剰である」と指摘した。もっとも、参加者側は「そもそもりんごは借りるものではなく、演じるものである」と反論し、議論は平行線をたどった。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『果実演装史概論』青森文化出版, 1987.
- ^ 佐藤美千代『林檎と衣装の民俗誌』北の書房, 1994.
- ^ Margaret A. Thornton, "Performing the Apple: Regional Costume and Agrarian Identity," Journal of Comparative Folklore, Vol. 18, No. 2, 2001, pp. 114-139.
- ^ 高橋善一『青果共進会の演劇化――昭和前期の観客動員記録』弘前資料叢書, 1979.
- ^ Philip C. Ellery, "The Semiotics of Fruit Costuming in Postwar Japan," Costume Studies Review, Vol. 7, Issue 1, 2010, pp. 41-66.
- ^ 日本果実演装協会編『果皮表現マニュアル 第3版』果実文化研究所, 2018.
- ^ 斎藤嘉一『身体が熟すとき――果実身体論講座講義録』弘前芸能短期大学紀要, 第12巻第4号, 1982, pp. 5-28.
- ^ 中村玲子『観光果実学入門』みちのく新報社, 2006.
- ^ 吉田孝『りんご返還歓迎式の政治学』東北地域文化研究, 第9巻第1号, 1961, pp. 77-93.
- ^ Aiko R. Munemori, "When Apples Walk: A Note on the Apple Cosplayer Movement," International Journal of Festival Anthropology, Vol. 3, No. 4, 2019, pp. 201-219.
- ^ 田辺一郎『果実と倫理――食べられる衣装の境界』新宿学術出版社, 2020.
- ^ Helen S. Kavanagh, "Why the Apple Wears a Wig," Proceedings of the Society for Decorative Produce, Vol. 2, No. 1, 1998, pp. 9-17.
外部リンク
- 日本果実演装協会
- 弘前果皮祭実行委員会
- アップル・サロン資料室
- みちのく果実文化アーカイブ
- 果実身体論データベース