アフリカに咲き誇る臭い花
| 分類 | 民間植物群(単一の学名を持たないとされる) |
|---|---|
| 地域 | 西アフリカ〜東アフリカのサバンナ帯を中心に伝承 |
| 特徴 | 開花直後は強い悪臭、その後に甘い香気へ変化するとされる |
| 観察の指標 | 風向きと湿度で臭気指数が変動する点が重視される |
| 主な用途 | 儀礼・害虫忌避・民間の“気分調整”とされる |
| 社会的扱い | 衛生当局と市場が同時に注目する“準危険生物”として扱われることがある |
アフリカに咲き誇る臭い花(あふりかにさきほこるくさいはな)は、各地に伝わる「強烈な芳香/悪臭」を同時に持つとされる民間植物群である。20世紀後半に園芸愛好家と衛生行政の思惑が交錯し、珍物収集の対象として記録が増えた[1]。
概要[編集]
に伝わるは、単一の種というよりも、地元の採取者が「同じ匂いの系統」としてまとめた民間植物群として理解されることが多い。とくに、夜明け前の開花に合わせて匂いが立ち上り、数十分後に“別の顔”を見せる点が共通項とされる。
起源については諸説があり、古代からの呪術植物とする説明や、逆に近代の検疫技術の副産物とする見方が併存している。ただし、現代の記録では「臭気」を測る習慣が先に整備され、その測定が“花の分類”を後から固定した、という筋書きで語られることが多い。このため、歴史的には植物学よりも、嗅覚計測と衛生行政の関心によって輪郭が形作られたとされる[2]。
成立と分類の背景[編集]
民間植物群としての成立には、19世紀末からの移動交易と、20世紀前半の検疫制度の“書式”が影響したとされる。輸入品の匂いを点検する際、担当者が現地採取品を便宜的に同じ匂いでまとめ、ラベルに「臭い花」とだけ書き足したのが、のちの呼称の発端だとする記述がある[3]。
また、臭気の強弱を定量化するため、調査員たちは独自の「臭気指数(Odor Index)」を導入した。臭気指数は温度・湿度・風速の“掛け算”で算出されると説明され、結果として風が弱い夜ほど数字が跳ね上がる傾向が強調された。この指数が“植物名っぽいもの”の代わりになり、結果的に地域ごとに微妙に別の個体群が同一カテゴリとして扱われた、とする指摘もある[4]。
この分類は後に、民間園芸の愛好会にも採用された。西アフリカのから東アフリカのへかけて、同じ臭気指数の花を求める交換会が開かれ、以後、臭い花は「育てて当てる宝くじ」のように語られるようになった。なお、この交換会の規約がそのまま“種類の区分”へ波及したため、学術側からは「分類が逆転している」との批判もあった[5]。
歴史[編集]
測る嗅覚、固定する名前[編集]
系の衛生顧問がの港湾で、臭い検査を“紙の手続き”に落とし込む必要に迫られた、という筋書きが広く引用される。港の記録係が、匂いを言葉で表現するたびに揉めたため、「匂いが同じ箱は同じ扱い」にする方針を提案したとされる[6]。
その結果、臭気は「立ち上り」「ピーク」「沈静」の3段階で評価されるようになり、さらにピークまでの到達時間が分秒単位で記録される運用が生まれた。たとえば、ある調査報告では“ピーク到達が17分13秒のものは同系統”とされ、後年の愛好家がこの時刻を半ば暗記したという逸話がある。この17分13秒は、なぜかオークションの掛け声として残り、花を見せるたびに「今のは13秒遅い!」と騒ぐ文化が定着した[7]。
ただし、この運用が本来の植物識別ではなかったことは、後から指摘されるようになった。別の植物でも同じ“臭気の型”なら同カテゴリに入るため、分類は進んだようで実際には揺れていた、とする見方である。にもかかわらず「名前がついたことで観察が増える」ため、当事者はむしろ成功だと捉えたという[8]。
市場化された“悪臭の儀礼”[編集]
1930年代末、の交易市場で、臭い花をめぐる即興の儀礼が流行したとされる。儀礼の中心は、開花のピークに合わせて香りを“合意形成”に使うことであり、交渉の直前に同じ臭気指数の花を見せると価格が落ち着く、と信じられた[9]。
その流行を後押ししたのは、の民間団体「衛生観測倶楽部(Hygiene Observation Club)」の広報活動だとされる。彼らは「臭いは敵ではなく、整然と扱えば味方になる」というスローガンを掲げ、臭い花の展示会を“衛生教育”として開催した。展示会の入場者は、臭気指数の採点シートに署名し、拒否する権利も与えられたという記録がある[10]。
もっとも、市場化は副作用も生んだ。臭い花は忌避目的で扱われることがあったが、都市部では“悪臭を撒く嫌がらせ”にも転用され、当局が臭気指数の上限(たとえば「指数Xを超える個体は市場外へ」)を議論したと報じられる。ある会議議事録では上限値が「0.84」と表記され、なぜ小数第2位まで必要なのかが後年まで笑い話になった[11]。
特徴と観察法[編集]
臭い花の観察は、まず風向きを固定するところから始まるとされる。報告書では、観察者がスタンドを立て、風速1.2〜2.7m/sの範囲で採点する運用が紹介されている[12]。さらに湿度は「65〜93%」の“揺らぎ”を許容し、蒸散量が臭気の立ち上りを決める、と説明された。
匂いは単純な悪臭ではなく、時間経過で性質が変化するとされる。開花直後(ピーク前)では、鉄分を連想させる金属臭が優勢になり、ピーク後には甘い樹脂香が混ざる、と記される。ここで、ピーク後の残香が“果物のようだ”と評されることがあり、そのギャップが「嘘くさいのに記録が細い」という評価につながっている[13]。
また、民間では花弁の枚数や色よりも、茎の節数と匂いの立ち上り角度を重視する傾向がある。節数は3〜9節で個体差が出るとされ、同じ臭気指数でも節数が多いほど“後味”が長い、と語られる。こうした観察が“植物図鑑”の代わりになり、結果として呼称が固定化していった、と推定される[14]。
批判と論争[編集]
批判の中心は「名称が現象に引きずられすぎている」という点である。すなわち、臭気指数が合致するだけで別種が同じ“臭い花”に分類される可能性が高く、植物学的な確証が乏しいとされる[15]。
一方で擁護側は、むしろ分類は実用で決まるべきだと反論した。市場では栽培可能性と匂いの再現性が重要で、学名の議論は二の次だという立場である。1960年代にで行われた展示では、「花を同定できなくても、家の倉庫から害虫が消えれば勝ち」との宣伝が行われ、反対派は「勝ち負けの基準が臭いでブレている」と批判した[16]。
なお、もっとも滑稽な論争として知られるのが、ある委員会報告で「臭い花は衛生上の理由で“花粉症を誘発しない”可能性がある」と書かれた件である。文面の曖昧さと、なぜか最後に“再現性係数が0.91であった”と付記されたため、読んだ人が思わず笑ったという。専門家会議の議長は釈明のなかで「係数は気分の数値化ではない」と述べたが、会議録はそのまま残った[17]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ Elias N. Mensah「Odor Indexの歴史的形成と港湾記録への応用」『International Journal of Quarantine Procedures』Vol.12 No.4, pp.221-238, 1962.
- ^ Maggie A. Thornton「Scent as Administration: The Paperwork of Smell in West Africa」『Journal of Comparative Hygiene』第6巻第2号, pp.55-74, 1978.
- ^ 渡辺精一郎「検疫書式における“臭い”の分類論(試論)」『衛生実務研究』第14巻第3号, pp.10-29, 1981.
- ^ Kwame K. Okonkwo「Lagos Market Rituals and the Stinkblossom」『Transactions of the Economic Botany Society』Vol.3, pp.77-99, 1959.
- ^ Leopold van Rensburg「夜明けの匂い相転移に関する現地聞き取り」『アフリカ民俗科学紀要』第21号, pp.141-176, 1994.
- ^ Asha Ndlovu「臭気の時間変化モデル:ピーク到達17分13秒の再現性」『Proceedings of the Sub-Saharan Field Measurement Conference』pp.301-317, 2006.
- ^ Sofia Duarte「Provisionally Dangerous Flora and Urban Misuse」『Urban Ecology and Policy Review』Vol.18 No.1, pp.1-22, 2011.
- ^ Hygiene Observation Club編集部『嗅覚で学ぶ衛生教育(第2版)』衛生観測倶楽部出版局, 1967.
- ^ R. M. Hargrove「0.84という上限値:小数第2位の社会史」『Journal of Public Numbers』Vol.9 No.7, pp.500-512, 1972.
- ^ (書名が微妙に誤植されたとされる)Elias N. Mensah『Odor Indexの誤字と港湾記録』港湾書庫, 1963.
外部リンク
- 臭気指数アーカイブ
- ラゴス市場ノート(デジタル複製)
- 嗅覚計測民俗学フォーラム
- 風向き固定法ワークシート
- 準危険生物データベース