アーバーンのパラドックス
アーバーンのパラドックス(あーばんのぱらどっくす、英: Auburn Paradox)とは、の用語で、のやのような移動を伴う状況において、主体が「遠い選択肢ほど自分向きだ」と判断するである[1]。
概要[編集]
アーバーンのパラドックスは、における選択行動の偏りとして説明される認知バイアスである。特にやのように、移動時間が日常の判断に強く組み込まれている地域で観察されるとされ、近距離の候補よりも、で20分から35分ほど離れた候補を過大に評価する傾向がある[1]。
この効果は、対象が実際に「優れている」かどうかよりも、到達に手間がかかること自体が価値の証拠として誤認される点に特徴がある。都市社会学との境界領域で議論され、後半に周辺の研究者によって整理されたとされる[2]。
定義[編集]
アーバーンのパラドックスは、狭義には「都市生活者が、同等の条件を持つ複数の選択肢のうち、より遠方のものに対して合理性を感じる現象」を指す。広義には、距離そのものを品質指標として解釈してしまう一連の判断傾向を含む。
の旧来資料では、これを「移動コストが上昇するほど期待効用が上書きされる現象」と説明しているが、後年の再検討では、単なる時間的先延ばしの合理化ではなく、都市部特有の『わざわざ感』が寄与しているとの指摘がある[3]。
由来・命名[編集]
名称は、の地方都市に由来するとされるが、実際には同名の地区名や駅名が複数存在したため、初期文献でも綴りが不安定であった。最初にこの語を用いたのは、にの都市行動研究会で発表を行った心理学者であるとされ、彼女は通勤者が「近いパン屋を避け、三駅先の行列店を選ぶ」ことを例示した[4]。
ただし、命名の背景にはやや奇妙な事情がある。ウェインライトの共同研究者であったという統計学者が、会議用の名札を裏返しに付けていたため、討論記録が「Auburn effect」と誤記されたのである。この誤記が定着し、後に「パラドックス」の語を伴って学術語として流通したという説が有力である[要出典]。
なお、日本語圏ではにの前身組織に所属していた研究者が「アーバーン錯誤」と訳したが、印刷物の組版ミスで「アーバーンのパラドックス」に統一され、結果として定訳化したとされる。
メカニズム[編集]
この効果の中心機構としては、第一にの軽減が挙げられる。主体は、遠方の候補を選ぶことで生じる移動負担を「自分の選択はそれだけ価値があるはずだ」という意味づけに転換しやすい。
第二に、都市部で頻発する比較対象の過密化が影響すると考えられている。選択肢が多すぎる環境では、近いものは「ありふれている」とみなされ、遠いものだけが希少性を帯びる。このとき、の乗車1回分、あるいは2区間分の距離が、心理的には品質保証のように働くことがある。
第三に、都市の地理感覚そのものが関与する。通勤者は地図上の距離よりも「途中で何駅あるか」「坂があるか」「乗り換えが面倒か」といった累積負荷を重視するため、結果として遠方の候補がかえって選ばれやすい。これにより、アーバーンのパラドックスはの中でも、移動そのものが判断装置になっている稀有な例とされる。
実験[編集]
最も引用される実験は、にで行われた「三駅比較課題」である。被験者312名に対し、徒歩8分の書店、で19分の書店、で34分の書店を提示したところ、34分の書店を「最も専門的で品揃えが良い」と評価した者が46.8%に達した[5]。
別の実験では、内のカフェを用い、同一価格・同一メニューの店を駅近と郊外に分けて提示した。被験者の多くは、郊外店のコーヒーを「手間がかかっているぶん風味が複雑」と記述したが、実際には提供温度に0.7度の差しかなかった。研究チームは、この差を「距離による味覚補正」と呼んでいる。
さらに、の心理学研究科による追試では、被験者に風の架空経路を見せ、徒歩圏内の施設と自転車圏内の施設を比較させたところ、遠い施設ほどレビュー点数が高く見積もられた。なお、この実験は参加者の一部が本当にその施設へ行ってしまったため、研究日誌に「移動実験が実地探索に転化」と記されている[要出典]。
応用[編集]
マーケティング分野では、アーバーンのパラドックスは高級志向の店舗配置に利用されることがある。たとえばの催事場や期間限定ショップは、最寄り駅からわざと遠い区画に置かれる場合があり、来訪者が「ここまで来たのだから良いものに違いない」と解釈しやすいとされる。
教育分野でも応用例がある。やが、あえて主要駅から2つ隣の駅に校舎を構えることで、受験生に「通学負担に見合う難関感」を付与する手法が報告されている。また、地方自治体の観光政策では、中心部から少し外れた史跡に案内標識を集中させ、歩行距離を価値の演出に変える設計が行われたという。
ただし、過剰な応用は反発を招く。2011年にはの住宅展示場で、来場者を入口から800メートル歩かせる導線が「上質な見学体験」として導入されたが、夏季の猛暑により苦情が相次ぎ、翌年には半径120メートル短縮された。これにより、アーバーンのパラドックスは距離演出が常に有効とは限らないことを示したとされる。
批判[編集]
批判者は、この概念が実際にはや希少性ヒューリスティックの再包装にすぎないと指摘している。また、観測データの多くが都市部の高学歴サンプルに偏っており、やでは同様の効果が弱いか、そもそも観測不能であるとの報告もある[6]。
さらに、距離を価値の証明とみなす発想は文化依存的であるとの見解が有力である。たとえばでは「遠いパン屋」が必ずしも高評価につながらず、むしろ不便の象徴とみなされることがある。一方ででは、乗り換え案内に表示される『所要時間』が、そのまま品質の期待値を形成するという独自の解釈が見られる。
もっとも、批判派の研究でも、通勤時間が長いほど趣味への投資額が増えるという相関は残っているため、完全な否定には至っていない。アーバーンのパラドックスは、理論としては揺らぎがあるものの、都市生活者の会話記録には依然として頻出する概念である。
脚注[編集]
[1] E. M. Wainwright, “The Auburn Paradox and Distance-Based Preference in Metropolitan Choice”, Journal of Urban Cognition, Vol. 12, No. 3, 1989, pp. 44-61. [2] Malcolm H. Reed『都市の判断と徒歩の心理』, 1991年, pp. 103-118. [3] Laura P. Feldman, “Effort as Evidence: A Reappraisal of Metropolitan Preference Bias”, Harvard Review of Behavioral Economics, Vol. 7, No. 2, 1998, pp. 201-226. [4] エリナー・M・ウェインライト『通勤経路における価値判断』第18巻第4号, 1988年, pp. 7-19. [5] Richard T. Coles and Nao Saitō, “Three-Station Preference Tasks in London Commuters”, European Journal of Applied Psychology, Vol. 21, No. 1, 1994, pp. 55-74. [6] 桜井真一『郊外における距離価値判断の消失』第9巻第2号, 2007年, pp. 88-96. [7] Beatrice L. Holloway, “When Farther Means Finer: A Study of Urban Self-Justification”, Proceedings of the Metropolitan Mind Symposium, 2001, pp. 14-29. [8] 中村佳代『移動の困難さと選好の歪み』第64巻第1号, 2016年, pp. 31-49. [9] D. A. Merriweather, “Commuter Rationalization in Post-Industrial Cities”, Urban Studies Quarterly, Vol. 33, No. 4, 2005, pp. 377-402. [10] 井上綾子『アーバーンのパラドックス再考――遠さの効用について』第27号, 2019年, pp. 5-23.
関連項目[編集]
脚注
- ^ E. M. Wainwright, “The Auburn Paradox and Distance-Based Preference in Metropolitan Choice”, Journal of Urban Cognition, Vol. 12, No. 3, 1989, pp. 44-61.
- ^ Malcolm H. Reed『都市の判断と徒歩の心理』ケンブリッジ大学出版局, 1991年.
- ^ Laura P. Feldman, “Effort as Evidence: A Reappraisal of Metropolitan Preference Bias”, Harvard Review of Behavioral Economics, Vol. 7, No. 2, 1998, pp. 201-226.
- ^ エリナー・M・ウェインライト『通勤経路における価値判断』東京心理学会紀要, 第18巻第4号, 1988年, pp. 7-19.
- ^ Richard T. Coles and Nao Saitō, “Three-Station Preference Tasks in London Commuters”, European Journal of Applied Psychology, Vol. 21, No. 1, 1994, pp. 55-74.
- ^ 桜井真一『郊外における距離価値判断の消失』都市行動研究, 第9巻第2号, 2007年, pp. 88-96.
- ^ Beatrice L. Holloway, “When Farther Means Finer: A Study of Urban Self-Justification”, Proceedings of the Metropolitan Mind Symposium, 2001, pp. 14-29.
- ^ 中村佳代『移動の困難さと選好の歪み』心理学評論, 第64巻第1号, 2016年, pp. 31-49.
- ^ D. A. Merriweather, “Commuter Rationalization in Post-Industrial Cities”, Urban Studies Quarterly, Vol. 33, No. 4, 2005, pp. 377-402.
- ^ 井上綾子『アーバーンのパラドックス再考――遠さの効用について』行動科学年報, 第27号, 2019年, pp. 5-23.
外部リンク
- 日本都市認知学会
- Metropolitan Judgment Archive
- Urban Choice Observatory
- 東京行動経済フォーラム
- Auburn Paradox Studies Network