アーフトテレビ
| 名称 | アーフトテレビ |
|---|---|
| 英名 | Aaft Television |
| 初出 | 1958年 |
| 提唱者 | 佐伯重次郎ほか |
| 開発拠点 | 東京都港区芝浦 |
| 主用途 | 遅延放送、予測誘導、擬似生中継 |
| 方式 | 映像先行・音声遅延型 |
| 規格化 | 日本放送標準委員会案第17号 |
| 廃止 | 1974年ごろ |
アーフトテレビは、の放送技術者たちがに試作した、音声と映像の遅延を利用して内容を「先に見せない」ことを目的とした放送方式である。のちに周辺で普及し、視聴者の予測心理を操作する装置として知られるようになった[1]。
概要[編集]
アーフトテレビとは、映像と音声の到達時刻を意図的にずらし、視聴者が出来事を「理解する前に一瞬だけ先回りしてしまう」状態を作る放送技術である。一般にはの派生技術として分類されるが、実際にはの実験班が災害報道の混乱対策として始めたという経緯があるとされる[2]。
名称の「アーフト」は、開発初期に用いられた装置コード名「A-FT」から来たとする説と、の after をもじったものとする説がある。もっとも、社内文書では当初「アフとTV」と表記されており、誰がいつ長音を足したのかは不明である。
成立の背景[編集]
後半、芝浦の臨時実験室では、受像機の熱暴走と同期ズレが相次ぎ、通常の中継では映像が音声より約0.8秒早く届く現象が頻発していた。佐伯重次郎技師はこれを欠陥ではなく「未来の漏れ」と呼び、逆に番組制作へ応用する案を提出した。
この発想に関わったのは、の回線監視係だった高瀬美津子、そして理学部の物理学徒・藤井新三である。藤井は遅延線にの皮を乾燥させた試作部材を使ったと日記に記しているが、再現実験は一度も成功していないため、現在では伝説的逸話として扱われる[3]。
技術的特徴[編集]
映像先行方式[編集]
アーフトテレビの基本は、映像信号を約1.2秒先に通し、音声を可変抵抗式の「慎重回路」で遅らせる構造にあった。これにより、視聴者は口の動きと音のズレを知覚する直前に「何となく次が分かる」状態になり、クイズ番組での正答率が平均17%上昇したとされる[4]。
予測誘導制御[編集]
1959年の改良版では、画面右下に微細なノイズを流し込み、視聴者の無意識に「次は拍手が起こる」と暗示する制御盤が追加された。これを設計したのは出身の横山一郎で、彼はのちに「テレビは映像機械ではなく、ためらいの装置である」と述べたと伝えられる。
災害時モード[編集]
1961年のの模擬訓練では、緊急速報だけを音声で先に流し、その23秒後に映像を出すことで、受信者のパニックを13%抑えたという報告がある。ただし、同時に「料理番組の途中で地震速報だけが先に来る」事例も続出し、主婦層からは強い苦情が寄せられた。
普及と放送番組[編集]
アーフトテレビは、からの一部深夜枠で試験導入され、主として討論番組、天気予報、歌謡ショーで用いられた。中でも『今夜の先回り』という実験番組は、司会者が結論を3分前に言い切る形式で人気を博した。
の衛星中継では、実験的にゴールシーンのみ先行表示が行われ、競技場の歓声より先に家庭で拍手が起きるという奇妙な現象が各地で記録された。これにより、観客席の盛り上がりが「テレビに追随する」逆転現象が起きたと、当時の新聞は半ば興奮気味に報じている。
また、の百貨店では店内サイネージとして応用され、売り場の案内音声を映像より遅く流すことで「まだ決断していない客に商品名を二度聞かせる」販促法が実施された。売上は一時的に14%伸びたが、店員の疲労も同率で増加したという。
社会的影響[編集]
アーフトテレビは、放送技術であると同時に、時間感覚そのものを操作する文化装置として扱われた。小学校では児童が放送を見ながら答えを先に書く「先読解」が流行し、学力向上に寄与したという評価と、集中力を壊したという批判が拮抗した。
一方で、アナウンサーの発言と画面表示がずれることから、地方議会の中継では発言の責任所在が曖昧になる事例も生じた。とくにの議会中継では、議員が撤回したはずの発言が映像上ではまだ残っており、以後「映像が議事録に勝つ」と揶揄されるようになった[5]。
批判と論争[編集]
批判の中心は、アーフトテレビが視聴者の判断を先回りさせ、結果的に広告効果を不自然に高める点にあった。は「消費者の選択を奪う疑似的予言装置である」と声明を出したが、同時に自社加盟企業の7割が試験導入を申し込んでいたことが後に判明している。
また、にはの内部報告書で、遅延装置の調整に失敗した結果、演歌番組のサビが歌い出しより先に流れる事故が3件発生した。これを受けて「感情の順序が壊れる」とする文化人類学者の批判が広がったが、反対に若年層からは「むしろ聞きやすい」との擁護もあった。
衰退と遺産[編集]
前後にの普及と半導体遅延回路の標準化が進むと、アーフトテレビの独自性は急速に薄れた。さらに、視聴者が放送のズレに慣れすぎた結果、通常放送ですら「何か足りない」と感じるケースが増え、各局は回線の微調整に追われたという。
それでも、アーフトテレビの思想は後の、災害速報の先出し字幕、さらには一部のバラエティ番組の「ネタバレ演出」に影響を与えたとされる。なお、に一部の研究者が再評価を試みたが、現存する装置の多くが倉庫整理で誤ってと一緒に廃棄されていたため、検証はほとんど進んでいない。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐伯重次郎『映像より先に来るもの―アーフトテレビ実験史』日本放送出版協会, 1976.
- ^ 高瀬美津子『遅延回路と視聴心理』中央公論技術文庫, 1969.
- ^ 藤井新三「芝浦臨時実験室における同期ずれ現象」『放送技術研究』Vol. 12, No. 4, pp. 33-51, 1960.
- ^ 横山一郎「予測誘導制御盤の設計」『電子と放送』第8巻第2号, pp. 101-119, 1961.
- ^ 日本放送標準委員会『アーフトテレビ方式試案第17号』技術報告書, 1962.
- ^ Margaret L. Thornton,
- ^ Aaft Delay Systems and Viewer Anticipation
- ^ Journal of Broadcast History
- ^ Vol. 7, No. 1, pp. 1-28, 1983.
- ^ 大橋啓三『テレビの時間差と都市生活』岩波新書, 1972.
- ^ 鈴木一重「緊急速報の先行表示に関する研究」『災害情報学会誌』第5巻第1号, pp. 14-29, 1966.
- ^ 小林冬子『広告と予言装置の倫理』日本経済評論社, 1975.
- ^ 松尾健吾「アーフトテレビと演歌の逆順再生」『音響文化研究』Vol. 3, No. 2, pp. 77-90, 1971.
- ^ 『アーフトテレビ白書 1962-1974』放送文化資料室, 1978.
- ^ 渡辺精一『テレビが未来を先に言う日』朝日選書, 1980.
外部リンク
- 放送文化資料室アーカイブ
- 芝浦技術史研究会
- 日本遅延映像学会
- 予測広告倫理委員会
- 昭和放送史電子年表