インキンチンチンムレムレムシ
| Name | インキンチンチンムレムレムシ |
|---|---|
| 分類 | 慢性皮膚・粘膜感染症 |
| 病原体 | Inkinomyces muremurei と湿潤性表皮菌の混合株 |
| 症状 | 鼠径部の灼熱感、反復する紅斑、蒸れ、独特の金属臭を伴う痂皮 |
| 治療法 | 局所抗真菌薬、乾燥療法、通気管理、重症例では複合洗浄療法 |
| 予防 | 吸湿性衣料、入浴後の完全乾燥、長時間座位の回避 |
| ICD-10 | B35.9M |
インキンチンチンムレムレムシ(いんきんちんちんむれむれむし、英: Inkin Chinchin Muremure Mushi)とは、との複合感染に起因するとされるのである[1]。高温多湿の下町部で散発的に報告されてきたと考えられている[1]。
概要[編集]
インキンチンチンムレムレムシは、主としてからにかけて発症するとされる感染症であり、局所の湿潤環境により増悪することが知られている。臨床上は一見すると軽症のに見えるが、患者が「座るたびに熱を持つ」と訴えるのが特徴である。
本症は後期の公衆浴場文化の衰退とともに潜在化したが、以降、都市型の密閉空間勤務者において再び増加傾向を示したと報告されている。なお、病名の語感があまりに強いため、初診時に医療機関の受付で症状申告をためらう患者が多かったとも考えられている[2]。
症状[編集]
典型例では、局所の紅斑、落屑、持続する掻痒感、および「蒸れて貼りつくような不快感」を呈する。患者はしばしば、下着の縫い目に沿って輪状の境界が現れると訴え、これは皮膚科のらによって「リング状縫製追従現象」と仮称された。
進行例では、歩行時の摩擦痛、夜間の発汗増加、局所の微小な亀裂からの漿液性滲出がみられる。また、特異的な所見として、患部を扇ぐとわずかに甘酸っぱい臭気が生じることがあり、これをの報告書では「湿熱由来の二次発酵臭」と記載している。
一部の症例では、症状が悪化すると会話中に不機嫌さが増し、椅子に深く腰掛けられなくなる行動変容が観察される。これらは病態そのものというより、慢性的な疼痛と蒸れへの注意集中に起因すると考えられている。
疫学[編集]
疫学的には、の夏季、特にからにかけての低地帯で多いとされる。2008年の私設調査では、蒸気浴設備のある集合住宅に居住する成人の約7.8%が「一度は似た症状を経験した」と回答したが、調査票の設計があまりに曖昧であったため、学会では引用に慎重であるべきとされた[3]。
性差はほぼないが、長時間の着席を強いられる職種、すなわち、勤務者、において有病率が高いとされる。特にのの内部資料では、通気性の悪い制服を用いる職場で季節性の小流行が確認されたとされる。
一方で、寒冷地では極端に少ないが、の温室作業従事者に限って局地的増加が見られたという記述がある。これは温室内の高湿度が本症の媒介環境となるためであり、地域よりも「蒸れの密度」が発生に関与することを示している。
歴史・語源[編集]
語源[編集]
病名は、江戸末期の俗称「いんきん」に、患者が症状を表現する際の反復的擬態語「ちんちんむれむれ」が結合して成立したとされる。これは期の町医者であったが、診療録の余白に「かくも名状しがたき蒸れを呈する例」と書き残したことに由来するとされる[4]。
成立史[編集]
本症の概念は、にの前身集会で報告された「陰部湿熱性反復症候群」を母体としている。のちに、横浜の港湾労働者を対象とした衛生調査で、同様の症状が大量に確認され、病原体としてが仮命名された。
さらに、の研究班が病変部の培養皿に扇風機を当てるという簡便な実験を行い、乾燥条件で増殖が著しく抑制されることを示した。この実験は「扇風機試験」と呼ばれ、以後、病院の湿度管理に奇妙な影響を与えた。
社会的影響[編集]
には、社内会議での長時間着席を防ぐために、ある都内の商社が「15分立位推奨制度」を導入したとされる。もっとも、これは本症対策を名目にした会議短縮策だったのではないかとの指摘もある。
また、のテレビ特集『都市生活とムレの科学』放送後、吸湿下着市場が一時的に1.4倍に伸長したというが、統計の母数が2店舗しかなかったため、現在では半ば伝説として扱われている。
予防[編集]
予防には、入浴後の完全な乾燥、通気性の高い衣類の着用、長時間の連続着座の回避が重要である。特に夏季には、鼠径部をタオルで押し当てるのではなく、あくまで「風で乾かす」ことが推奨される。
の外郭研究会がまとめた手引きでは、勤務中に1日3回、各90秒の立位休憩を挟むと発症率が31%低下したとされるが、試験群のうち半数が単にサボっていた可能性がある[5]。なお、制汗剤の過剰使用は皮膚バリアを損ない、かえって再発を招く場合がある。
検査[編集]
診断は視診を中心に行われるが、必要に応じて直接鏡検、培養検査、湿度依存性反応試験が用いられる。特に湿度依存性反応試験では、患部を密閉容器に5分間保持したのち、48%前後の発赤増強がみられるかを観察する。
にの研究チームが提唱した「冷風誘発確認法」は、患部に微風を当てて掻痒感が軽減するかを調べる方法であり、簡便である一方、患者があまりに安堵して笑い出すため、外来の流れが止まることが問題とされた。
治療[編集]
治療の基本は局所抗真菌薬と乾燥療法である。具体的には、テルビナフィン系外用薬を1日2回、最短でも14日間継続することが推奨される。また、再発例では、患部を通気性包帯で保持しつつ、夜間のみ冷却ジェルを併用する方法が有効とされる。
重症例では、で報告された複合洗浄療法が採用されることがある。これは、生理食塩水による洗浄後に低温送風を7分間行い、最後に吸湿粉末を塗布するという三段階処置である。患者の満足度は高いが、処置室が妙に「夏祭りの裏方」のような匂いになることが難点である。
なお、ステロイド単独療法は一時的に炎症を抑えるものの、病原体の増殖環境を整えるため、単独使用は避けるべきであるとされる。
脚注[編集]
[1] 駒井, 亮介『湿熱性皮膚疾患総覧』南山堂, 2019, pp. 214-219.
[2] 田所, 美和「都市生活における蒸れ関連症候群の増加」『日本臨床皮膚誌』Vol. 58, 第3号, 2016, pp. 145-151.
[3] S. Hayward, “Moisture-Dependent Dermatomycoses in Dense Urban Workers,” Journal of East Asian Dermatology, Vol. 12, No. 4, 2009, pp. 33-47.
[4] 長谷川, 栄甫『陰部湿熱雑記』私家版, 1893, pp. 7-9.
[5] 厚生労働省外郭研究会『職場環境と局所蒸れ性疾患の予防指針』研究資料第14号, 2020, pp. 61-66.
関連項目[編集]
の感染症史
直接鏡検
脚注
- ^ 駒井, 亮介『湿熱性皮膚疾患総覧』南山堂, 2019.
- ^ 田所, 美和「都市生活における蒸れ関連症候群の増加」『日本臨床皮膚誌』Vol. 58, 第3号, 2016, pp. 145-151.
- ^ H. A. Morton, “Thermal Occlusion and Recurrent Groin Dermatoses,” The British Journal of Cutaneous Medicine, Vol. 41, No. 2, 1978, pp. 88-94.
- ^ 長谷川, 栄甫『陰部湿熱雑記』私家版, 1893.
- ^ S. Hayward, “Moisture-Dependent Dermatomycoses in Dense Urban Workers,” Journal of East Asian Dermatology, Vol. 12, No. 4, 2009, pp. 33-47.
- ^ 北村, 恒一「扇風機試験の再検討」『臨床湿潤学会雑誌』第21巻第1号, 1998, pp. 12-19.
- ^ 山岡, 仁『感染症と下町衛生史』河原書房, 2007.
- ^ M. L. Jensen, “A Study of Muremure Fungi in Transit Workers,” Scandinavian Review of Dermatologic Infection, Vol. 9, No. 1, 2013, pp. 5-18.
- ^ 藤沢, 義彦ほか「リング状縫製追従現象の臨床的意義」『東京皮膚科紀要』Vol. 33, 第2号, 2011, pp. 201-207.
- ^ 『職場環境と局所蒸れ性疾患の予防指針』厚生労働省外郭研究会, 2020.
- ^ K. Watanabe, “The Strange Ecology of Inkinomyces muremurei,” Proceedings of the Yokohama Symposium on Humidology, 1964, pp. 44-52.
外部リンク
- 日本湿熱感染症学会
- 下町皮膚衛生アーカイブ
- 都市型ムレ対策研究所
- 横浜蒸散病理センター
- 国際吸湿医学レビュー