ウゴ・ケデブ
| 選手名/氏名 | ケデブ ウゴ |
|---|---|
| 画像 | Ugo Kedeb 2023.jpg |
| 画像サイズ | 280px |
| 画像説明 | 2023年のリーグ戦でのウゴ・ケデブ |
| 愛称 | 空中の左足 |
| 生年月日 | 1994年4月18日 |
| 出身地 | 東京都八王子市 |
| 身長 | 181 cm |
| 体重 | 76 kg |
| 国籍 | 日本 |
| 背番号 | 18 |
| ポジション | フォワード |
| 所属チーム/クラブ | 東京シティ・ヴァルチャーズ |
| 利き手/利き足 | 右投左打 |
| medaltemplates | 金 2018ジャカルタ・パレンバン アジア室内競技大会 |
ケデブ ウゴ(うご けでぶ、[[1994年]]〈[[平成]]6年〉[[4月18日]] - )は、[[東京都]][[八王子市]]出身の[[プロフロアボール選手]](フォワード)。右投左打。[[日本フロアボールリーグ]]の[[東京シティ・ヴァルチャーズ]]所属。[[2018年]]の[[アジア室内競技大会]]で日本代表として金メダルを獲得し、同大会MVPに選ばれた。
経歴[編集]
プロ入り前[編集]
ウゴ・ケデブは、[[東京都]][[八王子市]]で生まれ、少年期を[[多摩ニュータウン]]周辺で過ごした。父は配送業、母は市立図書館の司書で、家庭内に球技の経験者はいなかったが、本人は幼少期から掃除機の延長コードをスティックに見立てて遊んでいたとされる。
[[小学校]]3年時に地域のスポーツ教室で[[フロアボール]]と出会い、当初は体の小ささからディフェンスに回されていた。しかし、[[2007年]]の都内ジュニア大会で、当時の指導者である渡会誠一により「踏み込みの速さが異常である」と評され、フォワードへ転向した。この頃から、左打ちの精度が群を抜いていたという。
[[東京都立南多摩高等学校]]では陸上部との兼部を経て、[[2011年]]に全国高校交流大会へ初出場を果たした。2年次には1試合平均2.4得点を記録し、当時の都大会記録を更新したとされる[1]。なお、この記録の集計方法には異論もあるが、学校側の資料では現在も「参考記録」として掲示されている。
所属チーム別の経歴[編集]
高校卒業後の[[2013年]]、ウゴ・ケデブは[[日本フロアボールリーグ]]の[[埼玉メトロポリタン・オリオールズ]]に入団した。プロ入り後は3年連続でベンチ入りを維持し、[[2015年]]には控え選手ながら決勝点を演出して初優勝に貢献した。この試合では、当時の監督である西園寺亮が「彼は得点を取る前に空気を変える」と述べたと伝えられている。
[[2017年]]に[[神奈川ブルーシェルズ]]へ移籍し、同年に主将に就任した。以後は中盤からの高速展開を担い、3シーズンで計87得点を記録した。[[2019年]]にはリーグ史上最年少級の[[MVP]]に選ばれ、翌年には右足首の疲労骨折を経て復帰し、自己ベストを更新する1試合6得点を果たした。
[[2021年]]、戦術方針の変更により[[東京シティ・ヴァルチャーズ]]へ移籍した。移籍初年度は適応に時間を要したが、[[2022年]]後半から得点力が再燃し、同年のクラブ内投票で年間最優秀選手に選出された。なお、東京移籍後は「ホームが近すぎて遠征気分にならない」と本人が述べたとされ、少々珍妙なコメントとしてファンの間で語り草になっている。
代表経歴[編集]
ウゴ・ケデブは[[2016年]]に日本代表へ初選出され、[[アジア室内競技大会]]予選で代表デビューを果たした。代表初出場からわずか8か月で主力に定着し、[[2018年]]の本大会では6試合で11得点を記録して日本の金メダル獲得に貢献した。
同年の決勝では、延長残り42秒での逆転弾が大会公式記録として残っている。現地の[[ジャカルタ]]では、ゴール直後にスティックを落とし、観客席へ向かって深く一礼した姿が印象的であったという。大会後、[[アジアオリンピック評議会]]の広報誌は彼を「競技の速度と礼節を同時に体現した選手」と評した[2]。
その後も代表では中心選手として活躍し、[[2023年]]には国際大会で5回目の出場を果たした。通算では代表戦62試合、34得点、19アシストを記録している[3]。
選手としての特徴[編集]
ウゴ・ケデブは、初速の鋭さと狭いスペースでの反転を特徴とするフォワードである。右投左打という珍しいフォームを持ち、左打ちでのリリース角度が低いため、相手ゴール前でボールが急に沈むように見えると評される。
また、彼は試合中に細かな視線誘導を行うことで知られている。パスコースを示すふりをして逆方向へ送る癖があり、チームメイトの間では「ケデブ式の一拍遅れ」と呼ばれていた。これは、[[2019年]]に神奈川時代の分析担当者が作成した17ページの報告書で体系化されたとされる。
守備面では激しいチェイスバックを行う一方、接触を避けるために独特の半回転ステップを多用する。この動きは観客から「空中で半分だけ考えている」と形容されたことがあり、それが後年の愛称「空中の左足」の由来になった。
人物[編集]
私生活では読書家として知られ、遠征先では必ず現地の古書店を訪れる習慣がある。本人は[[パリ]]遠征時に購入した『都市の速度論』という古典を愛読書に挙げており、試合前のルーティンとして30ページだけ読むという。なお、内容の半分以上は未解読であるとチーム関係者が証言している。
また、試合後に必ず味噌汁を飲むことで知られているが、[[2018年]]のジャカルタ大会期間中はホテルの都合で3日間だけスープに変更された。これについて本人は「足裏の感覚が少し軽くなった」と語ったとされるが、真偽は定かでない[4]。
慈善活動にも積極的で、[[八王子市]]内の中学校にスティックを寄贈するほか、[[公益財団法人日本フロアボール協会]]の青少年講習会で講師を務めた。子ども向けの講演では、得点よりも「走る前に止まること」を強調するなど、実戦派らしからぬ指導が好評であった。
記録[編集]
タイトル[編集]
リーグ優勝:[[2015年]]、[[2018年]]、[[2022年]]。
個人タイトルとしては、[[2019年]]リーグMVP、[[2022年]]最優秀フォワード、[[2023年]]フェアプレー賞を獲得している。特に[[2019年]]のMVPは、得点王ではない選手が選ばれるのは異例であり、選考委員会が「勝負の流れを生み出した」と評価したことによる。
また、クラブ別では神奈川ブルーシェルズ在籍時に4年連続でチーム内得点王を記録し、これは当時のリーグ記録とされた[5]。
代表歴[編集]
日本代表:[[2016年]]初選出、[[2018年]]アジア室内競技大会金メダル、[[2021年]]世界室内選手権ベスト4、[[2023年]]アジア選手権準優勝。
通算代表成績は62試合34得点19アシストで、うち後半残り10分以降の得点が14本ある。これは「終盤の集中力において国内最高水準」とする分析がある一方、単に彼の交代が少ないためではないかとの指摘もある。
なお、[[2018年]]大会では全得点のうち3本が同一のセットプレーから生まれた。この再現性の高さは、対戦国の守備研究班に大きな影響を与えたとされる。
個人記録[編集]
1試合最多得点:6([[2020年]]、対[[大阪ユナイテッド]]戦)。
リーグ通算得点:214。
代表通算初速評価値:11.8m/s([[2022年]]測定)[6]。
さらに、[[2023年]]には1シーズン中に3度、残り1分未満で同点弾または勝ち越し弾を記録し、「終盤専門の選手」として話題になった。これにより、試合会場では彼がボールを持つと時計を確認する観客が増えたという。
出演[編集]
ウゴ・ケデブはスポーツ選手としては珍しく、テレビ出演にも一定数登場している。[[2020年]]には[[NHK総合テレビジョン]]の特番『東京の速度を測る』に出演し、スティックを使った反復トレーニングを紹介した。この回の視聴率は世帯8.1%で、スポーツ実演企画としては異例の反響を呼んだ。
CMでは[[アサヒ飲料]]の機能性炭酸飲料、[[ミズノ]]の屋内競技用シューズ、[[JR東日本]]の観光キャンペーンに起用されている。とくにJR東日本のCMでは、[[八高線]]の車内で無言のまま軽くスティックを振るだけの演出が「妙に説得力がある」と評された。
[[2022年]]にはバラエティ番組『スポーツ選手の夜食調査』にゲスト出演し、深夜2時に味噌おにぎりを食べる様子が放送された。本人は終始無言であったが、編集によって「食べ方が速すぎる」と字幕が追加され、番組の名場面として扱われている。
著書[編集]
『左足の論理』([[2021年]]、[[講談社]])は、本人初のエッセイ集である。競技理論というよりは日常観察の記録に近く、各章末に「ただし夕方の練習前は例外」といった注記が付されている。
『ゴール前で考えないために』([[2023年]]、[[ベースボール・マガジン社]])では、試合中の判断速度を高めるための訓練法が紹介されている。もっとも、実際には哲学書のような体裁をとっており、書店ではスポーツ棚より自己啓発棚に置かれることが多かったという。
また、地域限定冊子として『ケデブ式アップ5分間』が[[八王子市]]の図書館で配布された。全12ページの小冊子であったが、初版2,000部は3日で配布終了した。
背番号[編集]
背番号は主に18を着用している。これは少年時代に初めて大会へ出た際、登録用紙の空欄が偶然18番までしか印字されていなかったため、本人がそのまま希望したことに由来するとされる。
埼玉メトロポリタン・オリオールズ時代には24番を、神奈川ブルーシェルズ時代には9番を着用した時期もあったが、代表では一貫して18番である。なお、18番に戻した2018年に金メダルを獲得したため、ファンの間では「数字の巡り合わせが競技人生を変えた」と語られている。
一方で、クラブ関係者の回想によると、彼は練習試合で一度だけ77番を着用し、その際にユニフォームの見栄えが良すぎて周囲から却下されたという。
脚注[編集]
注釈
[1] 高校時代の得点記録は、当時の集計担当が試合ごとに電卓を使って手入力していたため、若干の誤差があるとされる。
[2] ジャカルタ大会のMVP選考は、競技委員会内の英語・日本語併記資料で行われたため、票数の読み取りに不一致が生じたという。
[4] 本人の食習慣に関する発言は、複数のインタビューで微妙に異なっている。
[6] 初速評価値はクラブ独自の計測方式によるもので、国際標準とは一致しない。
出典
[3] 日本フロアボール協会『代表選手記録集 2016-2024』、2024年。
[5] 神奈川ブルーシェルズ編『年度別選手成績報告書 第9巻』、2020年。
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
東京シティ・ヴァルチャーズ公式選手紹介
日本フロアボール協会 選手データベース
アジア室内競技大会 公式アーカイブ
ウゴ・ケデブ応援会 公式サイト
脚注
- ^ 田辺航一『屋内競技における反転動作の研究』スポーツ科学研究 Vol.18 No.2, pp.45-61, 2022.
- ^ 斎藤美咲『フロアボール選手の終盤得点傾向』日本体育学会誌 第44巻第3号, pp.112-129, 2021.
- ^ Kenji Morita, "Late-game Efficiency in Japanese Floorball", Journal of Indoor Sports Vol.9 No.1, pp.3-19, 2020.
- ^ 渡会誠一『ジュニア育成と空間認知』東京都スポーツ振興資料集 第7号, pp.8-24, 2014.
- ^ M. Thornton, "The Left Shot Paradox in Fast-Paced Team Sports", International Review of Kinetic Games Vol.12 No.4, pp.201-218, 2023.
- ^ 神谷俊介『代表チームにおける主将制度の変遷』現代競技史研究 第31巻第2号, pp.77-93, 2024.
- ^ Ugo Kedeb, 『左足の論理』, 講談社, 2021.
- ^ 大山理恵『大会MVPの選考基準とその揺らぎ』スポーツ政策評論 第15巻第1号, pp.54-70, 2020.
- ^ Alexander Reed, "A Study of Silence Before Scoring", Nordic Journal of Game Dynamics Vol.6 No.2, pp.88-104, 2019.
- ^ 日本フロアボール協会編『代表選手記録集 2016-2024』, 2024.
- ^ 神奈川ブルーシェルズ編『年度別選手成績報告書 第9巻』, 2020.
外部リンク
- 東京シティ・ヴァルチャーズ公式プロフィール
- 日本フロアボール協会 選手名鑑
- アジア室内競技大会 公式記録
- Ugo Kedeb Archive
- 八王子スポーツミュージアム 所蔵資料