エゾペンギン
| 名称 | エゾペンギン |
|---|---|
| 界 | 動物界 |
| 門 | 脊索動物門 |
| 綱 | 鳥綱 |
| 目 | ペンギン目 |
| 科 | ペンギン科 |
| 属 | オオペンギン属 |
| 種 | A. ezoensis |
| 学名 | Aptenodytes ezoensis |
| 和名 | エゾペンギン |
| 英名 | Ezo Penguin |
| 保全状況 | 資料不足種 |
エゾペンギン(蝦夷鵬禽、学名: ''Aptenodytes ezoensis'')は、に分類されるの一種[1]。
概要[編集]
エゾペンギンは、北部の沿岸を中心に分布するとされる大型の海鳥である。短い翼と密な羽毛をもち、冬季には氷縁で群れをつくって移動する習性があると考えられている。
本種は、末期の系統の博物学者が、漁港に漂着した複数の個体標本をもとに記載したのが最初であるとされる。ただし、初期標本の一部はアザラシ用の保温衣をかぶった剥製であったとの指摘があり、学史上しばしば議論の対象となっている。
分類[編集]
エゾペンギンは、に分類されるとされる[2]。学名 ''Aptenodytes ezoensis'' は、9年にの鳥類学講座で整理された採集票に見えるが、当時の公文書には一致する記録が少なく、後世の編集である可能性が指摘されている。
系統的にはに近縁であるという説が有力である一方、の海鳥群との交雑的起源を唱える研究もある。特ににのが発表したとされる比較骨格図では、嘴の湾曲角が同属他種より3.4度大きいことが示され、これが独立種扱いの根拠とされた[3]。
なお、の一部資料においては「北方海鳥型ペンギン」と注記されており、地方名としてのエゾペンギンと分類学上のエゾペンギンが半ば別概念として流通した時期がある。
形態[編集]
成鳥は全長約94〜112センチメートル、体重は繁殖期で平均27.8キログラムとされる。胸部は鈍い灰白色、背面は黒褐色で、雨天時には濡れた昆布のような光沢を示すことがある。
最も特徴的なのは、眼の後方に現れる淡黄色の「寒霧斑」と呼ばれる斑紋である。これは氷点下10度以下でのみ明瞭になるとされ、標本状態では消失しやすいため、長らく幻の特徴とみなされていた。また、嘴先端に細い白線が走る個体があり、周辺ではこれを「港印」と呼ぶ慣習があった。
幼鳥は全身が濃い灰色で、背面に縦じまが入る。生後8か月頃から換羽が始まり、最初の冬を越すころには腹部のみが先に白くなるため、地元漁師の間では「半分だけ礼服」と表現されることがある。
分布[編集]
主な分布域は北西部から南端にかけての寒流域であり、とくに、、沿岸で確認例が多いとされる。春先にはの流氷端まで北上し、夏季には側の岩礁帯に退く傾向がある。
19世紀末の航海日誌には、からへ向かう汽船が「背に白い灯火のような鳥群」を見たという記述が残る。これがエゾペンギンであった可能性があるが、当時はやとの混同も多く、確証は得られていない。
近年はの海岸監視カメラで、2021年から2024年の4年間に計17回の夜間映像が確認されたと報告されている。もっとも、映像の大半は波浪と霧で判別困難であり、同島の観光協会が「最も説得力のある影」として展示したことでも知られる。
生態[編集]
食性[編集]
食性は主に、、および沿岸性の甲殻類であるとされる。特にの荒天後には、打ち上げられた小魚をくちばしで器用に選り分ける行動が観察されている。
一方で、近郊の調査では、海面に浮かぶ昆布片を「偽の巣材」と認識して持ち帰る個体があり、研究者はこれを“潮流学習による採餌誤認”と呼んだ。1個体が1晩に最大38片の昆布を運搬した記録があるが、実際には風で飛ばされた可能性が高い。
繁殖[編集]
繁殖期はからにかけてで、の断崖上に簡素な石組みの営巣地を作るとされる。雌雄は交代で抱卵し、抱卵日数は平均61日である。卵はひとつが標準であるが、まれに「双卵型」と呼ばれる二重卵殻の例が報告されている。
にの調査隊が、巣材として海藻のほかに古いロープ片と漁具の浮き玉が用いられていることを記録した。後年、同じ報告書に「巣の周囲で湯気が立っていた」とあるため、研究者の間では火山性地熱の影響か、観察者の錯誤かが議論された。
社会性[編集]
エゾペンギンは最大80羽規模の群れを形成し、上位個体が風向きを判断して先導するとされる。群れ内では鳴き声による個体識別が行われ、繁殖地では「三短一長」の節回しをもつ声がよく用いられる。
また、氷上で滑走する際に、若い個体が意図的に斜面を誤認して海へ落ちる「試練遊泳」が見られるという報告がある。これは社会的学習の一環と解釈されているが、観察者が同じ瞬間に複数回転倒したため、鳥側の行動か調査者側の事故か判然としない記録も残る。
人間との関係[編集]
エゾペンギンは、期以降の北方探検文学において、寒冷地の象徴としてしばしば描かれた。とりわけの周辺にいたとされる地方新聞記者が、「港に立つ白黒の聖職者」と形容した一文は、のちに観光パンフレットへ転用された。
30年代には、が沿岸振興策の一環として「エゾペンギン保護と観光利用の両立」に関する会議を開いたとされる。会議録によれば、餌としてサンマを与える案と、雪像のみを公開する案が並行して検討されたが、最終的には「本物は冬にだけ現れるため交通事故を防げない」として棚上げになった[4]。
現在でもやの一部土産物店では、エゾペンギンをかたどった木製の置物が売られている。もっとも、観光ガイドの中には「当地の海で出会えたらかなり幸運」と説明する者もおり、実在性よりも伝承性の方が強い生物として扱われている。
脚注[編集]
[1] 北方海鳥研究会編『北海道沿岸鳥類図鑑』海鳴社、1984年、pp. 112-115。 [2] 佐伯隆一「オオペンギン属北方群の再検討」『北海道大学理学部紀要』Vol. 17, 第2号, 1959年, pp. 41-58。 [3] Margaret A. Thornton, “On the So-Called Ezo Penguin and Its Winter Plumage,” Journal of Arctic Ornithology, Vol. 8, No. 1, 1972, pp. 9-26. [4] 北海道庁観光振興課『北方海鳥資源活用会議録』1964年、pp. 3-19。 [5] 田中安四郎『蝦夷地の鳥と港』北洋書房、1938年、pp. 77-81。 [6] H. K. Muir, “Ice-Edge Colonies of the Ezo Penguin,” Proceedings of the Royal Society of Northern Naturalists, Vol. 12, 1961, pp. 201-219。 [7] 宗谷海峡生態調査団『流氷線上の大型海鳥類』札幌自然史出版、2004年、pp. 56-63。 [8] 渡辺精一郎「エゾペンギンの港印とその民俗的解釈」『鳥類民俗学報』第4巻第3号、1991年、pp. 2-14。 [9] A. L. Bennett, “A Winter Bird with a Summer Complaint,” Northern Fauna Review, Vol. 3, No. 4, 1987, pp. 88-91. [10] 札幌市立博物館編『北方標本室蔵品目録 第3集』1999年、pp. 145-147。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 北方海鳥研究会編『北海道沿岸鳥類図鑑』海鳴社、1984年、pp. 112-115.
- ^ 佐伯隆一「オオペンギン属北方群の再検討」『北海道大学理学部紀要』Vol. 17, 第2号, 1959年, pp. 41-58.
- ^ Margaret A. Thornton, “On the So-Called Ezo Penguin and Its Winter Plumage,” Journal of Arctic Ornithology, Vol. 8, No. 1, 1972, pp. 9-26.
- ^ 北海道庁観光振興課『北方海鳥資源活用会議録』1964年、pp. 3-19.
- ^ 田中安四郎『蝦夷地の鳥と港』北洋書房、1938年、pp. 77-81.
- ^ H. K. Muir, “Ice-Edge Colonies of the Ezo Penguin,” Proceedings of the Royal Society of Northern Naturalists, Vol. 12, 1961, pp. 201-219.
- ^ 宗谷海峡生態調査団『流氷線上の大型海鳥類』札幌自然史出版、2004年、pp. 56-63.
- ^ 渡辺精一郎「エゾペンギンの港印とその民俗的解釈」『鳥類民俗学報』第4巻第3号、1991年、pp. 2-14.
- ^ A. L. Bennett, “A Winter Bird with a Summer Complaint,” Northern Fauna Review, Vol. 3, No. 4, 1987, pp. 88-91.
- ^ 札幌市立博物館編『北方標本室蔵品目録 第3集』1999年、pp. 145-147.
外部リンク
- 北方海鳥資料アーカイブ
- 北海道民俗動物研究所
- 宗谷海峡観察ネット
- 札幌市立博物館デジタル標本室
- 礼文島自然誌センター