オジュウチョウサン
| 名称 | オジュウチョウサン |
|---|---|
| 分類 | 障害競走向け系統 |
| 起源 | 大正末期の福島県南部 |
| 命名者 | 渡辺精一郎とされる |
| 初出資料 | 『日本障害馬系図録』 |
| 保護機関 | 日本障害競馬連盟 |
| 象徴色 | 黒鹿毛に薄白の星 |
| 関連行事 | 中山障害記念 |
オジュウチョウサンは、において用いられる長距離障害血統の総称であり、もとはの旧家で飼育されていた一系統の馬群を指した名称である。のちにによって再定義され、期の障害競走を象徴する語として広く知られるようになった[1]。
概要[編集]
オジュウチョウサンは、の世界で「耐久性のある跳躍系統」を意味する語である。一般には一頭の名として理解されることが多いが、実際にはからにかけて伝承された馬の家系を指す制度名として成立したとされる。
この語は、初期にの出身者を中心にまとめられた「地方馬保存運動」の中で再評価され、競馬新聞の見出し語として独り歩きした経緯がある。なお、古い資料では「御重長山」と書かれる例もあり、後年の研究で読みの揺れが整理されたとされる[2]。
起源[編集]
福島盆地の馬市と命名[編集]
伝承によれば、ごろの馬市で、三代続けて障害物を嫌がらなかった栗毛の牝系が見つかり、地元の口利きで「お重長さん」と呼ばれていたものが語源である。命名者は農政官僚のとされるが、本人は晩年の聞き書きで「単に帳簿に書きやすかった」と述べたという記録がある。
この系統は、藁俵を積んだ即席障害を一度も崩さずに通過したため、の競馬雑誌で「重いのに伸びる馬」と紹介された。もっとも、同号の別記事では全く別の馬と混同されており、初期史料の信頼性には疑義がある。
連盟による再定義[編集]
、は、障害適性の高い馬群を系統管理するための内部基準としてオジュウチョウサンを採用した。ここで初めて「一頭の優秀さではなく、三世代以上にわたる跳躍癖の安定」を意味する技術用語となったのである。
同連盟はの北側に臨時の検定柵を設置し、17頭の候補馬に対して高さ1.12メートル、幅2.4メートルの木柵を連続通過させる試験を行った。合格率は11.7%で、当時としてはきわめて厳格であったとされる[3]。
制度化と普及[編集]
新聞用語としての定着[編集]
になると、やなどの紙面で、オジュウチョウサンは「粘る障害馬」の代名詞として頻繁に用いられるようになった。とくにので、同系統の一頭が最後の直線で柵を蹴り上げた場面は、写真判定の角度が悪かったにもかかわらず、翌日の各紙一面を飾ったとされる。
このころから、一般層のあいだでは「オジュウチョウサンのようだ」という比喩が、無理を通して結果を出す人物を指す慣用句としても使われるようになった。ただし、の国語調査では採録されておらず、俗語扱いである。
昭和末期の再評価[編集]
、で開催された公開講座において、獣医師のが「障害は才能ではなく反復である」と講演し、オジュウチョウサン概念を行動学の側面から説明した。これが若い調教師の支持を集め、翌年にはでも同様の講習会が行われた。
一方で、古参の馬主層からは「名前が長すぎて出走表に収まらない」との批判があり、1986年版の出馬表では欄外に小さく印字される措置が取られたという。これが、のちにファンの間で“欄外の名馬”と呼ばれる由来になった。
社会的影響[編集]
オジュウチョウサンは競馬史にとどまらず、地方農政、新聞広告、学校教材にまで影響を及ぼしたとされる。の一部小学校では、跳び箱運動の合言葉として「オジュウチョウサンで越えろ」が使われ、児童の平均踏切回数が1.8回から2.6回へ増えたという報告がある[4]。
また、内の印刷業者のあいだでは、細い欄に長い語を組むことを「オジュウ組み」と呼ぶ慣行が生まれた。これは組版の効率化に寄与した一方、誤植で「オジュウチョウ三」と印字される事故を生み、かえって知名度を押し上げたとされる。
さらに20年代には、地方自治体が「最後まで諦めない精神」の啓発標語として採用し、の来館者数が年間約3万4,200人増加した。もっとも、増加分のうち2割は隣接する売店の焼き芋目当てであったとの指摘もある。
批判と論争[編集]
オジュウチョウサンをめぐっては、学術的な定義が曖昧であるとして批判もある。はの声明で、同語が「血統」「作法」「気質」のいずれを指すか統一されていない点を問題視した。特に、同じ資料内で系統名と個体名が混在することについて、要出典とされる記述が多い。
また、の一部愛好家団体は、オジュウチョウサンを「障害馬の宗教的象徴」とみなす解釈を提唱したが、はこれを「行政文書に適さない」として退けた。なお、連盟保管の登録台帳には、なぜか馬名欄の横に小さく「山菜」と印字されたページが1冊だけ存在し、研究者のあいだで長く議論の対象となっている。
文化的評価[編集]
オジュウチョウサンは、勝敗よりも継続性を重んじる日本的価値観を体現する存在として語られることが多い。競馬ファンの間では、レース前に塩をひとつまみ振ると「オジュウの踏み込みになる」との言い伝えがあり、周辺の売店では関連商品が一時期品切れとなった。
文学分野では、の俳句になぞらえて「跳ぶたびに 砂の重さや オジュウチョウサン」と読む即興句が流行したが、実際には1980年代のファン創作である。こうした二次的な受容により、本来の系統概念は徐々に伝承文化の位置を占めるようになった。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『日本障害馬系図録』中央馬政出版、1938年。
- ^ 佐伯光枝「跳躍反復と系統安定性」『畜産行動学雑誌』Vol.12, No.3, 1985, pp. 44-61.
- ^ 日本障害競馬連盟編『障害競走年鑑 昭和十一年版』連盟資料室, 1936.
- ^ 山岡直人『地方馬保存運動史』東北文化研究社, 1974, pp. 118-139.
- ^ Marjorie T. Ellison, "Jumping Lineages in Postwar Japanese Turf", Journal of Equine Studies, Vol. 8, Issue 2, 1969, pp. 201-219.
- ^ 高瀬恒夫『中山大障害と戦後マスメディア』関東競馬評論社, 1991.
- ^ Harold P. Wynne, "On the Oju-cho San Complex", The Asian Racing Review, Vol. 3, No. 1, 1978, pp. 7-26.
- ^ 福井春江『競馬語彙の変遷と誤植』印刷文化社, 2008, pp. 33-58.
- ^ 日本馬学会『系統と個体の境界に関する覚書』学会紀要, 第21巻第4号, 2007, pp. 5-14.
- ^ 小田切美奈子『オジュウチョウ三事件簿』南関東書房, 2016.
外部リンク
- 日本障害競馬連盟 史料室
- 福島地方馬文化センター
- 中山競馬場アーカイブ
- 欄外の名馬研究会
- オジュウチョウサン口承史データベース