カスドース
| 分類 | 薬草香料系の微粉混合物 |
|---|---|
| 主な由来 | 乾燥・粉砕・再配合の実務慣行 |
| 主な用途 | 芳香付与、保存補助、加工助剤 |
| 記録媒体 | 薬師ギルドの実験帳・税関目録 |
| 関連領域 | 乾燥化学、香料工学、衛生行政 |
| 注目点 | 粒径と粘着性の相関が「規格化」された点 |
| 最初期の言及 | 前後の写本(とされる) |
カスドース(かすどーす、英: Kasdoth)は、で薬草と香料の中間生成物として記録されたとされるである。特に工程で生じる微粉の挙動が詳述され、後世のにも影響したとされる[1]。
概要[編集]
は、薬師や商人のあいだで呼称されたとされる、粉末状の混合物である。表向きには香料と薬草の「溶かし直し」工程の産物と説明されるが、実際には乾燥条件と粒子の癖(静電気・吸湿・凝集)が重要視されたとされる。
文献上の特徴として、配合比の「体積」ではなく、ふるい分け後の残留量が細かく記録される点が挙げられる。とくにの保管倉庫で、湿度が急変した際にカスドースが異常に固着した事件が記されており、これが後の衛生規格の原型になったとする説がある[2]。
一方で、用語の範囲は揺れている。ある写本では「単一の物質」として扱われるが、別の写本では「工程名」であるとされる。そのため、現代の分類ではとされつつも、説明ごとに性格が異なると指摘されている[3]。
成り立ちと定義(なぜ同じ名前が複数の意味を持つのか)[編集]
カスドースが「物質」ではなく「工程」に近い語として定着した背景には、中世の商取引が密接に関わったとされる。すなわち、香料の原材料が季節・産地で変動するため、品質を安定させる目的で「乾燥→粉砕→再配合」の合間に中間生成物の呼称が必要になった、と説明される[4]。
薬師ギルドでは、乾燥炉の運転条件を記録する際に、出来上がりの粒度を粒の落下音や、竹製の定規に付着する度合いで判定していたとされる。そこで「同じ響きで、同じ付着率になる生成物」をまとめてカスドースと呼んだ、という整理が一部で有力である[5]。
また、税関の目録ではカスドースが「課税単位」として扱われることがあり、ここでは純度ではなく取り扱い性(詰まり、こぼれ、袋の耐久)で分類されたとされる。このため、同名でも意味が広がり、結果として定義が複数化したとされる[6]。
歴史[編集]
起源:薬師が「失敗の名」を商品化した時代[編集]
起源については複数の説が併存するが、いずれも「乾燥したはずが固まった」という不都合から出発した点は共通しているとされる。最も早い言及としての写本断片が挙げられるが、そこではカスドースが「炉の息でできる粉」と表現されたとされる[7]。
この説を支持する研究者のひとりに(Beatrice Volanti)がいる。彼女はの商業帳簿を調べ、乾燥炉の調整が失敗すると、粉が袋に張り付き、結果として重量が「平均して0.4%」増えたとする統計を示したとされる[8]。この「増えた分」を補正しないと差し引きで揉めるため、袋に残った粉まで含めてカスドースとして売買したのだ、という筋書きである。
ただし、写本断片の判読には議論もある。別の学派は「0.4%」を「0.04%」と読み替えるべきだと主張し、結論に影響が出ると指摘している。なお、この読み替えの根拠に関しては「筆跡の癖」以外の出典が見つかっていないともされる[9]。
発展:ミラノの倉庫事故が“規格”を生んだ[編集]
カスドースの名が広く共有される転機はの乾燥倉庫で起きたとされる固着事故である。記録によれば、秋、倉庫の外気が急に湿ったのち、カスドースの袋が棚板に半月形の跡を残したとされる[10]。
事故後、倉庫を管轄した「衛生管理」の役職者が、粉の評価法として「ふるい残り90〜112グレイン(単位は写本に準拠)」と定めた、とされる。さらに、撹拌棒で25回回したときに糸を引く長さが「平均6.3ミリメートル」を超える場合は不合格とされたと書かれている[11]。
ここで重要なのは、数値が科学的というより行政的に運用されていた点である。つまり、誰が作っても同じ判定が出るよう、試験の手順が細分化され、規格の履行は監査の記録で確認された。結果としてカスドースは、香料工学というよりの道具として制度化されたと考えられている[12]。
社会への波及:香料から“課税対象”へ[編集]
カスドースが社会に与えた影響として、最初に挙げられるのが課税と物流である。税関目録では、カスドースが「詰まりやすい粉」として船積みの手数料が高く設定されることがあり、これが荷主の行動を変えたとされる[13]。
また、で開かれた商人会議では、同じ香料でもカスドース経由の加工品は「匂いが立つまでの時間」が短いとして、広場の祭礼での使用が増えたとされる。ある報告書は、祭礼での調香が「平均して14分早く」行われたとし、これにより露店の回転が上がったと記している[14]。
ただし、こうした効率化は批判も呼んだ。湿度の条件が許容範囲を外れると、固着が再発するため、倉庫の換気工事や、ふるいの交換が必要になったとされる。結局、カスドースは便利な名前であったが、運用には手間がかかり、行政コストが増した、という見立てが後年の学派によりまとめられた[15]。
批判と論争[編集]
カスドースの最大の論争は、「それは本当にひとつの物なのか」という点である。支持派は、乾燥条件と粒度が揃えば再現できる“準物質”であるとする。一方、反対派は、倉庫の運用や監査の慣行まで含めて概念が拡張してしまった結果だとして、カスドースは物質ではなく制度の影響を受けるラベルだと主張する[16]。
さらに、ある地方ではカスドースに似た産物が「別名で」流通した可能性が指摘されている。例えば、の商人組合が「ラグナ粉」と称していたものが実質的にカスドースと同一であったのではないか、という推定がある。ただし、同一性の検証には、同じふるい目の記録が必要であり、現存する帳簿では欠落が多いとされる[17]。
加えて、数値の扱いにも問題がある。倉庫事故の規格値「平均6.3ミリメートル」が、ある写本では「平均0.63ミリメートル」に変わっているという指摘があり、もし後者なら作業工程が現実的に成立しないとも評される[18]。もっとも、筆写の癖による誤記であった可能性は残されているため、結論は単純ではないとされる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 【中村 里紗】『中世香料工程の記号体系:カスドース再考』青雲書房, 2019.
- ^ Beatrice Volanti, “Fournace Breath and Residue: A Note on Kasdoth, ”Journal of Maritime Apothecaries, Vol.12 No.3, pp.44-61, 2008.
- ^ 【小笠原 章人】『衛生行政の前史:倉庫事故と規格値』東門大学出版局, 2021.
- ^ Henri de Lagrange, “Sieve-Residue as Tax Unit in Northern Ports,”Revue de Commerce et Mesures, Vol.7 No.1, pp.9-27, 1996.
- ^ 【佐伯 悠】『粒子の挙動と手続きの歴史:付着率モデルの系譜』理文社, 2017.
- ^ Margherita Fabbri, “On Humidity-Induced Clumping in Secured Warehouses,”Annals of Practical Chemistry, Vol.33 No.2, pp.101-119, 2012.
- ^ 【田代 文則】『ジェノヴァ商業帳簿の読み方(釈文・翻刻)』港湾資料館, 2015.
- ^ Niklas Vermeer, “The 6.3 Millimeters Question,”Transactions of the Guild of Inspectors, 第18巻第2号, pp.201-214, 2005.
- ^ 【林 香織】『湿度と匂いの時間差:祭礼調香の経済』虹文館, 2020.
- ^ Caroline M. Hartwell『Archive of Fumes: A Methodological Companion』University Press of Delft, 2011.
外部リンク
- カスドース文献目録
- 倉庫規格アーカイブ
- 薬師ギルド写本デジタル閲覧
- ふるい単位換算ノート
- 静電付着の図版集