カニクイイヌ
| 学名 | Canis cancrivorus orientalis |
|---|---|
| 和名 | カニクイイヌ |
| 英名 | Crab-Eating Dog |
| 分類群 | イヌ科・沿岸適応群 |
| 命名者 | 渡辺精一郎 |
| 命名年 | 1912年 |
| 主な生息域 | バンコク周辺、ラグナ湾岸、ボルネオ北岸 |
| 食性 | 雑食性、特にカニ類への依存が高い |
| 保全状況 | 地域により準絶滅危惧 |
| 別名 | 潮待ち犬、はさみ顎犬 |
カニクイイヌは、沿岸部で飼育・半野生化していた犬に由来するとされる食性区分上の名称である。特に地帯の捕食適応が強い個体群を指すとされ、20世紀初頭のの動物分類学者によって命名された[1]。
概要[編集]
カニクイイヌは、のうち沿岸湿地に適応した系統を指す名称であり、を主食とすることで知られている。一般には東南アジアの林に多いとされるが、実際には河口の市場、製塩所の裏手、さらには漁網修繕場の周辺で確認されることが多い。
この名は、東京帝国大学の分類学者・が出張中に記録した「甲殻類を殻ごと噛み砕く奇妙な犬」に由来する。もっとも、現地の漁師は以前から「潮が満ちると吠える犬」と呼んでいたとされ、学術名よりも通称のほうが先行していた可能性が高い[2]。
名称と分類[編集]
カニクイイヌという名称は、元来はの動物学会で使われた便宜的表現であったが、のちに輸入犬の胃内容物調査において頻出語となった。特にの検疫記録に残る「殻片混入犬」症例が、一般への浸透を後押ししたとされる。
一方で、分類学上は単一種ではなく、の河口群、北岸群、デルタ群に分かれる亜群の総称であるとの説が有力である。ただし、所蔵の標本台帳には、同一個体が3回別々の種として登録されている例があり、整理の混乱が長く続いた[要出典]。
学名のは、ラテン語の既存語幹に東洋的な地理区分を無理やり足したもので、当時の学会では「学術的というより外交文書に近い」と評された。なお、犬がカニを食べるのか、カニを食べる犬を人がそう呼んだのかについては、今も決着していない。
歴史[編集]
前史[編集]
18世紀末の沿岸報告には、干潮時に甲殻類の巣穴へ鼻先を差し入れる小型犬の記述がある。これが最古の前史とされるが、記録者が犬とジャッカルを取り違えた可能性も指摘されている。
ただしの日誌には、塩田の子どもたちが「殻を割る犬」に貝殻を投げ与える習慣が記録されており、食行動と飼育の双方がすでに半制度化していたことがうかがえる。
渡辺精一郎による再発見[編集]
、渡辺は港外の仮設食堂で、浜辺の犬が茹でたワタリガニの足を器用に引き抜く様子を観察した。彼はこれを「沿岸食性の極北」と記したが、同行していた助手のは、犬が実際には蟹味噌を狙っていたと回想している。
渡辺は帰国後、の講義でこの犬を「カニクイイヌ」と命名し、学生に殻付きの干し海老を見せながら説明したという。これがきっかけで、当時の犬学小委員会では「犬は何を食べれば犬なのか」という、やや哲学寄りの議論が始まった。
大衆化と行政利用[編集]
には、カニクイイヌは沿岸の害獣駆除要員として一部の自治港で重用された。とくにの倉庫街では、カニを荒らすネコ対策として導入され、結果的にネコより先に荷札を食べる個体が増えたため、運用は半年で見直された。
戦後はが「沿岸雑食犬の有用性調査」を開始し、にはの離島でカニ殻回収率が27%向上したとされる。もっとも、この数値は犬の摂食量ではなく、住民が「犬に食われる前に拾う」習慣を身につけた結果であるとの指摘がある。
生態と行動[編集]
カニクイイヌは、夜明け前の時に最も活発となり、砂泥地を左右交互に踏査しながら甲殻類の巣穴を探す。観察記録によれば、1頭あたり1晩に平均14〜18回の「試し噛み」を行い、食べられる殻と食べられない殻を音で判別するという。
また、群れの中では最初にカニを見つけた個体が尾を半分だけ振る特有の合図を出し、これにより周囲の犬が一斉に沈黙する。これはの野外調査で「犬の礼儀作法」とも呼ばれたが、実際には単に獲物が逃げないようにしているだけである。
興味深いことに、雨季にはカニよりもの脱皮殻を好む個体が増える。理由については、歯応え説、塩分補給説、あるいは「自分の顎の音を確認している」説まであり、研究者の間でも意見が割れている。
人間との関わり[編集]
沿岸部の漁村では、カニクイイヌは漁獲物を奪う厄介者である一方、嵐の前兆を知らせる「潮見犬」としても利用された。特に近郊の水上家屋では、犬が岸壁の蟹穴を執拗に掘ると48時間以内に高潮が来るという言い伝えがあり、実測との一致率は68%前後であったとされる。
にはの市場で、カニクイイヌの鳴き声を模した呼び込みが流行し、乾物商の売上が一時的に18%増加した。これにより「犬の声は販促に使える」という考えが広まり、の研修資料にも例示されたという。
一方で、都市部ではゴミ集積所に現れる個体が問題視され、の動物保護関係者のあいだでは「カニではなくを狙うのではないか」との懸念が出た。これが後年の食性再評価につながった。
文化的影響[編集]
カニクイイヌは、沿岸地域の民俗画や看板にたびたび描かれ、の一部地域では「殻を割る幸運の犬」として年始に飾られることもある。特にの旧市場近くでは、赤い首輪をつけた犬がカニの脚をくわえる図像が商売繁盛の印とされた。
後半には、日本の児童向け図鑑で「海辺に住む賢い犬」として紹介され、翌年の犬用おやつ市場で「カニ風味ガム」が販売された。もっとも、原材料にカニは含まれておらず、塩とイカエキスでそれらしく作られていたため、保護団体から静かな抗議を受けた。
また、近年では上で「カニクイイヌは実在するのか」という投稿が周期的にバズり、毎回、港湾都市の写真とともに半分真顔の考察が行われている。これが逆に観光資源化し、では犬を見かけるだけの「カニクイイヌ観察ツアー」が成立している。
批判と論争[編集]
最大の論争は、そもそもカニクイイヌが「カニを食べる犬」なのか、「カニを食べる地域の犬」なのかという定義問題である。動物行動学者のは、実態は雑食化した野犬群であり、カニは季節的嗜好にすぎないと主張した。
これに対し、伝統保護側は、カニ殻を咥えたまま眠る個体が一定数確認されることから、名称は生態学的に妥当であると反論した。なお、の討論会では、発言時間の半分が「犬は蟹を味わっているのか、音を食べているのか」に費やされたという。
また、にで行われた密輸対策キャンペーンでは、「カニクイイヌが荷役を妨害する」として過剰に危険視されたが、実際には発泡スチロールに興味を示していただけだった。この件は、行政文書の比喩が現実を追い越した例としてしばしば引用される。
脚注[編集]
[1] 渡辺精一郎『沿岸犬類の食性変異』東京帝国大学出版会、1913年。
[2] A. H. Ellington, "Canids of the Mangrove Littoral", Journal of Tropical Zoology, Vol. 8, No. 2, pp. 114-129, 1921.
[3] 有馬栄次郎『サイゴン観察日誌抄』南洋書房、1924年。
[4] 国立科学博物館動物部『東亜犬類標本台帳 第7巻』、1932年。
[5] Ministry of Agriculture, Fisheries and Forests, *Shoreline Canine Survey Report*, Tokyo, 1959.
[6] 佐伯みづほ「沿岸雑食犬における甲殻類摂食の季節変動」『動物行動学雑誌』第22巻第4号、pp. 201-219、1978年。
[7] P. K. Suriya and M. N. Tan, "The Barking Tide Hypothesis Revisited", Southeast Asian Ecology Review, Vol. 14, No. 1, pp. 1-27, 1994.
[8] 横浜港湾史編纂室『港と犬と荷札』港湾文化叢書、2001年。
[9] 小林えりか『カニクイイヌの民俗誌――殻をめぐる犬たち』青土社、2016年。
[10] R. D. Carrow, "A Preliminary Taxonomy of Crab-Consuming Dogs", Proceedings of the Royal Anthropozoological Society, Vol. 3, No. 7, pp. 77-90, 1909.
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『沿岸犬類の食性変異』東京帝国大学出版会, 1913年.
- ^ A. H. Ellington, "Canids of the Mangrove Littoral", Journal of Tropical Zoology, Vol. 8, No. 2, pp. 114-129, 1921.
- ^ 有馬栄次郎『サイゴン観察日誌抄』南洋書房, 1924年.
- ^ 国立科学博物館動物部『東亜犬類標本台帳 第7巻』, 1932年.
- ^ Ministry of Agriculture, Fisheries and Forests, Shoreline Canine Survey Report, Tokyo, 1959.
- ^ 佐伯みづほ「沿岸雑食犬における甲殻類摂食の季節変動」『動物行動学雑誌』第22巻第4号, pp. 201-219, 1978年.
- ^ P. K. Suriya and M. N. Tan, "The Barking Tide Hypothesis Revisited", Southeast Asian Ecology Review, Vol. 14, No. 1, pp. 1-27, 1994.
- ^ 横浜港湾史編纂室『港と犬と荷札』港湾文化叢書, 2001年.
- ^ 小林えりか『カニクイイヌの民俗誌――殻をめぐる犬たち』青土社, 2016年.
- ^ R. D. Carrow, "A Preliminary Taxonomy of Crab-Consuming Dogs", Proceedings of the Royal Anthropozoological Society, Vol. 3, No. 7, pp. 77-90, 1909.
外部リンク
- 国際沿岸犬類研究連盟
- 東南アジア動物民俗アーカイブ
- 横浜港湾文化資料室
- 東京帝国大学動物学教室旧蔵書目録
- カニクイイヌ観察者協会