カブちゃんマンゴー
| 名称 | カブちゃんマンゴー |
|---|---|
| 別名 | かぶ浸けマンゴー、房総式甘菜果実 |
| 発祥地 | 千葉県南房総市周辺 |
| 考案年 | 1978年頃 |
| 考案者 | 鵜澤 喜六郎らとされる |
| 主材料 | 未熟マンゴー、カブ発酵液、海塩 |
| 用途 | 贈答用果実、駅弁付属品、観光土産 |
| 特徴 | 果肉に微発泡性と青菜様の香気が残る |
カブちゃんマンゴーは、南房総沿岸で発達したとされる、熟成前のに由来の発酵液を浸透させる特殊な果実加工法である[1]。果皮の緑と橙がまだらに残る外観から、後期の市場関係者のあいだで「半分野菜、半分果実」と呼ばれていたとされる[2]。
概要[編集]
カブちゃんマンゴーは、の果実を由来の乳酸発酵液に短時間浸漬し、その後沿岸の冷風で半乾燥させる加工法を指す。完成品は果肉の糖度が上がる一方、辛味に似た清涼感が付与されるとされ、食味上はデザートでありながら漬物の系譜にも位置づけられる。
この手法は、の青果仲卸との契約研究班が、輸送中に過熟しやすい熱帯果実の保存性を高める目的で試行したことに始まるとされる[3]。もっとも、初期の資料には「偶然、漬物桶に落ちた果実を救済したところ想外に評判になった」ともあり、起源は半ば事故であったとの指摘がある[4]。
歴史[編集]
成立[編集]
1978年、白浜地区で青果組合の若手だった鵜澤喜六郎は、台風で入荷が遅れた産マンゴー48箱のうち、14箱が追熟しすぎて廃棄寸前になったことを受け、近隣の漬物業者・相川しげ子の糠床に果実を沈めたとされる。翌朝、果実の外皮に淡い白い粉が浮き、香りが「甘いのに、なぜか浅漬けである」と評されたことから、試験的商品化が始まった[5]。
普及[編集]
1983年にはの朝市で試食会が行われ、来場者312人中271人が「再購入したい」と回答したという記録が残る[6]。一方で、当時の関東農政局は、果実を塩水および乳酸菌液に接触させる工程が食品分類上どこに属するか判断に迷い、3か月にわたり「果実漬物」「新鮮果実」「観光加工品」の三案で稟議が回ったとされる。これが逆に話題となり、1985年頃にはの土産物売場でも限定販売が行われた。
転機[編集]
1989年、経由で輸出を試みた際、現地検疫当局が「野菜の甘味加工品」と誤認したため、ラベルに英語で“Kabuchan Mango, a pickled stone fruit style confection”と大書きせざるを得なかった。この誤訳がむしろ海外メディアの関心を呼び、の日本食材店で小規模なブームが起きたとされる。なお、同年の『Pacific Fruit Review』誌は、味覚評価を5段階中4.8としつつ「分類不能である」と結論づけている。
製法[編集]
標準的な製法では、収穫後5日以内の未熟マンゴーを表面洗浄し、産の粗塩3.2%、カブ葉抽出液11%、米麹0.7%を含む「初期液」に8〜14分浸す。その後、0〜2℃の冷気で18時間置き、果肉内部に微細な気泡を発生させる工程が重要とされる。
この工程は、短期講座の資料では「果実細胞壁の緩和と発酵香の移植」と説明されているが、現場では単に「桶に入れて忘れないこと」が最重要であるとされる。特に1980年代後半の職人は、温度計よりも潮風の強さで仕上がりを判断していたという。
完成品は、包丁を入れると断面に極細の白線が走り、果肉がやや緑がかった橙色を呈する。食味は上品な甘味のあとに、かすかなカブの辛香と乳酸の酸味が追従するとされ、初見では驚かれるが、二口目でやや癖になると評される[7]。
社会的影響[編集]
カブちゃんマンゴーは、の観光農業において「果樹と漬物の境界を曖昧にした商品」として扱われ、1990年代には学校給食の地産地消教材にも採用された。とくにの一部小学校では、総合学習の時間に「果実の発酵と地域経済」を学ばせる題材として使われ、児童がカブの葉でマンゴーの香りを再現しようとして教室を甘い漬物臭で満たした事件が知られている。
また、贈答文化への影響も大きく、時期には「冷やして半分、常温で半分」と記された専用帯紙が添えられた。1997年の県内調査では、贈答用果実のうち約6.4%が通常のマンゴーではなく本品に置き換わったとされ、特に建設業と歯科医院からの注文が多かったという。理由は「話題になる」「受付に置くと臭いが少し面白い」と説明されている[8]。
批判と論争[編集]
一方で、カブちゃんマンゴーには「果実に対する文化的暴挙である」との批判も根強い。1986年にはが、糖度の高い果実に塩分工程を加えることは本来の香味を損なうとして注意喚起を行ったが、同時に会員向け試食会で「想像よりうまい」と記録していたため、批判の力度はやや弱かった。
また、由来に関しては鵜澤喜六郎の発明説と、相川しげ子の糠床偶発説が対立している。『房総青果史料集』第7巻では、両者は共同発明者として扱われているが、1982年の口述記録では本人たちの証言が微妙に食い違っており、片方は「マンゴーが落ちた」、もう片方は「落としたのはカブである」と述べている[9]。この不一致は現在も要出典事項として扱われることがある。
派生商品[編集]
2000年代以降、カブちゃんマンゴーを応用した派生商品が多数登場した。代表例として、果皮を薄く乾燥させた、果汁を炭酸水に溶かした、および正月向けのがある。
なかでも2008年にの露店で売られた「カブちゃんマンゴー小籠包」は、発売初日に1200個を完売したが、蒸気を吸った観光客の半数が「デザートなのか点心なのか分からない」と感想を述べた。この曖昧さこそがブランド価値であると、当時の広報紙は真顔で説明している。
さらに2016年にはの駅ナカ催事で、冷凍版を削ってかき氷状にした「カブちゃんマンゴー雪」が登場した。溶けると通常のマンゴーより先にカブの香りが立ち上がるため、売場では「食後の余韻が長い商品」として紹介された。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 鵜澤喜六郎『房総果実加工史序説』房総文化新書, 1987年.
- ^ 相川しげ子『漬物桶から生まれた南国果実』千葉食文化研究会, 1992年.
- ^ 千葉県農業試験場編『熱帯果実の低温発酵処理に関する報告』第14巻第2号, 1981年, pp. 33-49.
- ^ 橋本澄夫「カブ浸漬液の芳香移行と果肉組織の変化」『日本食品工学会誌』Vol. 8, No. 4, 1984年, pp. 211-226.
- ^ Margaret L. Henshaw, "Pickled Mango Systems in Coastal Japan" Pacific Fruit Review, Vol. 12, No. 1, 1990, pp. 7-19.
- ^ 渡辺精一郎『房総漬物経済圏の成立』南総出版, 1994年.
- ^ 佐伯夏子「観光土産としての半発酵果実」『地域産業と味覚』第5巻第3号, 1998年, pp. 88-102.
- ^ James R. Hollis, "On the Classification of Kabuchan Mango" Journal of Applied Culinary Taxonomy, Vol. 3, No. 2, 1991, pp. 44-57.
- ^ 『房総青果史料集』第7巻第1号, 房総史料刊行会, 2003年, pp. 119-132.
- ^ 中西みどり『駅ナカ果実の研究』交通食品文化叢書, 2017年.
- ^ Haruko V. Smith, "The Mysterious Green Sweetness of Kabu-Chan Mango" International Journal of Edible Oddities, Vol. 9, No. 4, 2009, pp. 301-318.
外部リンク
- 房総果実加工研究センター
- 南房総発酵観光協議会
- 日本半発酵果実連盟
- 千葉県青果資料アーカイブ
- 東京駅みやげ文化室