キショ売り
| 名称 | キショ売り |
|---|---|
| 別名 | 嫌悪訴求販売、逆感覚広告 |
| 分野 | 広告論、流通史、サブカルチャー |
| 起源 | 1980年代後半の関西圏印刷業界 |
| 提唱者 | 藤岡敏雄、栗原みどり ほか |
| 主な適用先 | 菓子、雑貨、深夜通販、同人イベント |
| 代表的拠点 | 大阪市、渋谷区、中野区 |
| 関連団体 | 日本逆感覚広告協会 |
| 流行期 | 1997年 - 2008年 |
| 評価 | 賛否が分かれる |
キショ売りは、のおよびにおいて、意図的に「気持ち悪さ」や違和感を商品価値へ転換する販売手法を指す概念である。もともとは末期にの小規模印刷業者が用いた社内隠語とされ、のちにの若年層マーケティングで再定義されたとされる[1]。
概要[編集]
キショ売りは、見た目の不潔感、過剰な擬態、あるいは説明不能な不安を逆に利用し、消費者の記憶定着率を高める販売技法とされる。後半から初頭にかけて、の深夜テレビ通販とのインディーズ雑貨市場で急速に拡散した[2]。
一般には嫌悪感を喚起する表現として理解されるが、業界内部では「第一印象で買わせるのではなく、三日後に思い出させる」ことを目的とする高度な設計思想とされる。なお、成功例の約63%が購入理由に「なんとなく忘れられなかった」を挙げたという調査があるが、調査票の回収先がすべての喫茶店であったため、信頼性には疑義がある[3]。
歴史[編集]
語源と初期の用例[編集]
語源については諸説あるが、最も有力なのはの印刷会社「藤岡美装印刷」が、1987年に納品ミスを隠すため「きしょい売り方」を略して記した社内メモに由来するという説である。メモの原本は現存せず、コピー機のトナー切れを利用した再現資料のみがに保管されているとされる[4]。
初期のキショ売りは、主に蛍光色の過剰な配色、意味のない偽漢字、手触りの悪い包装紙を特徴としていた。にはの土産物店が、八つ橋の箱に「見るだけで少し不快」と書いた帯を巻き、通常の1.8倍の売上を記録したという。これが後の「不快訴求」の先例としてしばしば引用される。
渋谷系との接続[編集]
、広告代理店「東都企画株式会社」の若手プランナーであった栗原みどりは、のクラブ文化を観察し、「洗練とは別軸の記憶密度」を重視する提案書を提出した。この提案書の余白に、赤字で「キショ売り化の余地あり」と書き込まれていたことが、後年の定義確立に決定的であったとされる。
この頃、周辺の同人ショップでは、あえて印刷ズレや誤字を残した限定ポスターが人気となった。店主の一人は「客は怖がりつつも、財布を開く瞬間がある」と証言しており、当時の新聞では「不気味さの経済学」として紹介された[5]。
制度化と反発[編集]
には、業界団体として半ば冗談のように設立されたが、キショ売りの基準を六項目に整理した。具体的には、1. 目が合うキャラクターを使う、2. 文字間隔を不均一にする、3. 説明文に1か所だけ不親切な箇所を残す、などである。なお、この基準は後に自治体の景観指導に引用され、かえって真面目な資料として扱われた。
一方で、消費者団体からは「不快感を商品性として利用するのは心理的搾取である」と批判が起きた。のでの公開討論会では、賛成派が「嫌悪は注意資源である」と主張し、反対派が「それを言ったら満員電車も広告になる」と返したことで会場が騒然となったという。
代表的な事例[編集]
キショ売りの代表例として最もよく知られるのは、発売の菓子「ぬめり星ラムネ」である。透明ケースの内側に微細な曇り加工を施し、開封時にわずかな湿気臭が立つ設計であったが、結果として内のコンビニで売上ランキング7位に入ったとされる。
また、の「まばたき盆栽」も有名である。これは人工芝と針金で作られた小型盆栽に、一定間隔で枝が震える機構を仕込んだ雑貨で、購入者の4割が「夜に見たくない」と回答したにもかかわらず、返品率は2%未満であった[6]。
さらに番組『今夜の不安はここにあります』では、司会者が終始無表情で商品を紹介する形式が採用され、平均視聴維持率が通常枠の1.7倍になったとされる。プロデューサーの宮前庄一は「売れるものは、しばしば気味が悪い」と述べたが、翌週には番組スポンサーの要望で言い回しが「少し個性的」に修正された。
社会的影響[編集]
キショ売りは、後期の若者文化において、単なる奇抜さではなく「共有可能な違和感」を流通させる装置として機能したとされる。特に以前の掲示板文化では、写真映えよりも「説明しにくさ」が拡散力を持つことがあり、キショ売りの商品はその典型とみなされた。
また、地方都市の土産市場にも波及し、やでは、伝統工芸にわざと現代的な不協和音を混ぜる試みが行われた。これにより、観光客の満足度は微減したが、レシート保管率が上昇したという報告がある。なお、レシート保管率とブランド忠誠度の相関を示したとされる調査は、回答者の半数以上が調査員の私物である「蛍光ピンクの手帳」に親近感を示したことから、再検証が必要とされている[7]。
批判と論争[編集]
キショ売りに対する最大の批判は、嫌悪感を商品設計に組み込むことで、消費者の不快を市場化している点にある。とりわけの一部会は、2007年の声明で「買う自由と見ない自由の境界を侵す」と述べ、深夜通販枠への規制を求めた。
一方で支持者は、キショ売りは「美しさの独占に対する反抗」であると主張した。の元講師・高坂敬一は、これを「視覚疲労社会における逆照明」と呼んだが、同氏の講義資料に掲載されたサンプル画像の多くが配布後に閲覧不能となったため、議論はしばしば空転した。
2008年の報道では、キショ売り関連商品の購入者のうち18%が「自宅に置くと少し後悔するが、捨てるほどではない」と回答しており、これがむしろ流行の持続を支えたと分析された。ただし、当該番組のグラフは縦軸が逆転していたとの指摘があり、要出典とされることが多い。
衰退と再評価[編集]
に入ると、キショ売りは一度は旧式の手法とみなされた。スマートフォンの普及により、違和感の強い商品は即座にスクリーンショットで消費されるようになり、実物を買わせる前に笑われて終わるケースが増えたためである。
しかし後半には、過剰に整ったデザインへの反動として「不完全であることの安心感」が再評価され、ミニマル・キショ売りと呼ばれる潮流が現れた。これは白地に小さな汚れ模様だけを残す包装や、説明書に1行だけ不自然な空白を入れるなど、極めて抑制された技法である。新世代の実践者は「怖さは減ったが、引っかかりは増えた」と語るが、業界内では単なる省力化ではないかという見方もある。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 藤岡敏雄『嫌悪の流通史――キショ売りとその時代』東都出版, 2012.
- ^ 栗原みどり「記憶に残る不快感の設計」『広告学研究』Vol. 18, No. 3, pp. 44-61, 2005.
- ^ 高坂敬一『逆照明の倫理』大阪芸術大学出版会, 2009.
- ^ S. Yamane, “Repulsive Aesthetics in Retail Packaging,” Journal of Japanese Media Studies, Vol. 7, No. 2, pp. 103-128, 2011.
- ^ 宮前庄一「深夜通販における沈黙演出の効果」『放送文化研究』第22巻第1号, pp. 5-19, 2008.
- ^ 長谷川玲子『不気味さの経済学』青淵社, 2014.
- ^ K. Thornton, “Memetic Disgust and Consumer Recall,” Marketing Quarterly Review, Vol. 41, No. 4, pp. 210-233, 2016.
- ^ 日本逆感覚広告協会編『キショ売り基準六箇条』協和資料刊行会, 2001.
- ^ 田所一馬「中野ブロードウェイ周辺における限定印刷物の受容」『都市文化史』第9巻第2号, pp. 77-92, 2006.
- ^ M. A. Ishikawa, “When Ugly Sells: The Kisho Uri Phenomenon,” Asia-Pacific Journal of Advertising, Vol. 12, No. 1, pp. 1-24, 2018.
外部リンク
- 日本逆感覚広告協会アーカイブ
- 大阪広告資料デジタル庫
- 渋谷サブカル表現研究所
- 中野限定印刷博物館
- 深夜通販史研究会