キツネ狩り狩り
| 種類 | 巡回猟法を基盤とする社会儀礼 |
|---|---|
| 主な地域 | スコットランド高地、北海沿岸部(周辺移植) |
| 成立時期 | 1700年代初頭(推定) |
| 担い手 | 狩人組合と村の帳付役(会計係) |
| 象徴 | 逆向きの角笛、狐の足形の記録札 |
| 目的 | 娯楽・秩序・徴税(主張は多層) |
| 関連用語 | 逆猟査(ぎゃくりょうさ) |
キツネ狩り狩り(きつねがりがり)は、にで流行した「狩る者をさらに狩る」型の巡回猟法である[1]。村落の娯楽として始まったとされるが、やがて地域の秩序維持や徴税の儀礼にまで転用された[2]。
概要[編集]
キツネ狩り狩りは、狐を捕らえる「狩り」自体を目的化するのではなく、狩人が連れてくる“狐役”や“目くらまし”を追跡して、狩りの手際そのものを評価・回収する形式の慣行として説明されることが多い。
18世紀のスコットランド高地では、冬季に限って行われる共同行事として普及し、のちに北海沿岸部へも短期の移植が起きたとされる。一方で、狩人組合の力が強まるほど住民側の負担感が増し、記録札の発行手数料や“逆猟査”の名目による取立てが問題視されたとする見解もある。
なお、後世の民俗学者の一部は、キツネ狩り狩りの核心を「キツネ狩りを狩る」ことに置くべきであると述べているが、当時の当局記録では「秩序ある夜間労働の統制」「悪徳狩人の排除」を主目的として記される傾向がある[3]。ここに、儀礼の多義性が現れていると指摘される。
背景[編集]
狐が“資源”化した地域経済[編集]
高地では冬季に羊毛のほか、狐皮の取引が小規模ながら現金収入の柱になっていたとされる。そのため狩人の腕は収入に直結し、狩人組合には「何月何日、何頭相当」という帳簿の作法が持ち込まれた。
ただし、狩人の暴走が起きると逆に生態系が崩れるため、村側は“狩りの成果”を直接取り上げるのではなく、狩人の行動に監査を付与する方向へ舵を切った。そこで生まれた仕組みが、狩人が提示する狐の足跡や足型札を、別の巡回者が一定距離で再採取する「逆猟査」である。
このときの距離が、なぜか“7ロッド”と“13ロッド”の二系統で固定されることが多かった。帳付役の家系に伝わる口碑では、7ロッドは夜の歩測を、13ロッドは酒場の計量桶を基準にしたという[4]。
「逆向きの角笛」が合図になった理由[編集]
狩りの開始合図として本来は角笛が用いられたが、キツネ狩り狩りでは“逆向き”に吹くとされる。すなわち、角笛を口に当てる向きを反転させ、音程がわずかに外れるよう調整するのである。
この技法は、同じ合図で現れる狩人が増えると監査が機能しなくなるため、“誰が吹いたか”を音の癖で識別する狙いがあったと説明される。高地の修道院文書を根拠に「三度目の息で必ず震える」といった妙に具体的な描写も見られるが、後年の筆写では誤写が混入した可能性が指摘されている[5]。
さらに、逆向きの角笛の音は遠目に聞くと「fox(狐)」に似た聞こえ方をするともされ、名付けの由来が“音の連想”にあったとする説もある。
経緯[編集]
最初の公開行事と“17枚の記録札”[編集]
1706年、近郊の共同牧場で、狩人組合が「冬季の夜警を兼ねた実験」を提案したと伝えられる。村の帳付役であるは、公開行事として行う代わりに、狩りの成果を現物ではなく記録札に変換すると主張し、当日配布された札は17枚だったという[6]。
札は狐の足形を模した銅板で、各銅板には“採取者の歩幅”“風向の見取り”“見物者の数”が刻まれた。とりわけ風向は「北東〜東北東の間」と書かれており、測量工具の誤差を誤魔化す目的だったのではないかと後世に疑う声もある。
この公開行事は成功として報じられ、次の年からは札の枚数が19枚に増えた。19枚化は“狩人の人数”ではなく、“宿屋の天井梁の本数”と一致していたとされ、数字合わせの遊び心が混ざっていた可能性がある[7]。
北海沿岸への移植と、儀礼の商業化[編集]
1718年頃から、北海沿岸の周辺に、短期間の“季節だけの講習”として移植されたとされる。移植先では、狐狩り狩りは地元の狩人組合が採用するが、記録札の鋳造は外部業者に委託された。
このとき業者は(通称:Ports' Council)に登録した“鑞(ろう)刻印師”であることが求められ、登録手数料は銀貨で「年額3.4クラウン」と見積もられたと報告される。ただし、同時代の別資料では「年額3.40クラウン」と記されており、小数点が書き手の癖に依存していた可能性が指摘される[8]。
結果として、儀礼が娯楽から手数料を伴う運用へと変質し、住民は「キツネを狩るのではなく、札を買わされている」と不満を述べるようになった。
影響[編集]
キツネ狩り狩りは、単なる遊戯ではなく、夜間の共同行動を“可視化”する枠組みとして機能したとされる。狩人が狐を持ち帰る場合、村ではそれを現物検分で揉めることが多いが、札ベースの運用では“採取した証拠”が先に提示されるため、揉め事が減ると期待された。
一方で、証拠化が進むほど、札の発行と回収が制度化し、行政的コストが増えたともされる。たとえばの地方行政文書には、逆猟査に従事した巡回者への食事支給として「3杯の粥と、塩鮭半切れ」といった具合に定型化が進んだ痕跡がある[9]。
社会的には、狩人組合が“監査側”にも回ることで権限が二重化し、単純な略奪から制度的な徴収へ移行したと見る論考もある。逆猟査が成立すると、狩人は狩りの腕だけではなく、札の整合性でも評価されるようになったため、技能の定義がずれていったと指摘される。
娯楽のはずが“契約”になった瞬間[編集]
冬季行事として始まったはずのキツネ狩り狩りが、ある年から「未参加の世帯は夜警当番に自動登録される」という契約条項を伴うようになったとされる。
この条項はの裁定記録に断片的に残っている。読み解きでは、条文は“翌月の棚卸し”に合わせるため、参加可否の締切を「火の刻(かのこく)」ではなく「卵の数え直し」に置いているとされる。この比喩的表現は、実務家が生活のリズムから判断日を決めていたことを示すと解釈される[10]。
研究史・評価[編集]
民俗学と会計史のねじれ[編集]
19世紀の民俗学者は、キツネ狩り狩りを「対称性の祝祭」と捉え、狩る者が狩られることで共同体の緊張を解く機能があったと論じた。一方、会計史の側からは、札の発行と回収は“監査制度の雛形”であり、地方自治の会計整備と結びついたと評価されることがある。
この評価のずれが、研究の長期化を生んだ。たとえば札の銅板の重量が、ある資料では「平均46グレイン」とされ、別資料では「平均47グレイン」と書かれている点が、手工業の実態か、単なる写本の揺れかで議論になった。
さらに、後年の学術翻訳では銅の合金比率が「青銅」とされる一方で、別翻訳では“錫が多い硬貨合金”と読める表現もあり、資料批判が細部にまで及んでいる[11]。
“秩序維持”モデルの限界[編集]
近年では、秩序維持モデルに対して「住民が本当に納得していたのか」という批判が出されている。とりわけ、札の回収率が高いほど“狩人側の取り分”も増える仕組みだった可能性が指摘される。
ただし、逆猟査の報告書には、回収率が「毎回88%」と統一的に記されていることがあり、実測ではなく“良好に見せるための平均値”だったのではないかとされる。この88%は、19世紀後半に流行した新しい会計様式に由来するのではないか、という説もある[12]。
批判と論争[編集]
キツネ狩り狩りは、狩人による監査が住民を保護したのではなく、むしろ狩人の徴収権を強化しただけだという見方に晒されてきた。反対派は、札の発行手数料が「一枚につき銅貨2枚」から「一枚につき銅貨2.2枚」へ段階的に引き上げられたと記す資料を根拠に挙げる。
また、逆向きの角笛が“技の識別”であったなら、なぜ聞き取りに失敗する者に罰金が課されたのかが疑問視された。さらに、ある年の町触れでは「角笛を反転で吹けない者は訓練費を払うこと」とされ、訓練費が銀貨で「0.8クラウン」と明記されているが、同じ触れ書きの別箇所では「0.80クラウン」とされており、書記の癖が制度の印象を強めた可能性がある[13]。
もっとも笑える論点として、終盤の運用では“狐を狩る者”と“狐狩り狩りをする監査者”の役割が入れ替わる回があったとされる。その回では、記録札に「狐役の身分」を書き込む欄が設けられ、身分が“村長の甥”“桶屋の見習い”“祭司の犬”などと記された例があるという。後世の研究者は、これは記録上の冗談であると主張するが、あまりに具体的で、逆に信じたくなるとされる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ エルシー・グレンジ『逆向きの角笛と共同体』ケルンティン出版, 1889.
- ^ アーサー・マケイ『冬季巡回の覚書(写本)』インヴァネス家文庫, 1723.
- ^ J. McAlpine「Fox-Hunting, Hunting: A Reversed Audit Ritual in the Highlands」『The Journal of Northern Customs』Vol. 41, No. 2, pp. 113-146, 1907.
- ^ Hannah R. Whitlock『北海沿岸の狩猟儀礼と手数料』オックスフォード大学出版局, 1932.
- ^ Marwan A. El-Sayed「象徴的証拠と徴収の連動:18世紀地方会計の一断面」『Journal of Comparative Fiscal Folklore』Vol. 9, No. 1, pp. 55-79, 1981.
- ^ Peter J. Dunsmore『札の経済学:銅板記録の流通』ケンブリッジ大学出版局, 1966.
- ^ ロバート・カルダー『夜警は誰のものか』スコットランド地方史研究会, 1999.
- ^ Sigrid Voss「Sanction by Sound: Acoustical Markers in Pre-Modern Audits」『Proceedings of the European Socioacoustics Society』第7巻第3号, pp. 201-227, 2008.
- ^ グレース・モリス『図像で読む高地の冬』東京学術書院, 2014.
- ^ (翻訳不一致)R. T. Fairbairn『銅合金札の物理』ロンドン金属学叢書, 1911.
外部リンク
- 逆猟査資料館(架空)
- 高地冬季儀礼デジタルアーカイブ(架空)
- 港務会議 記録札目録(架空)
- 夜警制度研究フォーラム(架空)
- 民俗音響学リンク集(架空)