クイーン・セミラミス級
| 分類 | 巡洋戦艦(通称:女王級) |
|---|---|
| 就役期間(推定) | 1907年〜1921年 |
| 建造国 | 架空連合王国テルマニア王国造船局 |
| 主要装備(伝承) | 主砲は“音響同調砲塔”、副砲は“声門制御式” |
| 乗員(設計値) | 1,142名(士官126名、下士官312名、兵士704名) |
| 推進 | 三連膨張蒸気機関+補助ディーゼル(併用) |
| 速力(公称) | 26.3ノット(平均航海時) |
| 特徴 | 艦内士気管理区画(通称:合唱室) |
クイーン・セミラミス級(英: Queen Semiramis-class)は、架空の黎明期海軍において整備されたとされる「女王級」巡洋戦艦群である[1]。その設計思想は、武装の強化よりも「航海中の士気管理」に重点が置かれたことで知られている[2]。なお、同級の系譜には“セミラミス”という名の通称が用いられた点が、史料編纂上の混乱を生んだとされる[3]。
概要[編集]
クイーン・セミラミス級は、主に前線哨戒と通商破壊を想定したとされる巡洋戦艦群である[1]。一般に“女王級”の名でも知られ、艦名には宗教的・伝説的な呼称が付される慣行があったとされるが、なぜ「セミラミス」が固定されたのかは複数の説がある[2]。
同級の特徴は、火力・装甲よりも「乗組員の集中力」を工学的に維持する設計が強調された点にある。とりわけ艦内の通路幅、照明角度、そして「定時の合唱」による心理同期が、当時の医療官僚であるの提案として記録されている[3]。この方針は、のちに“音で砲の命中精度を底上げする”という俗説へと発展した[4]。
また、史料によって艦型の呼称が揺れ、造船台帳では「女王級巡洋戦艦」、海軍省文書では「セミラミス級士気巡洋艦」と記されるなど、分類のゆらぎがあったとされる[5]。このため現在では、同級の境界をめぐって「同型の姉妹艦を含めるか否か」が議論されることがある[6]。
概要(設計思想と構成)[編集]
クイーン・セミラミス級は、標準排水量で13,940トン、満載時で15,610トンとされる[7]。ただし、これらの数字は「測定した港の潮位」で誤差が出るように見積もられていたとされ、報告書では“潮位差を士気係数に変換”した注記が付くことがある[8]。
主砲塔は通常の電動油圧式とされながら、砲弾の装填リズムを艦内の音響装置と同調させる構造を持つと説明されることがある[9]。当時の技術者は、命中率が「装填時間の分散」に強く依存すると考え、合唱室で発せられる基準音を時計代わりにしたという[10]。
一方で艦橋まわりには、視認性確保のために“夕焼け色”と呼ばれた赤橙フィルターが全面に使われたとされる[11]。これは当時の色覚研究が未成熟だったために事故が増え、後年が「実際には“黄緑の残像”を利用していた」と訂正したとされる[12]。なお、この訂正文は、編集者が「誤りかもしれないが面白い」と感じて残したとも言われる[13]。
歴史[編集]
誕生の背景:通商破壊より先に“士気破壊”が議題化した[編集]
クイーン・セミラミス級の起点は、1903年にがまとめた“灰色の月報”と呼ばれる覚書に求められるとされる[14]。同覚書では、敵艦の撃沈よりも、乗組員の心理が崩れる瞬間にこそ損害が集中すると記されていたという[15]。
この文書がきっかけとなり、海軍内で「士気は兵器である」という派閥が生まれた。対立する工廠派は、装甲と砲の増強こそが正しいと主張したが、折衷案として“艦内環境設計”が採用されたとされる[16]。特には、食事の塩分濃度だけでなく、廊下の反響時間(RT60)を測定すべきだと提案したとされる[17]。
その議論は、実際の造船計画に落とし込む段階で奇妙な数字に変換された。当時の海軍技師は、合唱室の平均残響時間を1.73秒に合わせると、怒号の語尾が揃い、命令伝達が10.4%改善すると“推定”したという記録がある[18]。ここでいう10.4%がどの試験で得られたかは不明であるが、後年の編纂者は「とにかく半端な数のほうが信じられる」と考えたとされる[19]。
建造と現場:チェス盤のように“役割を固定”する合唱室[編集]
建造は、を中心に進められたとされる[20]。当初は4隻が予定され、1907年に最初の竣工が計画されたが、合唱室の音響計測器が潮の匂いで腐食したため、工期が36日延びたという[21]。
同級の艦内区画は、士気の“役割固定”を目的として配置されたと説明される。たとえば合唱室は甲板下ではなく、第2船楼の中層に置かれ、乗組員は担当によって声域(ソプラノ、アルト、テノール、バス)に割り当てられたという[22]。整備要領書には「大声は禁ずるが、低周波は許可する」との文言があり、笑い話として伝わったとされる[23]。
この運用が実際の海戦で役に立ったのかについては議論がある。とはいえ、の回想録に「霧中で追尾装置が狂ったとき、合唱室の基準音により方位が一度だけ戻った」という記述があるとされる[24]。一方で、同回想録は後に別の史料と矛盾し、編集者が“矛盾を矛盾のまま面白がって採録した”可能性が指摘されている[25]。
また、同級の艦名運用には揺れがあった。造船台帳では「クイーン・セミラミスI号」から始まるが、艦隊運用では通称が「女王の鏡」と呼ばれたとされる[26]。この通称が別の艦隊で使われていたため、1912年の点検航海で書類上の船名が2回差し替えられたという奇妙な行政記録が残っている[27]。
批判と論争[編集]
クイーン・セミラミス級は、装備の“音響化”が非合理であるとして批判された。特には、砲塔同期の効果よりも、合唱室での運用が実戦時の負担になる点を問題視したとされる[28]。
一方で擁護派は、同級は士気を維持することで結果的に戦闘能力を引き上げる設計であり、単に音を鳴らしているのではないと反論したという[29]。ただし、反論書の表現があまりにも文学的だったため、審査委員会の書記が「技術報告書の体裁ではない」と朱筆で修正したとされる[30]。
さらに、数字の出所に疑義が持たれた。合唱室の残響時間を1.73秒に合わせるという数値について、後年の研究では実測が1.62秒から1.88秒までばらつくことが示されたとされる[31]。それでも当時の指導官は「平均値で勝てる」と言い切り、整備記録の欄には“平均の平均”が書き足されたという[32]。
このように、同級の神秘性は信奉と懐疑の両方を生み、史料の編集過程にも影響したとする見方がある。とりわけ、の台帳では、同型艦の試験成績が“航路の虹色”という主観的指標で採点されており、後世の検証では再現不能と判断されることがある[33]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ エリン・ヴァルザ『士気を測る技術:艦内衛生工学の草稿』テルマニア王立医学印刷局, 1910.
- ^ ヘンリー・K・グレイザー『海戦効率と命令伝達の統計』Vol.3, 海軍省戦略局出版部, 1914.
- ^ マルタ・ノルデン『音と時間:残響RT60が作戦に与える影響』テルマニア工廠協会, 1912.
- ^ ジョナス・フレッチャー『巡洋戦艦の設計審査(第◯巻第◯号)』第7巻第2号, 王立造艦審査委員会紀要, 1918.
- ^ ロドリック・サリヴァン『通商破壊時代の心理戦—灰色の月報の読み解き』pp.41-63, 国防史学会叢書, 1922.
- ^ 【要出典】パウル・ジーベルト『女王の鏡と呼ばれた艦隊運用』第5版, 港湾監督庁資料出版社, 1929.
- ^ Catherine M. Halloway『Acoustic Synchrony in Early Steel Navies』Vol.12, Oxford Maritime Studies, 1927.
- ^ 渡辺精一郎『残響と砲撃の相関(大正期の誤差論)』第1巻第4号, 海洋工学雑誌, 1931.
- ^ R. D. McCallum『Command Rhythm and Cohesion Under Fog』Vol.9, Cambridge Naval Review, 1933.
- ^ トマス・アッシュフォード『RT60の平均値はなぜ生き残ったか』(題名がやや不自然な版)Sea Ledger Press, 1936.
外部リンク
- Queen Semiramis Archive
- テルマニア王立造船所データベース(港湾部)
- バルト海艦隊回想録コレクション
- 音響同調砲塔研究室
- 視覚フィルター戦術ギャラリー