クリーム砲
| 分類 | 菓子用噴射装置 |
|---|---|
| 発明年 | 1897年ごろ |
| 発祥地 | オーストリア=ハンガリー帝国 ウィーン |
| 主要用途 | 祝祭演出、菓子装飾、儀礼用放射 |
| 動作原理 | 加圧缶内の乳脂肪泡をノズルから噴出させる |
| 日本での普及 | 1958年以降 |
| 関連機関 | 日本クリーム噴射協会(JCA) |
| 危険等級 | 仮設厨房器具B-2 |
クリーム砲(クリームほう、英: Cream Cannon)は、圧縮した生クリームを一定圧力で噴射するための装置である。もともとは末ので菓子装飾と軍事工学の境界領域から生まれたとされ、のちにの祝祭文化に強く結びついた[1]。
概要[編集]
クリーム砲は、泡立てた生クリームを霧状から帯状にまで制御して射出する器具である。一般には誕生日会や結婚式などの演出に用いられるが、史料上はの代替、さらにはの転用としても扱われてきたとされる。
現行の型式は、缶体・圧力弁・温度安定リング・ノズル群から成る。標準モデルで射程は約1.8メートル、上位機種ではのホテル宴会場で天井梁まで到達する個体もあったと記録されている[2]。
歴史[編集]
起源と初期の試作[編集]
最初期の記録は、の実験室に残された『乳脂肪噴出試験報告』に見えるとされる。これは軍需用の信号弾研究を行っていた技師が、余った生クリームを気圧弁に流し込んだことが始まりであると説明される。なお、同報告には「音は出ないが、士気は上がる」との一文があり、後世の研究者を困惑させている[3]。
【日本】への伝播[編集]
、の洋菓子店『マルセイユ堂』に招かれたが、欧州視察の際に試作機を持ち帰ったとされる。渡辺は当初これをケーキ上の飾り付け機械として導入したが、開店記念日の暴風雨によりノズルが暴発し、店頭の紙吹雪と混ざって一種の祝祭演出となった。この偶然が「日本式クリーム砲」の原型になったという説が有力である[4]。
大衆化と規格化[編集]
には、学園祭実行委員会と宴会場の装飾担当者が相次いで採用し、使用件数は時点で全国推定3,200件に達したとされる。これを受けては、噴射角度を15度刻みで管理する独自規格『JCA-15』を制定した。ただし、規格書の第4版には「屋外で風速4m/sを超える場合、噴射は人生相談に近い」との注記があり、半ば伝説化している。
構造と機構[編集]
クリーム砲は見た目こそ簡素であるが、内部構造はやけに精緻である。圧力を均一化するための副室が2つ、泡密度を調整する攪拌羽根が6枚、さらに口径の異なる交換ノズルが標準で4種付属するとされる。
また、上級機ではの菓子機械メーカーが開発した「温度記憶バネ」が用いられ、冷蔵庫から出してから37秒以内に撃てる個体は『式典対応型』と呼ばれる。これは実用上の利点である一方、式典が長引くほど泡の状態が機嫌に左右されるという欠点もある。
社会的影響[編集]
祝祭文化への定着[編集]
以降、クリーム砲は結婚披露宴の定番演出として定着した。特にのホテル業界では、入場時に新郎新婦の背後から白い弧を描く「祝福の白線」が人気を博し、披露宴司会者が「本日は天候に恵まれまして」と述べる慣行まで生まれたとされる[5]。
教育現場での拡散[編集]
一方で、の文化祭に導入されたことから、未成年による過剰噴射が社会問題化した。1986年の内の調査では、使用済みホイップ缶の回収量が前年比214%増を記録し、家庭科教員会は「泡は文化であるが廊下は文化ではない」との声明を出した[6]。
メディアと広告[編集]
にはテレビ番組の罰ゲーム、洗剤のCM、地方自治体の観光PRにまで応用された。とりわけのある観光キャンペーンでは、クリーム砲を用いて雪景色と偽る演出が行われたとされ、後に「実際はクリームであった」と地元紙が訂正を出している。
批判と論争[編集]
クリーム砲には、衛生面と安全面をめぐる批判が根強い。とくにの関連通達では、加圧缶の再利用を「家庭的すぎる危険行為」と分類し、イベント用途では2名以上の立会いを推奨している。
また、動物園での使用をめぐっては、で行われた「白い祝賀演出」がレッサーパンダの摂食行動を誘発したとして論争になった。園側は「泡は摂食ではなく景観要素である」と説明したが、来園者の一部はレサーパンダが拍手したと証言している。
派生型[編集]
クリーム砲II型[編集]
1984年にの洋菓子職人が改良したモデルで、ノズル先端に返し弁を付けることで命中精度を高めた。学園祭では『発射音が静かすぎて逆に怖い』と評され、現在でも上品な演出向けとして知られている[7]。
クリーム砲・寒冷地仕様[編集]
の催事業者向けに作られた耐寒型で、-12度でも噴射可能とされる。ただし乳脂肪の一部が微細氷晶となり、着弾後に『雪より白い雪』と呼ばれる独特の質感を生む。この仕様はの冬祭りで高く評価された一方、観客のマフラーに付着すると取れにくいという難点がある。
礼砲転用型[編集]
の記念行事向けに短期間だけ試験導入された型式で、発射角を上空45度に固定することで鳩の群れを祝いの構図に変えることを目的とした。実際には鳩が驚いて円形に飛び散ったため、記録写真では非常に豪華に見える反面、現場はおおむね混乱していたとされる。
文化史上の位置づけ[編集]
研究者の間では、クリーム砲は日本における「食べられる祝祭装置」の代表例として扱われている。これは、消費のための食品が、そのまま演出の主体になるという逆転現象を示すものであり、菓子文化史ではの移動販売車やと並べて論じられることが多い。
なお、の老舗茶寮では現在も式年行事の際に限定運用されており、点火ではなく『泡火入れ』と呼ばれる独自の儀礼が残る。これは寺院の鐘楼修理と同じく、伝統と安全指導が毎年ぶつかることで有名である。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ Karl von Lüden『Versuche zur Milchschaum-Emission』Technische Mitteilungen, Vol. 12, No. 3, 1898.
- ^ 渡辺精一郎『洋菓子器具の輸入と国産化』日本菓子工業協会報, 第8巻第2号, 1961.
- ^ 青木ミサ『泡の射出制御に関する一考察』神戸洋菓子学会誌, 第14巻第1号, 1985.
- ^ 中村克彦『祝祭装置としてのクリーム砲』民俗と食文化, Vol. 9, No. 4, 1992.
- ^ Marianne K. Heller, 'Compressed Dairy Foams in Public Ceremonies,' Journal of Culinary Engineering, Vol. 7, No. 2, 2001.
- ^ 『クリーム噴射規格JCA-15 第4版』日本クリーム噴射協会出版部, 1979.
- ^ 小林恵介『学校行事における泡状演出の安全管理』学校保健研究, 第23巻第6号, 1987.
- ^ 『泡と礼砲のあいだ――宴会場演出史』東都出版, 2004.
- ^ Margaret A. Thornton, 'Nozzles, Feasts, and Civic Identity,' Cambridge Dairy Studies Review, Vol. 3, No. 1, 2010.
- ^ 『なぜ鳩は白い泡を嫌うのか』北海文化評論社, 2016.
外部リンク
- 日本クリーム噴射協会アーカイブ
- ウィーン菓子工学博物館
- 白泡文化研究所
- 宴会演出技術資料室
- JCA規格閲覧センター