ケツ毛
| 分類 | 俗語・身体語彙・民間衛生史 |
|---|---|
| 起源 | 江戸後期の湯屋文化と明治期の毛織物研究 |
| 提唱者 | 平賀直之助、黒田ハリエ |
| 初出資料 | 『下肢外縁毛考』 |
| 主な用途 | 衛生管理、美容、儀礼、繊維鑑定 |
| 関連機関 | 東京衛生糸学会、内務省公衆清潔局 |
| 流行地域 | 日本、朝鮮半島、上海租界の一部 |
| 象徴色 | 薄鼠色 |
ケツ毛(けつげ、英: Butt Hair)は、の周辺に生じる体毛の一群を指す俗語である。一般には衛生・美容の文脈で語られることが多いが、後期の民間薬学と初期の繊維研究が合流して成立した概念として知られている[1]。
概要[編集]
ケツ毛は、の外側から周辺にかけて生える体毛を包括的に指す語である。今日では軽口として用いられることが多いが、もとはの下町にあったで、湯上がりの乾燥法をめぐる観察記録から広まったとされる。
その後、末期にの周辺で行われた繊維顕微鏡研究が接続し、毛の太さ、密度、湿潤時の保持時間まで測る半ば学術的な語へと変質した。もっとも、資料の多くは湯屋の番台帳と毛織物商の帳簿をつなぎ合わせたものであり、学術史としてはかなり癖が強いと指摘されている[2]。
歴史[編集]
湯屋文化における原型[編集]
起源は年間の周辺にあったとされる「尻冷え避け」の習俗である。入浴後に腰布を短く結ぶ若者ほど、湯冷めをしにくいという俗信があり、その際に目立つ体毛を「毛の結び目」と呼んだことが転じてケツ毛になったという説が有力である[3]。
この説を支持する史料として、2年の『銭湯日誌』には「本日、毛の多き者は湯気をよく留む」と記されている。ただし、当該日誌はの古書店で1929年に一括発見されたもので、なぜか紙質が前期の再生紙に近いことから、真偽をめぐって論争が続いている。
明治期の繊維学への転用[編集]
、の外郭に設けられた「毛質鑑別試験所」の報告書で、下肢外縁の毛は羊毛よりも復元力が高いとして扱われた。主査であったは、ケツ毛を「人体における最も曲げに耐える微細繊維」と定義し、実験用の竹尺に巻きつけて弾性係数を測定したとされる[4]。
この研究は本来、毛織物の代用品開発を目的としていたが、被験者の大半が帝大生の下宿仲間であったため、記録には「笑いのため測定不能」とする欄が頻出する。なお、平賀の実験ノートには式のトリコスコープ図が貼られており、後年の研究者はこれを「学術と落書きの中間」と評した。
昭和期の大衆語化[編集]
9年頃から、ケツ毛は美容雑誌と落語の両方に登場するようになった。が連載した『新式身辺整容読本』では、夏季の汗疹対策として短く整える方法が紹介され、一方での寄席では「見えぬが騒がしきもの」として笑いの題材にされた[5]。
特に有名なのは、にの深夜番組で放送された「毛の境界線」回である。ここでアナウンサーが「臀部外周の保温に資する」と真顔で読み上げたため、翌朝の新聞投書欄が三日間にわたり埋まった。以後、ケツ毛は公的文体で言うほどおかしくなる語として定着したとされる。
分類と測定法[編集]
ケツ毛研究では、単に有無を問うのではなく、密度、湾曲率、静電気保持時間により三つに分類する手法が一般的である。特にの商家で発達した「五分割法」は、臀部中央、外縁、下方、側溝、接触域の5区画に分け、各区画の本数を30秒間で数えるというもので、熟練者は誤差±12本に収めたという[6]。
また、の織物職人の間では、冬季に上衣へ付着する毛の色味を「煤け鼠」「濡れ柿」「夜明け灰」の三系統に分ける慣習があった。これらは一見美的分類に見えるが、実際には洗濯回数の少なさを婉曲に記録するための帳簿上の工夫だったともいわれる。
社会的影響[編集]
ケツ毛は、衛生観念と羞恥心の境界を可視化した概念として社会に影響を与えた。の公衆浴場では、脱衣所の鏡に「毛は隠れても匂いは隠れぬ」と書かれた標語が掲げられ、の巡回班がこれを半ば容認した記録が残る[7]。
一方で、には若年層の間で「ケツ毛指数」を競う遊びが流行し、体育祭の後に友人同士で自作の毛糸メジャーを用いて盛り上がる例があった。これが行き過ぎた結果、のある高校で「男子更衣室における過度な比較」が校則に明記されるに至ったとされる。
批判と論争[編集]
ケツ毛をめぐっては、そもそも医学用語なのか、民俗語彙なのか、あるいは完全に笑い話なのかで長く対立が続いた。の一部研究者は「本来は毛孔配置の俗称に過ぎない」としたが、側は「社会的運用がある以上、語彙としては独立している」と反論した[8]。
また、2003年にはの生活科学番組で「ケツ毛の手入れ法」が取り上げられたが、視聴者の一部から「公共放送が扱うには角度が急すぎる」との苦情が寄せられた。これに対し番組側は、当該回のテーマはあくまで「椅子への張り付き対策」であると説明している。
民間信仰と都市伝説[編集]
民間では、ケツ毛が多い者は長距離移動に強い、あるいは寒波に耐えるとする俗信があり、の一部では「吹雪毛」、では「浜風毛」とも呼ばれた。いずれも地域社会の気候適応神話と結びついており、成人式で親族が冗談交じりに測定する風習まであったという[9]。
なお、の外国人居留地で生まれた「ケツ毛は船乗りの羅針盤を狂わせる」という都市伝説は、実際には毛の静電気が羅針盤に影響したというより、船員が単に夜の酒場で言いふらした内容が港湾労働者に伝播したものと考えられている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 平賀直之助『下肢外縁毛考』毛質鑑別試験所報告, 1888.
- ^ 黒田ハリエ『新式身辺整容読本』中央衛生出版社, 1934.
- ^ 佐伯寛一『銭湯日誌と下町身体語彙の研究』日本民俗学会誌 Vol.12, No.3, pp.41-68, 1961.
- ^ Margaret A. Thornton, "Follicular Etiquette in Meiji Urban Baths," Journal of Japanese Cultural Hygiene Vol.18, No.2, pp.112-139, 1978.
- ^ 渡辺精一郎『人体繊維の弾性に関する再検討』東京帝国大学理科紀要 第27巻第4号, pp.201-244, 1901.
- ^ 加賀美瑠璃『ケツ毛指数と若年層の比較行動』生活文化研究 第9巻第1号, pp.7-29, 1976.
- ^ 井上久美『公衆浴場における標語の社会史』厚生資料叢書 第14巻, pp.88-103, 1958.
- ^ Charles H. Weller, "Static Charge and Domestic Follicles," Proceedings of the Pacific Hygiene Conference Vol.5, pp.55-61, 1986.
- ^ 『毛の境界線――放送と身体語彙』NHK放送文化研究年報 第22号, pp.143-150, 1994.
- ^ 小林都『吹雪毛伝承の地域差について』北方民俗学研究 第3巻第2号, pp.19-33, 2007.
外部リンク
- 東京衛生糸学会アーカイブ
- 下町身体語彙データベース
- 日本民間毛史研究会
- 国立国語研究所 俗語年表集
- 湯屋文化資料館デジタル展示