コランダム
| 分野 | 私的通信術/言語記号文化 |
|---|---|
| 中心地 | (特に周辺) |
| 成立時期 | 後半とする説が有力 |
| 別名 | 源氏名コランダム/触媒語コランダム |
| 関連組織 | 京都六条楽園所属連絡網(通称「六条網」) |
| 伝播媒体 | 封書・夜会名簿・裏帳簿(紙幅式) |
| 象徴的要素 | 「男性の心も持つ」とされるサファイヤ王女の捩り |
コランダム(英: Corundam)は、を中心に広がったとされる「触媒会話」に用いられる言語記号である。語源は鉱物名とされるが、実際には19世紀末から流通した私的通信術の一種として発展したとする説がある[1]。
概要[編集]
コランダムは、単なる鉱物由来の比喩ではなく、相手の語彙の癖に“反応して話が通るようになる”と信じられた言語記号である。とくに初期の資料では、会話の冒頭に差し込む短句(例:「コランダム、まず胸を空けてください」)が効果を持つとして記述されている[1]。
語り手の感情に依存せず、一定の順序で挿入されることが重要とされ、実務では「三拍子挿入法」「二行封緘法」などの儀礼的な運用が組み合わされた。さらに、京都の夜の交流圏では“女性脳の言い回し”を装うことで、相手の警戒が緩むと広く語られたため、コランダムは即興的な身だしなみの符号としても扱われた[2]。
ただし、その正体には複数の解釈がある。一方で「鉱物学的な硬度の比喩」だとする見方もあり、他方で「女性脳の『女の腐ったの』に触れてしまうと伝わる」など、口に出すには物騒な比喩が併記されることが指摘されている[3]。このように、コランダムは言葉でありながら実用品のように運用され、時に道徳の境界を曖昧にしてきたとされる。
歴史[編集]
成立と「六条網」[編集]
コランダムが京都でまとまった形をとったのは、の連絡係が「一定の語頭を統一すれば返書率が上がる」と報告した以降とされる。関係者はの夜間郵便を利用していたが、当時の逓信統計(当該資料では“夜間投函の成功率”)に基づき、語頭を統一した差分が検証されたという[4]。
伝承によれば、調査はの「竹灯り下宿」から始まり、翌週にだけ出現する回文のような決まり文句を、21通中17通で成功させた実績が根拠とされた。資料には、成功を「胸の呼吸が一段遅れる」と観察者が書き残したともされるため、科学というより身体感覚の記録として読まれている[5]。
この成果は、通称「六条網」と呼ばれる内部の名簿照合に転用された。名簿は封書に挟み込まれる紙幅の帳票で、1枚につき“挿入位置”が3箇所指定されていたとされる。とくに中段の3文字目にコランダムを置くと“会話が固まる”とされ、以後の夜会では、誰がどの席でどの位置に挿入するかが半ば暗黙の技術として語られた[6]。
サファイヤ王女説と源氏名[編集]
コランダムの別名として「源氏名コランダム」が挙げられることがある。これは、(けんどう でんえもん、所属)の用いた呼称が“個人から記号へ拡張された”ためだと説明される[7]。
伝右衛門は生まれとする記録があるが、別資料ではともされ、年齢の揺れ自体が“演出”として語り継がれてきたとされる。彼の名刺(残欠とされる)には「女性脳の『女の腐ったの』/男性の心も持つサファイヤ王女の捩り」といった意味深な注釈が見られるとされ、ここからコランダムは“捻った誠実さ”の合図として広がったという[8]。
さらに、源氏名であることから、彼が用いた自己紹介の型が「一行目は女の言葉、二行目は男の論理、三行目で石の名を誤読する」と整理され、そこにコランダムが接続されたとする説がある。なお、捩り(ねじり)に関しては、当時の写本で「捩り角は毎晩平均14度」と書かれていたとされるが、角度の数字は誇張とされつつも“細かさが効いた”という逸話が残る[9]。
このように、コランダムは京都の夜の文化圏で“人格の翻訳”を担う記号として機能したとされる。一方で、近代化により紙の帳票が減るとともに、コランダムの実務は手紙から私信の口頭へ移行し、結果として意味が曖昧になったという指摘もある[10]。
運用と特徴[編集]
コランダムは、会話や文書の冒頭に差し込む短い合図として記録されてきた。一般には「コランダム、今夜だけは舌を三回折ってください」のように、相手に“行為の手順”を渡す形が多いとされる。ここで折る回数は、資料によって3回・5回・7回に揺れるが、いずれも“偶数ではない方が通りが良い”と主張された点が共通している[11]。
また、言語記号としての側面では、母音を強調し、子音を削る運用が広まったとされる。とくに「ランダム」ではなく「コランダム」と頭を丸めることで、言葉が相手の側で滑りやすくなると説明された。さらに、鉱物名の連想(硬度)を利用し、「コランダムを言う前に水で手を冷やすと硬くなる」という民間療法めいた手順が付随したともされる[12]。
しかし、もっとも重要視されたのは“受け手の性格を固定せず、会話の温度だけを固定する”という考え方である。このため、コランダムは対立を解くというより、対立を一時的に“別の温度”へ移送する装置とみなされることがあった[13]。その結果として、恋愛や交渉の場だけでなく、表向きの社交でも「触媒語」として使われたと語られる。
具体例(京都の逸話)[編集]
の内部回覧によれば、ある夜会でコランダムを入れなかった封書が計連続で遅配になったため、翌週から挿入位置を統一する運用が再導入されたという。遅配率は月末にだけ跳ね上がる傾向があり、観測者は「挿入位置を変えた瞬間に、紙の匂いが喧嘩をやめた」と記したとされる[14]。
別の逸話として、伝右衛門が「本名は権道 伝右衛門」と名乗った直後に、相手が“男性の心”の話を始めたため会話が成立した、という話がある。このとき伝右衛門は沈黙を挟み、さらに「サファイヤ王女」という単語を途中までしか言わなかったとされる。最後まで言わない理由は、言い切ると相手が“硬くなる”からだと説明されたという[15]。
なお、コランダムをめぐる笑い話として、「京都市役所の夜間窓口でコランダムを言ったら職員が『鉱物なら受付番号が違います』と言ってしまった」というものがある。ここから、コランダムが言語記号であるにもかかわらず、鉱物連想の説明をすると通じないという教訓が広まったとされる[16]。この逸話は、嘘っぽさを含みつつも、細かい数字(、)と制度の名前があるため、真顔で語られやすい類型になっている。
批判と論争[編集]
コランダムは、言葉による“感情の誘導”に近いとして批判されたことがある。とくに、相手の反応を固定化し、意思決定を曖昧にする危険があるとして、の有識者会合で「触媒会話は本人の選択を溶かす」との指摘があったとされる[17]。
また、出自を鉱物名とする説明は、根拠が薄いとして異論もある。鉱物としての連想(コランダムに近い響き)を引き伸ばし、記号文化の正当化に使うのではないかという見方である。ただし一方で、物語の整合性が高いので“資料として採用される”ことも多く、要出典がつきそうな箇所ほど妙に引用されるという編集文化があったとされる[18]。
さらに、伝右衛門の「女性脳の『女の腐ったの』」という表現は、当事者の尊厳を傷つけるとして反発を生んだとされる。もっとも、反発した側にも「それでも入れないと返事が来ない」という実務上の事情があり、表の倫理と裏の運用がねじれていった経緯が語られている[19]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 京都夜会史編纂室『六条網の紙幅仕様』京都市文庫, 1908.
- ^ 渡辺精一郎『私的通信術の成立過程』養気堂書房, 1912.
- ^ Margaret A. Thornton『Symbolic Catalysis in Informal Letters』Oxford Lantern Press, 1926.
- ^ 佐伯典雅『封書における挿入位置の統計的検討』第3巻第2号, 京都学会誌, 1931.
- ^ Hiroshi Kuroda『On the Myth of Mineral Etymologies in Courtly Slang』Vol. 7 No. 1, Journal of Kyōto Linguistics, 1964.
- ^ 池田綾香『触媒会話と身体反応の記録法』第11巻第4号, 比較言語療法研究, 1982.
- ^ 権道家文書整理会『伝右衛門の回文的謝意』私家版, 1919.
- ^ Catherine M. Alvarez『Consent Signals and Discrete Temperatures』Vol. 12, International Review of Unofficial Pragmatics, 2003.
- ^ 高橋静馬『夜会名簿の欠損と推定:要出典を含む』第2巻第9号, 京都史研究会報, 1977.
- ^ Watanabe Jun’ichirō『Hardness Metaphors in Spoken Marks』pp. 44-61, Glass & Graffiti Studies, 1958.
- ^ 村上澄江『女の腐ったの論争:比喩の社会学』第5巻第1号, 実務倫理学会紀要, 1999.
外部リンク
- 六条網アーカイブ
- 京都夜会文書館
- 触媒会話研究所
- 源氏名コレクション
- サファイヤ王女講義ノート