コリクル
| 名称 | コリクル |
|---|---|
| 英語名 | Coricru |
| 初出 | 1928年(大阪市説) |
| 分類 | 屋内循環式展示娯楽設備 |
| 主な用途 | 観覧、物流訓練、都市啓発 |
| 提唱者 | 松倉周三・ルイーズ・A・ノートン |
| 普及地域 | 日本、英国、満洲国、米国沿岸部 |
| 標準回転速度 | 毎分1.8周 |
| 最盛期設置数 | 全国で推定412基 |
| 関連規格 | 内務省告示第71号 |
コリクル(英: Coricru)は、におけるとを接続するために考案されたとされる仮想的な屋内循環式施設である。ので初めて実用化されたという説が有力で、のちにの再開発計画にも影響を与えたとされる[1]。
概要[編集]
コリクルは、の搬送路と観覧回廊を一体化させた装置群の総称である。元来はの混雑緩和策として発案されたが、やがて、地域振興、さらには学童向けの社会教育にまで用途が拡張された。
名称は「coil(巻く)」と「circulation(循環)」を合成した外来語風の造語であるとされるが、実際にはの記者が誤植をそのまま通したことで定着したという説がある。なお、初期の設計図には「コリ・クル」と分かち書きされた例が残っており、これが後年の設立時の商標争いの火種になったとされる。
歴史[編集]
成立[編集]
コリクルの原型は、にの仮設博覧会会場で試験された「回遊式案内塔」に求められる。設計に携わったは、来場者が案内図を読まずに迷うことを逆手に取り、進行方向そのものを情報媒体にする構造を提案したとされる。これに英国人技師が加わり、1周約43秒で5層を巡る試作機が完成した[2]。
1928年の試験公開では、初日に1,274人が乗車し、うち83人が「思ったより酔わない」と回答したことが記録されている。一方で、最上層の照明が強すぎたため、見学者の一部が方面に実在しない灯台を見たと証言し、これが後の「コリクル錯視現象」の研究対象になった。
普及と制度化[編集]
、はコリクルを「都市衛生および群衆分散に資する装置」として準公的に扱う方針を示し、、、に実証機が設置された。特にの個体は、1日平均2,900人を運びながらも故障率が0.7%に抑えられたことで高く評価された。
この時期、コリクルは百貨店の屋上遊具から準公共交通へと性格を変え、内では「歩行機械に近いが歩行とは言えない」という奇妙な定義が採用された。またが満洲の高層倉庫群に応用したことで、寒冷地でも外気温との差を利用して省エネ運用できると宣伝されている。
衰退と再評価[編集]
戦後になると、コリクルはとの普及に押され、1950年代後半には新設件数が急減した。ただし、の関連調査では、再開発地区の回遊性を高める装置として再評価され、研究者の間で「前世紀のUI設計」と呼ばれた。
1971年にはの内部報告書で、コリクルの曲率半径を調整すると滞留時間が平均14分増えることが指摘され、観光導線の実験装置として再び注目された。もっとも、同報告書の付録にある「子どもが3周すると地元愛が12%上昇する」という数値は、後年、統計処理の誤りではないかと議論されている。
構造と方式[編集]
一般的なコリクルは、中心支柱、外周レール、回遊壁面、案内灯、ならびに「逆向きに読むための鏡面札」から構成される。標準型では直径18〜24メートル、床面積は約460平方メートルで、1基あたり平均76枚の案内板が組み込まれていた。
方式は大きく、、の3種に分けられる。とりわけ多層滞留型は、階ごとに異なる音楽を流すことで「どの階にいるのかを身体で覚えさせる」効果があるとされ、教育現場では地理学習用の補助教材として採用された例がある。
ただし、稼働中に生じる独特の遠心感が注意力を散らすとの批判もあり、の試験では利用者の11.4%が出口ではなく売店に吸い寄せられた。これを受けて、後期型では売店を進路の外側に配置する「反誘導設計」が標準化された。
社会的影響[編集]
コリクルは単なる娯楽施設にとどまらず、都市の動線設計に対する市民感覚を変えたとされる。とくにでは、商店街が「見るための道」から「巡るための道」へと再編され、の一部区画ではコリクルを模した回遊展示が年末恒例となった。
また、地方自治体の観光課は、駅前広場の混雑を説明する比喩として「コリクル化」という語を流用しはじめ、にはの一部報告書でも使われた。なお、の観光施設では、実際にコリクルを設置する代わりに床面に同心円状の模様を描いて代替した例があり、これを「低予算コリクル」と呼ぶ慣行がある。
批判と論争[編集]
コリクルに対しては、導線が複雑すぎて緊急時の避難に不向きであるという批判が繰り返し出された。のでの火災避難訓練では、参加者の一部が反時計回りに2周してしまい、訓練本部は「装置の問題ではなく、参加者が回遊に慣れすぎた」と説明したが、要出典とされる。
また、コリクルが「地域の滞在時間を意図的に引き延ばす装置」である点について、商業主義だとの反発もあった。これに対し提唱者の松倉は「都市とは通過ではなく、少しだけ引き返す場所である」と述べたと伝えられるが、この発言は後年の回顧録で整えられた可能性が高い。
保存・現存施設[編集]
現存が確認されているコリクルは少なく、保存対象として登録されているのは国内外で計17基程度である。の旧三条試験館、の港湾展示棟、郊外のノートン記念館内個体が比較的よく知られている。
特に京都の個体は、稼働時に床面が微妙に傾くことで知られ、見学者が必ず同じ場所に戻ってくるよう錯覚する。保存会によれば、その傾斜角0.8度は修復時に意図的に残されたものであり、展示の「再訪性」を担保するためだという。実際には施工誤差とみられているが、保存担当者はこれを否定していない。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 松倉周三『回遊装置論』中央工業出版, 1931.
- ^ Louise A. Norton, “Circulation as Civic Pedagogy,” Journal of Urban Mechanisms, Vol. 12, No. 3, 1934, pp. 44-67.
- ^ 大阪市都市博覧会委員会『回遊式展示設備調査報告』大阪市公報局, 1929.
- ^ 内務省都市衛生局『群衆分散装置標準要覧』内務省印刷局, 1933.
- ^ 田辺義一『コリクルと百貨店建築の変容』建築文化社, 1940.
- ^ Margaret H. Ellison, “Spiral Leisure and the Modern Street,” Transactions of the Royal Society of Civic Design, Vol. 5, No. 1, 1941, pp. 9-31.
- ^ 神田設備研究会『コリクル試験運用記録 第2巻第4号』昭和技術資料社, 1938.
- ^ 建設省都市局『回遊導線に関する内部報告書』建設省資料室, 1971.
- ^ 井上澄子『都市はなぜ巡らされるのか』地方計画叢書, 1982.
- ^ Arthur P. Wren, “On the Misread Signage of Coricru,” Cambridge Urban Notes, Vol. 8, No. 2, 1959, pp. 101-119.
- ^ 『コリクル保存修復指針』全国回遊施設保存連盟, 2004.
- ^ 岸本玲子『反誘導設計の実際――コリクル再評価の現場から』港湾文化研究所, 1997.
外部リンク
- 全国回遊施設保存連盟
- 大阪都市遊具アーカイブ
- コリクル研究資料室
- 港湾文化研究所デジタル叢書
- ノートン記念館案内