コーマン
| 種類 | 社会現象・環境依存性自然現象 |
|---|---|
| 別名 | 円環沈黙、語尾鈍化、Korman drift |
| 初観測年 | 1978年 |
| 発見者 | 早稲田大学社会環境研究室・河合俊一郎 |
| 関連分野 | 社会心理学、都市工学、音環境学 |
| 影響範囲 | 日本の大都市圏、駅前空間、イベント会場 |
| 発生頻度 | 人口密度の高い場所で年数十回程度 |
コーマン(こーまん、英: Korman Phenomenon)は、のなどにおいて、人々が一定時間以上同じ話題を反復し続けると、会話の輪の外縁にいる者ほど発話の語尾が丸く鈍化し、全体として沈黙が一斉に増幅する現象である[1]。別名「円環沈黙」とも呼ばれ、にで行われた社会環境研究室の実地観測によって初めて記録されたとされる[2]。
概要[編集]
コーマンは、において会話の密度が一定閾値を超えた際、参加者の発話が短文化し、最終的に互いの顔色をうかがう沈黙へと収束する現象である。現場では、最初は盛り上がっていたが、数分から十数分のうちに奇妙な同調を伴って終息することがあり、これがコーマンの典型例とされている。
この現象は単なる気まずさではなく、、、、および話題の反復によって生じる複合的な社会的揺らぎと説明されることが多い。また、発生地点がやに偏ることから、都市工学上の微気候と会話行動の相互作用として研究されてきた[3]。
発生原理・メカニズム[編集]
コーマンのメカニズムは完全には解明されていないが、により自分の発話がわずかに遅れて戻る環境で、話者が「今の言い方は強すぎたのではないか」と自己修正を繰り返すことに起因する、とする説が有力である。さらに、周囲の通行人が無意識に作る半円状の滞留帯が、発話者に舞台的な圧迫感を与え、結果として語尾が弱くなるともいわれる。
都市行動研究センターの仮説では、コーマンはよりも「会話の余白」の消失によって引き起こされる現象であるとされる。つまり、話題そのものではなく、発話のあいだに置かれる沈黙が短くなりすぎたとき、会話は自壊的に丸まり、最後には「そうなんですね」「たしかに」が連鎖するのである[4]。
種類・分類[編集]
環境型コーマン[編集]
、、など、背後から人流が絶えず流れ込む場所で起きるタイプである。外縁の参加者が会話から半歩ずつ退くため、円形の輪がしだいに歪み、最終的には全員が「解散しづらい沈黙」を共有する形で終わることが多い。
感情型コーマン[編集]
送別会や謝罪の場面に多く、感情の振幅が大きいほど発生しやすいとされる。特にで主役が二度目の「お世話になりました」を言った瞬間、周囲の言語が急激に縮退する例が多い。
群発型コーマン[編集]
大規模イベントの終了直後に、周辺の複数地点で同時発生するタイプである。や周辺で報告が集中し、同一の終了アナウンスが波及しているように見えることから、研究者の間では「アナウンス残響説」とも呼ばれる。
歴史・研究史[編集]
コーマンの初期記録はので、河合俊一郎らが駅西口の歩行者デッキにおいて、会話集団の平均発話長がごとに急減することを観測した報告にさかのぼる。報告書では、当初この減少は「夜風による心理冷却」とされたが、後年になって輪状の立ち位置が原因ではないかと再解釈された[5]。
にはの領域で注目され、の小林冴子が「会話の円環化」という用語を提案した。しかしのでの公開観測会で、参加者の一人が突然「ここ、しゃべるほど静かになる」と発言したことから、現在のコーマンという呼称が定着したとされる。なお、名称の由来については、英語圏の研究者コーマーン家の姓にちなむという説と、単に現場記録票の誤記であるという説が対立している[6]。
観測・実例[編集]
代表的な観測例として、の東口前での調査がある。午後18時台に待ち合わせをしていた5人組が、最初は仕事の愚痴で盛り上がっていたにもかかわらず、19時02分には全員が「まあ、そういうこともありますよね」で会話を終え、結果としてほぼ無言のまま立ち尽くしたという。研究班はこの現象を「典型的な中強度コーマン」と分類した。
また、のの繁華街では、閉店間際の居酒屋前にできた立ち話集団が、店員の「お時間です」の一言を境に、半径の範囲で一斉に声量を落とした事例が報告されている。このとき、周囲の監視カメラ映像には、会話の輪の外側にいた3名だけが先にうなずき始める様子が映っていた[7]。
一方で、極端に静かな場所でもコーマンは生じうるとされる。の山間部で行われた野外調査では、風が止んだ直後に観測班の会話が急停止し、代わりに遠くのの鳴き声だけが続いたため、研究者は「自然音が会話の沈黙を押し広げた稀有な例」であると記録した。
影響[編集]
コーマンは、都市部の対人関係において見過ごされがちだが、待ち合わせ、飲み会、地域行事の進行に少なからぬ影響を与えている。特にやの集まりでは、コーマン発生後に議題の決定が早まる一方、肝心の異議申し立てが減少するため、合意形成が「円滑に見えるだけ」であると批判されることがある。
また、の分野では、コーマンの頻発する空間ほどベンチ配置や植栽の曲線が重要になるとされ、やの一部再開発では、意図的に会話の輪が崩れやすい角度の手すりが採用されたとの指摘がある。これにより、人が立ち止まりにくくなる一方で、長話が自然に終わるとして評価された[8]。
応用・緩和策[編集]
コーマンの応用としては、会議の長文化を防ぐ「コーマン誘発型レイアウト」が知られている。これはテーブルをわずかに扇形に配置し、視線の集中を避けることで、発言の冗長化を抑える方法である。民間企業では、の後半にこの手法を導入し、結果として平均終了時刻が短縮されたとする内部資料がある。
緩和策としては、話題を固定しないこと、沈黙の前に小さく区切りを入れること、立ち位置を円形から崩すことが挙げられる。また、の一部コミュニティセンターでは、コーマンの発生を防ぐため、壁面に柔らかな吸音材を用いた「会話の逃げ道設計」が試験導入された。なお、最も簡便な対策は「いったん水を飲む」であるとされるが、これは効果の有無が話者の気分に強く依存するため、学術的には慎重に扱われている。
文化における言及[編集]
コーマンは、後期から初期にかけて、都市を舞台とする小説やテレビドラマにしばしば登場するようになった。特に、駅前の立ち話が突然静まり返る場面は「都会の孤独」を象徴する描写として好まれ、批評家の間では「会話の敗北美学」とも呼ばれる。
の一部演目では、長話を続けた噺家が最後に客席から「それ、コーマンですね」と言われる小咄が流布しているほか、インディーズ音楽の歌詞には「輪になって黙る」という表現が繰り返し見られる。2020年代には、若年層のあいだで、会話が止まった瞬間に「コーマン入った」と表現する俗語用法も確認されている[9]。
脚注[編集]
[1] これは都市部での立ち話に限定されるという見解を採る研究者が多い。
[2] ただし、同年の別報告では「新宿駅東南口で偶然観測された沈黙」とのみ記されている。
[3] 一部の研究では、気圧よりも靴底の摩耗率が重要であるとされる。
[4] この仮説は、発話者の呼気中二酸化炭素濃度の変化を過大評価しているとの批判がある。
[5] 原本は図書館の地下資料室に保管されているとされるが、閲覧申請が年に2件しかない。
[6] なお、英語圏では「Korman」と書かれることが多いが、発音の揺れが大きい。
[7] 映像の解析結果は、後に広告看板の光量変化で説明されたが、研究班は採用しなかった。
[8] ただし、利用者からは「やけに落ち着かない」との苦情も出ている。
[9] 2024年時点で、動画配信サイト上にこの俗語を含む短編が少なくとも38本確認されている。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 河合俊一郎『都市立ち話における円環沈黙の発生条件』早稲田大学社会科学研究紀要, Vol. 12, pp. 44-71, 1979.
- ^ 小林冴子「会話の輪郭消失と群衆滞留」『都市社会学年報』第8巻第2号, pp. 113-129, 1986.
- ^ Margaret L. Fenwick, The Korman Drift in Dense Public Spaces, Journal of Urban Behavioral Studies, Vol. 19, pp. 201-233, 1991.
- ^ 佐藤健二『駅前広場の沈黙学』みすず書房, 1998.
- ^ William H. Armitage, Ambient Pressure and Speech Softening in Japanese Transit Hubs, Cambridge Urban Press, 2004.
- ^ 山本里奈「音響反射が会話停止に及ぼす影響」『日本音環境学会誌』第27巻第4号, pp. 55-68, 2009.
- ^ David P. Corrigan, Circle-Based Silence and Group Withdrawal, Urban Phenomena Review, Vol. 7, pp. 9-38, 2012.
- ^ 中島誠一『コーマン現象の応用と緩和策』日本建築センター出版部, 2017.
- ^ Eleanor V. Haskins, The Korman Phenomenon in Semi-Open Corridors, Proceedings of the London Institute of Social Acoustics, Vol. 6, pp. 77-104, 2019.
- ^ 高橋美緒「語尾鈍化の文化史」『現代都市文化研究』第5巻第1号, pp. 1-22, 2022.
- ^ Albert J. Broomfield, Korman and the Strange Silence of Public Squares, Routledge Urban Monographs, 2023.
- ^ 西園寺光『コーマンと会議の終わらせ方』講談社、2024年。
外部リンク
- 都市沈黙学会アーカイブ
- 駅前現象データベース
- 早稲田社会環境研究室旧報告書集
- 日本音環境観測センター
- Korman Phenomenon Research Network