ストラディバリウス:フローライト
| 名称 | ストラディバリウス:フローライト |
|---|---|
| 別名 | 石弦器、蛍石ヴァイオリン |
| 初出 | 1789年ごろ |
| 起源地 | クレモナ公設試験工房 |
| 考案者 | ジュゼッペ・アルベリーニ |
| 分類 | 弦鳴式鉱物共鳴装置 |
| 素材 | フローライト、メープル、羊腸弦 |
| 用途 | 調弦検査、採掘場の振動測定、サロン演奏 |
| 現存数 | 確認7台・断片12点 |
| 保存先 | クレモナ市立音楽博物館ほか |
ストラディバリウス:フローライトは、末ので考案されたとされる、の結晶面を弓弦に見立てて音響共鳴を測定するための複合楽器である[1]。のちにとの境界領域を象徴する語として用いられ、特にの工房史研究では独立した系譜を持つとされる[2]。
概要[編集]
ストラディバリウス:フローライトは、の胴体内部にの薄板を封入し、演奏時に生じる高周波成分を可視化する目的で作られたとされる特殊な器具である。通常は楽器として扱われるが、同時代の記録では「音の色を採る鉱物標本」とも呼ばれていた。
この語はのちに、家の名声を借りた後世の改造品を指す一般名詞としても定着した。ただし、初期の文書では「フローライト」は宝飾用の石ではなく、試験炉で青白く発光する“音見石”を意味したとする説が有力である[3]。
成立の経緯[編集]
クレモナ公設試験工房[編集]
18世紀後半、では弦楽器の品質検査を担当する半官半民の施設が設けられ、正式名称を「音響検定局附属木工試験室」といった。この施設で働いていたは、材木の含水率によって音の立ち上がりが変わることに着目し、に石片を貼り込んだ試作器を作成したとされる。
彼の日誌には「石は弓に反応せず、しかし音が石を責める」といった意味不明な記述が見られ、後年の研究者はこれを振動の可視化メモと解釈した。なお、同局は当時の軍需調達とも兼任しており、試験器がそのまま砲車の木枠検査に転用された例もある[4]。
ストラディバリウス名の転用[編集]
「ストラディバリウス」の名が付されたのは、にの収集家が、古い胴体の裏板に「A. STRAD.」と刻まれた断片を見つけ、これを高値で売るために全体名を再構成したことがきっかけであるとされる。彼は「既に名器であるものに、石が入ることでさらに名器になる」と主張し、修復ではなく“再調律保存”という新語を広めた。
この経緯により、19世紀のやの楽器商は、実物よりも証明書を重視するようになった。特にの競売では、石の重みで板がわずかに沈んだ個体が通常品より17ギニー高く落札され、以後「重い音は高く売れる」との迷信が広まった[5]。
構造と特徴[編集]
フローライト層[編集]
本体の最大の特徴は、表板の内側に厚さ0.7〜1.4ミリのフローライト層を貼る点にある。これにより、演奏者が弱音で弾いた場合でも、石英に似た微光反射が見え、舞台上では蝋燭2本分ほど明るく見えると記録されている。もっとも、当時の観客はこれを音響効果ではなく「神聖な反射」と受け取っていた。
また、石の産地はのと北部で異なり、青白い個体は室内向き、紫がかった個体は湿度の高い地下礼拝堂向きと使い分けられた。これは後にから「弦楽器界が鉱床の格付けを歪めた」と批判された[6]。
調弦法[編集]
調弦には通常の四弦に加え、共鳴確認用の第五弦「検石線」が用いられる。検石線は実際には鳴らさず、A線を三度ほど強く擦った際に生じる石の鳴り返しを読み取るためのものである。記録によれば、熟練職人は石面の反射音を聞き分けるだけで湿度差を2パーセント以内に推定できたという。
ただし、の試演会では、誤って検石線を通常演奏に用いたことで、客席のグラスが5分間震え続け、司会者が「これは音楽ではなく採掘の祝福である」とコメントした。以後、公開演奏では検石線の使用が原則禁止となった。
社会的影響[編集]
ストラディバリウス:フローライトは、上流階級の間で「音を所有する」ことより「鉱石を奏でる」ことの優位を示す象徴になった。とくに後半のでは、楽器室に標本棚を併設するサロンが流行し、来客が音色より先に蛍光色を鑑賞する習慣が生まれた。
また、との合同講習が各地で開かれ、楽器製作の見学会に採石会社がスポンサーとして参加する例が増えた。これにより、近郊ではフローライト産地の保護運動が起き、同時に「美しい石は弾かれるべきか保存されるべきか」という倫理問題が議論された。
批判と論争[編集]
一方で、同器は「音響科学を装った贋作美学」であるとの批判を受けた。の周辺では、石を入れることで実際の振動特性が悪化するとの実験結果が示され、の報告書には「音は上がるが、演奏者の顔色が下がる」と記された[7]。
さらに、20世紀初頭にはフローライトの原石流通をめぐっての商会との修復家組合が対立し、真贋判定に紫外線を用いる新方式が提案された。しかし、紫外線照射で証明書のインクが消えたため、会議は事実上中断された。これが「文書より石を信じる」風潮を生んだとも言われる。
現代の評価[編集]
現代では、ストラディバリウス:フローライトはの異端的な資料として扱われている。保存修復の現場では、石の重量による歪みがある一方で、内部に残された古い松脂の結晶が19世紀の演奏習慣を伝える貴重な手掛かりであるとされる。
にはで特別展「響く石、光る弦」が開催され、来場者は展示ケース越しにライトを当てて“音の模様”を観察した。なお、展示初日に警備員が展示品を持ち上げて重さを確かめようとし、床鳴りでアラームが作動した事件は、いまも館内で半ば伝説化している。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ Alberini, Giuseppe『Sulle pietre che rispondono al violino』Archivio Cremonese, Vol. 12, pp. 41-88, 1791.
- ^ Mondrani, Francesco『Manuale delle risonanze lapidee』Tipografia Parmense, 1824.
- ^ Thornton, Margaret A. “Fluorite Inserts in Late Cremonese Instruments,” Journal of Acoustic Antiquities, Vol. 8, No. 3, pp. 201-229, 1967.
- ^ 佐伯 恒一『石を鳴らす楽器史』日本音響史学会, 1988年.
- ^ de Riva, Cesare『Il caso dello Stradivari minerale』Quaderni di Liuteria, 第4巻第2号, pp. 15-52, 1959.
- ^ 林田 俊介『蛍石と弦のあいだ』東京修復研究所刊, 2004年.
- ^ Bennett, Howard J. “Why a Lute Needs a Stone: Experiments in Sound Weight,” Proceedings of the Royal Society of Musical Mechanics, Vol. 19, pp. 77-104, 1875.
- ^ 小松原 美緒『クレモナ公設試験工房の記録』ミラノ音楽史資料館, 1997年.
- ^ Armitage, Philip『The Violet Certificate Problem』Cambridge Mineral & Music Press, 1912.
- ^ 渡部 圭『響きの採掘場』関西音律出版, 2016年.
外部リンク
- クレモナ市立音楽博物館
- ロンバルディア音響史研究会
- 国際弦鳴鉱物協会
- 北イタリア楽器修復アーカイブ
- 響石データベース