スリーサウザンドポイントシュート
| 正式名称 | Three Thousand Point Shoot |
|---|---|
| 略称 | 3KPS、三千点シュート |
| 分野 | 屋内競技、記録訓練、反射神経測定 |
| 発祥 | 日本・東京都 |
| 考案時期 | 1978年頃とされる |
| 主要会場 | 駒沢屋内記録館、千葉臨海トレーニング棟 |
| 最高記録 | 3027点(非公式) |
| 関連組織 | 全日本点数競技連盟、関東室内シュート協会 |
スリーサウザンドポイントシュートは、の屋内競技研究会で体系化されたとされる、累積点到達を目的とする特殊な形式である。もともとは後半に、の記録係が試合後の採点誤差を減らすために考案したという説がある[1]。
概要[編集]
スリーサウザンドポイントシュートは、決められた距離から連続で投射を行い、合計点に先に到達した側を勝者とする競技である。通常はで行われ、1回の投射ごとに得点係がからまでの暫定値を読み上げる。
一般には系統の訓練法として理解されることが多いが、実際にはの統一を目的とした事務系の発明であったとされる。なお、初期の資料では「三千点打ち」と記されている例もあり、期の競技名としては珍しく、漢字・カタカナ・英字が混在していた。
定義と採点方式[編集]
採点は、ボールがリングを通過した瞬間の角度、回転数、着地位置の3要素を合算して算出される。これにより、見た目には同じ成功でもからまで差が出ることがある。
この方式は、審判の主観を減らすという名目で導入されたが、逆に記録係の筆算能力が競技性の中心になったため、後年には「を使うのは反則か」という論争が続いた。
名称の由来[編集]
名称は、当初の目標点である点に由来するとされるが、実際には分割された試技を回繰り返す計画書の略記から生まれたという説もある。いずれもとされることが多い。
また、英名の「Three Thousand Point Shoot」は、在日米軍施設の掲示板にあった「3,000-point shootout」を事務局が誤って直訳したものとされ、これが日本語側に逆輸入された結果、独特の語感が定着した。
歴史[編集]
1970年代の成立[編集]
起源は、近くの臨時集計室で行われた記録整理会議に求められる。会議ではの前身団体が、試合ごとに異なる採点基準を統一するため、単純な成功数ではなく累積点で管理する案を検討していた。
会議録によれば、当時の担当者であるは「3000に先に触れた帳票が一番見やすい」と述べたとされる。これがそのまま競技名になったというのが定説であるが、実際には昼食に出たの値段がだったため、数字だけが独り歩きしたとも伝えられる。
1980年代の普及[編集]
頃になると、の学校体育研究会が補助教材として採用し、体育館の床にのマス目をテープで貼る方式が広まった。これにより、シュート技術よりも歩幅の調整が重視されるようになった。
同時期、で放送された『室内球技の科学』の一回で紹介され、視聴者の間では「妙に算数っぽいスポーツ」として話題になった。ただし番組内では一度も正式名称が呼ばれず、字幕だけが先行したため、後日問い合わせが相次いだという。
1990年代以降の再編[編集]
にはが発足し、得点表を手書きから打鍵式の端末へ移行した。これにより集計速度は向上したが、端末の初期設定でが有効になっていたため、1試合でといった記録が残る事故が起きた。
以降は、地域クラブが独自に「夜間部門」「親子部門」「雨天代替部門」を設け、競技としてよりもイベント性が強まった。なお、のロビーで実施された公開記録会では、エレベーター待ちの観客が最も多かったことが記録されている。
競技方法[編集]
競技は通常、・・の3地点から順に投射を行い、各地点でずつ獲得する設計となっている。実際には成功率よりも、失敗時の減点処理が複雑であるため、熟練者は「当てる」より「帳簿を崩さない」ことを重視する。
公式ルールでは、ボールがリングを通過した後に一度だけ床へ跳ね、その跳ね返りが以内であればボーナスが加算される。逆に、ボールが観客席の座面番号表示器に触れるとが記録されることがある。
また、試技の合間には記録係が「現在値」を復唱する義務があり、を超えた時点で必ず水分補給の確認が入る。これは熱中症対策というより、筆記疲れで桁を誤記する事故を防ぐためとされている。
用具[編集]
使用球は規格に似せた外観を持つが、内部に薄い金属粉を仕込むことで回転数の計測を容易にしている。公式球は『タイプA』『タイプB』『記録補正球』の3種があり、学校現場では見分けがつかず混同されやすい。
なお、1979年製の初期球は経年劣化で重心が偏るため、保存会では「投げる際に球が自己主張する」と表現されている。
審判と記録係[編集]
審判は1名、2名、1名で構成される。点検係は得点板の数字を毎回読み上げるが、との判読を誤る事例が多く、これが競技のローカル文化を生んだ。
1990年代の大会では、ある記録係がをと書き間違え、そのまま優勝が成立しかけたことがある。この件は後に「赤坂の逆転誤記事件」として知られる。
主要大会[編集]
スリーサウザンドポイントシュートには、全国規模の大会と、地域ごとの招待制イベントが存在する。特には、毎年にの屋内競技場で行われ、参加枠がに限られているため、申込開始からで埋まることが多い。
一方、学校対抗戦である「」は、勝敗よりも記録の整合性が重視され、優勝校よりも最終集計の誤差が少なかった学校が新聞で取り上げられる傾向にある。
著名な記録[編集]
非公式ながら、にで行われた大会でを記録したの記録が有名である。終盤で相手チームの採点端末がフリーズしたため、3分間の中断をはさんで得点が再計算されたが、結果として「中断込みで最も芸術点が高い」と評価された。
また、の大会では、無得点のまま30分が経過した組が、記録用紙だけ先に3000点へ達したとして特別賞を受けた。
学校教育での採用[編集]
の外郭団体が作成した指導要領案では、算数と体育を横断する教材として位置づけられたことがある。もっとも、実施校の多くは時間割の都合で「体育」の単位に押し込んでおり、理科室で行った学校も少なくない。
このため、生徒の感想は「ボールの授業なのに家計簿をつけさせられた」というものが多く、ある自治体では保護者向け説明会が開催された。
社会的影響[編集]
スリーサウザンドポイントシュートは、単なる競技にとどまらず、の向上に寄与したとされる。特に後半、金融機関や自治体の研修で採点表の作成演習が取り入れられ、若手職員の訓練に使われた。
また、競技の普及により「3,000点」という数字が一種の達成目標として市民権を得た結果、企業の社内表彰や地域商店街のスタンプラリーにも転用された。大阪のある商店街では、3,000点達成者にが1舟追加される制度が導入され、行列がに達したという。
ただし、得点が大きくなりすぎることで、観戦者の関心がプレーよりも電卓の表示に移るという問題もあり、「スポーツの形をした会計競技」と批判されることがあった。
批判と論争[編集]
最も大きな論争は、点に到達した時点で試技を終えるべきか、それとも「3000を超えてからが本番」とするべきかという解釈をめぐるものであった。保守派は前者を支持し、革新派は「超過点こそ創造性である」と主張した。
さらに、の関東大会では、得点板の表示を液晶から手書きに戻すかどうかで1時間半の協議が行われた。結果として、表示板は液晶のまま、記録用紙だけ手書きという奇妙な折衷案に落ち着いた。
文化的評価[編集]
一部の評論家は、本競技を「後期日本の、秩序と根性と帳尻合わせの結晶」と評した。美術館の企画展『数字の身体性』では、試合中の得点読み上げ音声が現代音響作品として展示されたこともある。
一方で、競技者の間では「3000点を超えた瞬間、人生のうち半分は終わった気がする」との名言が残されており、これはながら引用される機会が多い。
脚注[編集]
関連項目[編集]
の屋内スポーツ文化
脚注
- ^ 渡辺精一郎『三千点競技採点史』体育記録社, 1986年.
- ^ 佐藤久美子「点数到達型投射法の成立」『日本屋内競技学会誌』Vol.12, No.3, pp. 41-58, 1991.
- ^ Margaret A. Thornton, “Scoring Rituals in Postwar Japanese Court Sports,” Journal of Comparative Play Studies, Vol. 8, No. 2, pp. 113-129, 1994.
- ^ 田所義信『3KPS実践マニュアル』関東記録出版会, 2003年.
- ^ Hiroshi Yamane, “The 3000-Point Threshold and Collective Attention,” Sports and Society Review, Vol. 17, No. 1, pp. 5-22, 2008.
- ^ 村上清子「室内シュート競技における誤記の社会学」『体育と事務』第4巻第1号, pp. 77-94, 2010年.
- ^ Robert J. Feldman, “Why Three Thousand? The Myth of Numerical Closure,” Bulletin of Applied Game History, Vol. 21, No. 4, pp. 201-219, 2013.
- ^ 北條里奈『東京都体育館と数字文化』都心文化研究所, 2016年.
- ^ 大野拓也「記録係の筆算能力と競技成績の相関」『教育記録学研究』第9巻第2号, pp. 12-36, 2018年.
- ^ Emiko S. Clark, “Liquid Crystal Boards and the Politics of Counting,” International Journal of Indoor Athletics, Vol. 6, No. 1, pp. 88-101, 2021.
- ^ 『三千点シュートと昭和後期の生活改善』港区スポーツ資料館編, 1979年.
- ^ 井出晴彦『三千点を超えたらどうなるか』架空社, 1998年.
外部リンク
- 全日本点数競技連盟 公式記録アーカイブ
- 関東室内シュート協会 競技規則集
- 駒沢屋内記録館 デジタル展示室
- 三千点スポーツ史研究会
- 東京都地域球技資料センター