セリエル漫才
| ジャンル | 漫才(連続企画型) |
|---|---|
| 主な特徴 | 回替わりのオチ・前回条件の引き継ぎ・台本の段階的改稿 |
| 発祥地とされる地域 | (難波周辺) |
| 運用単位 | 第1巻〜第N巻(“セリエ”と呼称される) |
| 代表的な用語 | 引き継ぎ条件/回収フレーズ/次巻予告 |
| 研究対象 | 口承芸能・放送脚本・観客行動 |
(せりえるまんざい)は、漫才の台本を連続企画として「巻(ボリューム)」単位で運用する新形式の演芸とされる。1980年代後半のにおけるテレビ企画の失敗から生まれたと説明されることが多い[1]。
概要[編集]
は、通常の漫才が「1回で完結する台詞」になるのに対し、笑いの回収を次回へ繰り越すことを制度として組み込んだ形式であるとされる。特に、前回に登場した小道具や“条件”が次巻の導線になる点が特徴とされ、観客が「前の回の続き」を求める設計が採られたと説明されている[2]。
成立経緯は、内のローカル番組で「視聴者投稿の改稿依頼」が過剰に蓄積し、台本が編集者の机上で“連載化”したことに由来するとする説がある。なお、この“連載化”は芸人の創作というより、放送枠の都合から生じた運用上の偶然だったとする記述も見られる[3]。
構造面では、(1)引き継ぎ条件、(2)本編の応酬、(3)次巻予告という三層が用いられることが多いとされる。さらに応酬のテンポは拍節ではなく、台本上の改稿回数(“修正点”)で調整されるとも言われ、ある回では修正点が27箇所に達した例が報告されている[4]。
用語と構成[編集]
セリエル漫才では、通常の導入(つかみ)に相当する箇所がとして固定化される。引き継ぎ条件とは、観客が覚えておくべき“約束事”を、毎回同じ文体で提示する仕組みであるとされる[5]。
本編の応酬はによって設計されることが多い。回収フレーズとは、一度だけ言い切った言葉を後半で同音異義・逆転意味にして回収する技法であり、字幕テロップが出るタイミングと連動する場合があると記されている[6]。
また、次巻予告はオチを兼ねることがある。たとえば「次巻では“許可証を持った客”が出ます」とだけ告げて終わる形式が採られ、観客が“証”を巡って次回の視聴を待つ心理を狙ったとされる[7]。この予告が過剰になると、後追い視聴者が増える一方で初見が置いていかれる問題も指摘されている。
歴史[編集]
前史:台本の「循環在庫」問題[編集]
セリエル漫才が“形式”として語られる以前、1980年代後半の関連の下請け現場では、台本修正が多発し、余った校正版が倉庫に滞留する現象が起きたとされる。具体的には、の制作会社において、保管期限が規定されていたにもかかわらず、校正版が平均で以上も棚上に残っていた年があると記録されている[8]。
この滞留は、単なる事務の遅れではなく、編集担当が「次回の直しを見越して保管しておく」方針を取ったことによって加速したと説明される。ところが、誤って“前回案”を当該週の現場で参照し、そのまま同じ芝居が翌週にも流用されたことで、結果として観客が続編のように感じた、という逸話が残っている[9]。
当時の芸人たちは「それ“続きもの”っぽいな」と笑った一方、プロデューサー側は“視聴者の記憶”を演芸に組み込む必要性を認識し始めたとされる。この転機が、後の“セリエ(巻)”運用の原型になったとする説がある。
成立:難波の「第1巻」発表会[編集]
成立の節目として、の近郊で開催された小規模発表会「SERIEL Namba Night」がしばしば挙げられる。発表会は1989年3月12日に実施されたとされ、会場の定員は200名だったが、入場整理券が合計で発行されたため、当日だけで18名が立ち見になったと伝えられている[10]。
ここで披露されたのが“第1巻”と呼ばれる試作である。芸人コンビと(当時の芸名)によるネタでは、冒頭で「今日は“借りパラソル”を返す日」という引き継ぎ条件を読み上げ、終盤で傘の柄が折れる仕草が次回への条件として残ったとされる[11]。
批評家の一人は、笑いが「瞬間」ではなく「回転数」で生じているように見えたと述べたとされる。さらに、放送担当が翌週の改稿量を計測し、初回から修正点が増えたことが社内報に残ったと書かれている[12]。この数字の妙に具体的な裏付けが、後年の“セリエル漫才研究”を後押ししたとされる。
普及:ラジオ→深夜枠→劇場連動[編集]
1990年代に入ると、ラジオ番組での再編集が進み、セリエル漫才は「音声でも続きが成立する」形式として注目されたとする見解がある。特に、聴取者が通勤ルートで同じ曜日に同じネタを聞くことから、巻の回収が自然に成立したとされる[13]。
一方で、劇場での受容は遅れたとされる。劇場側では“次巻予告”の情報量が多すぎ、初見客が多い昼公演では評判が割れた。そこで、劇場版では予告文が必ず20文字以内に制限され、満席時にだけ通常版(最大60文字)が解禁される運用が生まれたと記録されている[14]。
この運用は、観客の参加形式を強める結果にもなった。視聴者は前回の合言葉をSNSのような当時の掲示板に書き込み、芸人は回収フレーズを微調整して応じたとされる。ただし、その行為が「ネタの固定化」につながり、創作の自由度が損なわれるといった反論も出た(後述)。
社会的影響[編集]
セリエル漫才は、漫才を単発の娯楽から“視聴習慣”へと変える技術として語られることがある。実際、巻を追うことで観客が番組の時間帯を固定し、結果として広告枠の単価が上がったとする業界誌の記述がある[15]。
また、都市の記憶の共有が促された点も影響として挙げられる。たとえば、中心部の“第3巻”で繰り返し登場する架空の町名「北堀江三丁目わき道」が、翌年のポスターに似た形でファンの間に広まったとされる[16]。このように、架空設定が現実の会話に溶け込む現象が観察されたと説明される。
さらに、教育分野での波及もあったとされる。大阪府内の一部の中学校では、国語の授業で“引き継ぎ条件”を文章構造として分析させたという報告がある。ただし、授業で使う台本がどこから入手されたかが曖昧であり、実施した教員の回想録に依拠していると注記される[17]。この種の波及は、芸人の表現意図よりも「構造」への関心を優先させるため、賛否が分かれた。
代表的な技法と具体例[編集]
技法としては、引き継ぎ条件の“言い回し固定”が最も重要視されたとされる。ある第5巻のネタでは、条件文が毎回同じ語数(全体)になるように設計され、言い間違いが起きたらその場で即興の言い直しを行うルールがあったとされる[18]。
また、回収フレーズには音の類似を使うことが多いとされる。たとえば「合鍵(あいかぎ)」を「会議(かいぎ)」へ転用するような逆転が、次巻の冒頭で必ず説明される運用があったと報告されている[19]。
なお、セリエル漫才の“らしさ”を象徴する小道具もある。架空の許可証「夜更け芸能許可第R-72号」が第2巻から小道具として使われ、以後、失くした場所を毎回少しずつ変えていく演出が反復されたとされる[20]。この小道具の“設定のゆらぎ”が、観客のツッコミを引き出す装置になったと説明されている。
批判と論争[編集]
批判としてまず挙げられるのは、次巻依存が強すぎることで初見が不利になる点である。特に深夜枠では視聴者の入れ替えが大きく、予告の情報量が多い回では「置いていかれる」との声があったとされる[21]。
また、改稿量を前提にした運用が、芸人の即興性を損なう可能性があると指摘された。社内の改稿記録を“修正点”として管理することが常態化すると、笑いが創作ではなく工程管理の産物になってしまうという論評が出たとされる[22]。
さらに、セリエル漫才が“続き物”として成立した結果、著作権や二次利用の論点が複雑になったとする見方もある。回収フレーズのうち、特定の比喩表現が商標に近い扱いを受けるべきかどうかが議論になったと報じられたが、裁定は当事者間の和解文書に依拠しているとも書かれている[23]。なお、この和解文書は公開されていないため、真偽は確認されていないとされる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 山口風太「連続構造としての漫才台本—セリエル運用の数理的整理」『放送脚本研究』Vol.12 No.3, pp.41-58, 1996.
- ^ 高橋まどか「回収フレーズが観客行動に与える影響」『芸能社会学ジャーナル』第7巻第2号, pp.105-129, 2001.
- ^ 白井トモル『第1巻の裏側:引き継ぎ条件はなぜ固定されたか』浪速出版, 1992.
- ^ 海野サキ『傘が折れる順番:オチと次巻予告の設計』青藍堂, 1995.
- ^ 伊藤隆史「視聴習慣の形成と改稿管理—深夜枠のセリエル漫才」『日本放送史評論』Vol.29 No.1, pp.77-92, 2003.
- ^ M. A. Thornton「Serialized Humor Mechanisms in Urban Media」『Journal of Broadcast Comedy』Vol.18 No.4, pp.211-234, 2007.
- ^ C. Rodriguez「From One-off to Ongoing: The Economics of Serial Skits」『International Review of Performing Arts』第5巻第1号, pp.13-36, 2010.
- ^ 関西芸能記録編纂委員会編『難波の夜:SERIEL Namba Night実施報告』大阪芸能局, 1989.
- ^ 大阪府立国語教育研究所「国語授業への台本構造応用(未公表資料)」,『府内授業記録集』pp.33-60, 1998.
- ^ 笹島慎介「“修正点”が笑いを潰すのか:反省と再設計」『芸能工学(誤解版)』Vol.3 No.9, pp.1-19, 2005.
外部リンク
- セリエル漫才年報データベース
- 引き継ぎ条件アーカイブ
- 回収フレーズ研究会
- 浪速脚本工房オフィシャル掲示板
- 夜更け芸能許可の系譜