タヌキの著作権
| 分野 | 著作権法/動物法/知的財産実務 |
|---|---|
| 成立経緯 | 民間実務→裁判例集積→ガイドライン整備 |
| 対象となる表現 | 足跡模様、泥絵、採餌ルートの反復パターンなど |
| 権利の担い手 | タヌキ(ただし代理管理者が指定される) |
| 管理機関 | 地方自治体の委嘱する「動物著作管理人」 |
| 代表的な紛争 | リール動画の二次利用、観光サイン盗用の差止め |
| 用語の別名 | タヌキ表示権、泥絵ロイヤルティ |
| 主な舞台 | 周辺(事例が多いとされる) |
タヌキの著作権(たぬきのちょさくけん)は、タヌキが創作したとみなされる表現に対して、一定の人格的利益と財産的利益を付与するという法技術である[1]。日本を中心に私法実務へ波及し、動物表現をめぐる議論の焦点として位置づけられている[2]。
概要[編集]
タヌキの著作権は、タヌキの行動が「創作的表現」に到達しうるという前提に立ち、一定の類型について著作権と同様の保護構造を模倣した仕組みである。特に、落ち葉や土を用いた「模様の反復」が、偶然ではなく意図的な構成に見える場合に、権利主張の芽が立つとされる[1]。
成立の契機は、明治末期に町村の記録係が「境界石の周りにだけ出る足跡の連鎖」を“伝統的な図案”として写し取ったことにあるとされる。しかし当初は学術上の興味として扱われ、法的な意味は付与されなかった。その転換点として、昭和初期の海辺の民宿が、タヌキの泥絵を看板に転用したところ、近隣で「出し入れの順番が変わる」との苦情が相次いだことが挙げられている[3]。
その後は、権利者不在問題を解く必要から、の要請により「動物著作管理人」制度が試行され、現在は自治体と私企業の共同スキームとして運用されていると説明されることが多い。一方で、どこまでが“作品”で、どこからが“たまたま”なのかの線引きは、今なお揺れているとされる[2]。
歴史[編集]
起源:泥絵の採点表と「第0号図案」[編集]
タヌキの著作権の原型は、1954年にの旧・稲村ヶ崎行政事務所で作成された採点表に求める説がある[4]。この採点表では、泥で描かれた輪郭の“途切れの長さ”や“方向転換の頻度”が点数化され、「第0号図案」と呼ばれる標準例が一枚だけ貼られていたとされる。貼られていた標準例が一枚だけだったのは、職員が「タヌキは同じものを二度描かない」と記したためであるという、いかにも現場らしい記録が残っているとされる[4]。
また、当時の運用では著作権という語は用いられず、「観察記録の権益保全」という呼称が採用されていた。ところが1962年、民宿の館主がその採点表を倉庫の壁に掲示し、来客が勝手に写真撮影したことで、翌年の“土の並び”が観光導線と衝突した。地元協議会はこれを「写真が模倣になった」と解釈し、匿名の“管理者”が必要だと結論づけたとされる[5]。
制度化:文化庁の「動物表現保護小委員会」とロイヤルティ契約[編集]
1978年、が「動物表現保護小委員会」を立ち上げ、タヌキの行動を“創作行為”として整理するための定義案が議論されたと伝えられている[6]。ここで採用されたのが、「再現性」ではなく「反復の設計」を基準にするという考え方である。すなわち、同一形状のコピーではなく、同じ“組み方”が出ているかどうかを評価することで、恣意的な偶然を排しようとしたと説明される。
一方で、実務が追いつかない問題があり、著作権者不明のまま商業利用が進んだ。そこで1983年、と、そして横浜の撮影会社「瀬戸山映像工房」が共同で、年額契約の試行に合意したとされる。契約の中身は妙に具体的で、「泥絵を模した壁面装飾の使用料は、月あたり9,800円を基準に、模様の“途切れ点”が3つ増えるごとに1,200円加算する」と定められていたという[7]。この細かさが後の判例の端緒になったとされるが、資料の出所には“社内メモ由来”の揺れがある[7]。
なお、1989年に最初の異議申立てが起こり、横浜地方の調停で「タヌキは著作権者である以前に観察対象であり、権利主張をするには代理の承諾が必要」という整理が採択された。以後、タヌキの著作権は“生物のための著作権”ではなく、“人間が運用する表現責任のための権利”として理解される傾向が強まったとされる[6]。
制度の仕組み[編集]
タヌキの著作権では、タヌキが自ら権利行使することを想定しない。代わりに、保護対象のタヌキを識別するための「足跡紐付け台帳」が作成され、そこに基づいて指定された代理管理者が管理するという形式が採られるとされる[2]。台帳は、の公園管理課が監督し、私人による保存画像の提出が求められる仕組みが採用されてきた。
対象となる表現の例は複数あるが、最も多いのは「採餌ルートの反復パターン」である。これは、同じ落ち葉の塊の周りを必ず左回りに回っていることが確認された場合に、ルート全体が一つの“配置”として扱われるという考え方である。なお、ルートの長さが平均で12.4メートルだった場合のみ保護対象になる、というような“妙に測りたくなる”運用が一時期存在したとされる[8]。
また、登録されると、模倣利用者には「表示義務」が課される。表示義務は単なるクレジット表記ではなく、「撮影者が地面の感触を確かめたこと」を示すチェック項目が含まれるという。ここが批判の的になったが、実務では“倫理監査”として効率的だったと評価された時期もある[9]。
一方で、現場の混乱を避けるため、権利の存続期間は原則として「タヌキの観察可能期間に連動」するとされる。ただし、観察期間の定義が地域ごとに異なるため、同じ作品がA地域では権利存続中で、B地域では無効という逆転が起こりうると指摘されている[1]。
代表的な事例(抜粋)[編集]
タヌキの著作権が社会に広く知られる契機になったのは、動画投稿と観光事業の衝突だったとされる。特に2020年代以降は、SNS上で「泥絵の“神回”」と称される映像が拡散し、音声コメントや字幕が付くほど模倣とみなされやすくなったと説明される[10]。
たとえばの「朝比奈海岸」周辺では、2021年に地域ブランディング用のショート動画が公開された。その動画には、背景の砂に残った足跡の“並び”がほぼ同位置で写っていたため、申立人側は「タヌキの配置設計が商品化された」と主張したとされる。調停では、表示義務の不足と、撮影日がタヌキの“反復日”に当たっていたことを重く見て、動画の一部差し替えと、月額の泥絵ロイヤルティ(試算で月12万円)が提案されたと報じられた[10]。
また、別の事例として、の菓子店が“狸”ではなく“タヌキ”の足跡を模した焼き印を作った事件が知られている。この事件では、焼き印の形が作品として認められたのではなく、商品包装のキャッチコピー「夜の回廊を踏むと会える」が、ルート反復パターンと結びつけて理解された点が問題視されたという。一方で、焼き印そのものは保護範囲外とされ、損害賠償は0円になったともされる。ここは担当調停員が“笑いながら書いた”という伝聞が残っており、記事の中では最も人間味のあるエピソードとして扱われることが多い[9]。
さらに、教育現場の騒動として、学校の環境学習で「タヌキの模様を清書して作品にする」活動が実施され、清書された紙を図工展に出した学級が問題視された。理由は、清書が“創作”ではなく“再現”に近かったためであると説明されたが、翌年には“清書が学習目的なら免責”という運用が追加された。運用が追加された理由は、教育委員会の担当者が「子どもに著作権を教えるなら、子どもが困らない形で教えるべきだ」と言ったことにあるとされ、会議録には日時まで残っているという[11]。ただし該当会議録は見つかっていないとされ、要出典とされることもある[11]。
批判と論争[編集]
タヌキの著作権には、動物の行動に“意図”を読み込むことへの批判がある。とりわけ、法律家の一部は、表現の創作性を人間中心で評価している点を問題視している。ある研究会では、「途切れ点の数」などの指標が、結局は人間の観察者の好みを反映しているだけだと指摘された[6]。
また、金銭化の是非も争点になった。ロイヤルティが導入されると、タヌキの滞在エリアに「対価目当ての集客」が起こりうるからである。実際、では観光協会の臨時看板が増えた年に限って、タヌキの足跡が別ルートへ移動したという報告が寄せられた。そのため、看板の掲出を“保護”と“妨害”のどちらに数えるかが問題となり、統一ルールの必要が説かれたとされる[7]。
さらに、保護範囲が拡張しすぎることへの警戒も強い。例えば泥絵の“色”は保護されないのに、色の選択が同じ個体の採餌ルートとセットで観察される場合には保護される、といった逆転が生じることがある。こうした例は運用のブレとして批判され、裁判例の集積がない段階では「要出典」になりやすい領域であるとされる[2]。
なお、最も笑われた論争は、ある自治体の条例案で「タヌキの著作権は、原則として年齢ではなく冬眠周期により更新される」と書かれた点である。法務担当が「冬眠が終わるまで権利は生きている」と説明したと伝えられるが、専門家からは“単位が動物の気分”になっていると突っ込まれた。結果としてその文言は削除され、現在では「観察可能期間の年換算」を用いる運用が採られるようになった[1]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐藤実『動物表現の保護設計:足跡と配置の法的評価』青潮法政社, 2012.
- ^ 田中恵梨『泥絵ロイヤルティの経済学:観察可能期間モデル』東京知財研究所, 2019.
- ^ 山口隆太「動物の反復パターンと著作物性」『知財法学論叢』第48巻第3号, 2016, pp. 121-168.
- ^ 鎌倉市公園管理課『足跡紐付け台帳(試行版)』鎌倉市, 1954.
- ^ 瀬戸山映像工房『共同契約書(瀬戸山・管理人スキーム)』横浜, 1983.
- ^ 文化庁「動物表現保護小委員会報告書」『月報文化政策』Vol. 22, 1979, pp. 5-44.
- ^ 中村昌平『ロイヤルティ単価の決め方:途切れ点加算の実務』講談・印象出版, 2007.
- ^ E. K. Watanabe, “The Intent Gap in Animal-Created Patterns,” Journal of Comparative IP, Vol. 31, No. 2, 2018, pp. 55-83.
- ^ A. Thornton “Proxy Ownership for Nonverbal Works: A Practical Survey,” International Review of Rights, Vol. 12, Issue 4, 2020, pp. 201-229.
- ^ (微妙に不整合)『日本著作権判例集(第0巻)』判例出版社, 1991.
外部リンク
- 動物著作管理人協議会
- 鎌倉泥絵アーカイブ
- SNS二次利用ガイド(動物表現編)
- 足跡紐付け台帳データポータル
- 動物表現保護小委員会資料室