ダイエットは明日から
| 分類 | 先送り文化、食生活用語 |
|---|---|
| 成立 | 1970年代後半 |
| 発祥地 | 東京都千代田区周辺 |
| 提唱者 | 渡会善次郎ほか |
| 主な用途 | 減量開始の宣言延期 |
| 関連機関 | 日本先延ばし食文化協会 |
| 影響 | 外食産業、健康雑誌、年始決意文化 |
| 標語 | 今日ではなく、明日からである |
ダイエットは明日からとは、減量や食習慣の改善を明日に先送りする際に用いられる日本語の慣用句、ならびにその先送り行動を体系化した生活様式である。昭和後期の内で広まったとされ、自己規律と延期の美学が奇妙に融合した表現として知られている[1]。
概要[編集]
ダイエットは明日からは、減量を「今すぐ始める」のではなく「翌日以降に開始する」とする生活上の態度を指す言い回しである。単なる怠慢を表すだけでなく、実際には50年代の都市生活における外食依存、残業文化、そして健康番組の流行が重なって生まれた半ば実践的な哲学として扱われてきた。
この語は、の会話表現としては軽口に分類される一方、1980年代以降は健康指導の現場や自己啓発の分野でも引用されるようになった。なお、の生活改善広報資料に「目標設定を過度に先延ばしする言い回し」として載ったのが普及の契機であるという説があるが、一次資料は見つかっていない[2]。
歴史[編集]
起源[編集]
最初の用例は、の喫茶店「コスモポリタン」で配布された手書きの食事メモに見られるとされる。メモを作成したのは栄養士の渡会善次郎で、彼は当初「ダイエットは今日から」と書いたが、客の反発が強く、数十枚の印刷を廃棄したという。この失敗ののち、より受容的な表現として「明日から」が採用されたと伝えられている。
この修正版は、当時増加していた勤務の会社員に好評で、昼食後のコーヒーとセットで広まった。特に「本日中に準備だけして、実行は翌朝」という運用が注目され、1981年には通称としての内部資料に記録された。
全国への普及[編集]
、構内の売店で販売された健康週刊誌『からだは後で考える』がこの表現を特集し、駅売りだけで初版4万8千部を売り上げたとされる。記事には、実際にはダイエットを開始しないまま、通勤時に階段を2段飛ばしで上る「擬似運動者」が多数登場し、読者投稿欄では「明日が来るたびに再宣言する」という書き込みが相次いだ。
また、の食品会社が「明日からセット」という小分け弁当を発売したことで、語は単なる言い回しから商標的な性格を帯びるようになった。発売初月の返品率は13.7%であったが、担当者が「返品も体重減少も翌月から」と発言したことが新聞のコラムに引用され、語の知名度を押し上げた。
制度化[編集]
には、都内のスポーツクラブ数社が「明日から会員制度」を導入し、契約時には入会金を支払うが、初回利用は任意という独特の制度が生まれた。これにより、利用者は“入会したという自己評価”だけを先に得ることができ、心理的負担を軽減したとされる。
一方で、後半にはこれを逆手に取った詐欺的広告も現れ、「明日から痩せる保証書」を配布する無認可業者がで摘発された。この事件は社会問題化したが、結果として「ダイエットは明日から」という表現に、遊びと危うさが共存する印象を与えることになった。
用法[編集]
日常会話では、食べ過ぎた直後の自己正当化、あるいは翌日以降の行動計画の再延期を示すために用いられる。特に会食の場では、デザートを注文した直後に「今日は記念日だから」と付け加え、周囲の同意を得たうえで宣言されることが多い。
また、企業の健康保険組合や職場の保健指導でも、過度な即時改善を避けるための「緩衝語」として用いられることがある。ある保健師は、のオフィス街で行われた講習会で「この言葉があると、最初の失敗を翌日の準備に変換できる」と述べたが、受講者の8割がそのまま昼食に向かったという記録が残る[3]。
ネット文化においては、年始、月初、月曜、健康診断前日の四つの局面で最も頻繁に投稿される。特に1月2日の午前11時台は投稿密度が高く、2019年の調査では「ダイエットは明日から」系の短文が1時間あたり平均2,300件確認されたとされる。
社会的影響[編集]
この表現は、との商品開発に大きな影響を与えた。低糖質食品の棚が拡張されたほか、「明日からでも間に合う」を売りにした深夜帯の惣菜キャンペーンが定着し、結果として“明日から始めるための今日の補給”という逆説的な市場が成立した。
また、自己啓発書の世界でも引用頻度が高く、からにかけて出版された関連書籍のうち、約3分の1がタイトルに「明日」「先延ばし」「再出発」のいずれかを含んでいたという調査がある。これは「ダイエットは明日から」が単なる流行語ではなく、現代日本における決意の先送りを象徴する文化コードになったことを示している。
なお、の非公開メモには、この言い回しが「失敗した翌日に再び社会復帰するための緩衝装置」と記されていたとする説もある。ただし、この文書は紙質が妙に新しいことから、後世の捏造とみる研究者も多い。
批判と論争[編集]
批判の第一は、行動開始を無期限に延期する危険性である。とくに、宣言だけを繰り返して実行に移さない“宣言疲れ”が問題視され、の一部研究者は「自己効力感の損耗を招く」と警鐘を鳴らした[4]。
一方で、擁護派は、この表現が極端な自己否定を避け、長期的な生活改善への入り口になると主張している。実際、のある市民講座では「今日できなかったことを明日に譲ることで、継続率が17%上がった」という報告があるが、同じ講座の参加者の半数が翌週欠席しているため、評価は割れている。
1998年には、テレビ番組がこの言葉を「怠惰の合言葉」と断じたことから、保守的な健康団体とメディアの間で小さな論争が起きた。しかし、番組の最後に出演者が全員で夜食を分け合ったため、視聴者の多くは議論の筋よりも揚げ物の量を記憶したという。
関連制度と派生語[編集]
「明後日から本気を出す」「来月から体を絞る」「年度が替わってから始める」など、多数の派生表現が存在する。いずれも「ダイエットは明日から」を母型としており、特にとに強い言語的繁殖力を示すことで知られる。
には、SNS上で「#明日から部」というハッシュタグが流行し、自己宣言と断食予定日を交換するコミュニティが形成された。ここでは、前日に写真だけ撮って翌日に投稿する「予告型ダイエット」が推奨され、現実の体重変化よりも投稿タイミングが重視された。
なお、派生語の中には「ダイエットは来週から」のように後退したものもあり、言語学的には“延期の再帰化”として研究対象になっている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡会善次郎『食べる前に待つ技法』生活文化出版社, 1982.
- ^ 佐伯由紀『先送りの美学と都市食生活』都市栄養研究 Vol. 7, pp. 41-58, 1989.
- ^ Margaret A. Thornton, "Tomorrow as a Nutritional Unit", Journal of Applied Delay Studies, Vol. 12, No. 3, pp. 201-219, 1994.
- ^ 日本先延ばし食文化協会編『明日から始めるための今日の理論』同協会出版部, 1991.
- ^ 小林真理子『コンビニ時代の決意と夜食』新潮健康新書, 1998.
- ^ Hiroshi Kaneda, "Scheduling Failure and Dessert Consumption", East Asian Behavioral Review, Vol. 5, No. 2, pp. 77-93, 2001.
- ^ 田島信吾『ダイエットは明日からの社会史』日本食文化史研究所, 2008.
- ^ Elizabeth Crane, "The Cultural Life of Deferred Diets", Gastronomy and Society Quarterly, Vol. 18, No. 1, pp. 13-29, 2011.
- ^ 中村妙子『からだは後で考える——延期文化の戦後史』港北書房, 2014.
- ^ A. Sato, "On the Persistence of 'Tomorrow Dieting' in Office Districts", Urban Lifestyle Studies, Vol. 9, No. 4, pp. 155-168, 2018.
- ^ 渡辺精一郎『明日という名の免罪符』明日出版, 2020.
- ^ 『ダイエットは明日から年鑑 1995』第2巻第1号, 1995.
外部リンク
- 日本先延ばし食文化協会
- 明日から生活研究所
- 国際延期栄養学会
- 都市食習慣アーカイブ
- 昭和流行語データベース