チキンレモンペッパーロースト
| 名称 | チキンレモンペッパーロースト |
|---|---|
| 別名 | レモン胡椒焼き、港町ロースト |
| 起源 | 1920年代の横浜港周辺 |
| 発案者 | 斎藤ミツ、J. H. Caldwell ほか |
| 主材料 | 鶏肉、レモン、黒胡椒、粗塩 |
| 提供温度 | 62〜68℃ |
| 代表的付け合わせ | 焼きじゃがいも、蒸し玉ねぎ、麦芽酢 |
| 関連機関 | 横浜港食文化研究会 |
チキンレモンペッパーローストは、鶏肉にとを主体とする下味を施し、香気を閉じ込めるために低温で長時間焼成する調理法、またはその料理である[1]。末期のの港湾食文化から成立したとされ、現在では家庭料理との双方で広く知られている[2]。
概要[編集]
チキンレモンペッパーローストは、の表面を果汁と皮、、で短時間マリネし、表面の水分を飛ばしたのち、香気を落とさないよう低温で焼き上げる料理である。一般には単なる味付け焼きと混同されることがあるが、料理史研究では、皮下脂肪の融解速度を管理する「半封鎖焼成」の一種に分類されている[1]。
この料理は、の外国人居留地周辺で、13年から15年にかけて広まったとされる。当時、港湾倉庫の温湿度差によって鶏肉の保存に課題があり、の食料検査補助員であった斎藤ミツが、レモンの酸と胡椒の揮発成分を用いて臭気を抑える方法を考案したという説が有力である[2]。
一方で、に英国商館の料理長J. H. Caldwellが、鶏の丸焼きにレモンの搾汁をかけるだけの簡便法を持ち込み、斎藤の方式と融合して現在の形になったともされる。もっとも、初期の献立表には「L.P. Roast」としか記されておらず、略称の読みが定着するまでに初期のがかなり強引な命名を行ったとの指摘がある[要出典]。
歴史[編集]
港湾料理としての成立[編集]
1920年代のでは、からにかけて、異国料理を模した“港湾向け簡易食”が多数生まれていた。チキンレモンペッパーローストもその一つで、当初は缶詰の鶏肉を再加熱し、レモン皮を削って胡椒を多めに振るだけの非常食であったとされる。
の『港の味覚誌』によれば、1924年夏に倉庫街で冷房のないまま鶏肉を扱うため、厨房が「酸と香りで誤魔化す」手法を競い合った結果、最も評判が良かったのがこの料理であったという。なお、同誌の付録には「一羽あたりレモン2.3個、胡椒8.1グラム」という妙に細かい配合が掲載されている[3]。
大衆化と冷凍技術[編集]
30年代に入ると、の普及活動とともに、家庭用オーブン向けの簡略化レシピが普及した。ここで重要だったのは、焼成前に鶏の皮を紙で軽く拭く「乾燥前処理」であり、これによって家庭でも港湾料理特有の香りの立ち方が再現できると宣伝された。
にはの主婦団体が、月刊誌『台所の科学』上で「レモンは味ではなく音を消す」と説明し、火入れ時の脂はじけ音を抑える効果まであると報じた。科学的にはかなり怪しいが、当時の読者投稿欄では「子どもが胡椒を嫌がらなくなった」との便りが相次ぎ、結果として学校給食風に丸めた小型版も登場した[4]。
外食チェーン化と定義の揺れ[編集]
後半、のファミリーレストラン業界がこの料理を「レモンペッパー・ローストチキン」として再商品化したことで、名称の順序が地域ごとに分裂した。東日本では“チキン”を先頭に置く傾向が強く、西日本では調味名を先に置く傾向があるとされるが、実際にはのメニュー改訂会議で、印刷面積の都合から偶然そうなっただけともいわれる。
さらににはの外食表示指導室が、レモン果汁の使用量が肉重量の1.5%以上でないと“レモン”を名乗るには不十分ではないかと内々に指摘した。しかし業界団体は「酸味の存在感こそが本質である」と反論し、以後、レモンの果汁量よりも皮脂香の立ち方を重視する解釈が標準となった。
調理法と特徴[編集]
この料理の特徴は、調味の中心が液体ではなく、皮の精油との粒径管理にある点である。熟練した調理者は、胡椒を粗挽き0.8ミリ、1.2ミリ、2.0ミリの三段階に分け、焼成の前半・中盤・仕上げで振り分けるとされる[5]。
焼成温度はからが推奨され、これは脂の融点と皮目の収縮を両立させるためであるという。もっとも、家庭ではしばしばのオーブンで一気に焼かれ、その場合でも「港町らしい荒さ」として肯定的に解釈されることが多い。
また、付け合わせとしてやが定番化しているが、これは初期の輸送現場で手に入りやすかった野菜を流用した名残である。とくに蒸し玉ねぎは、切断時に発する涙の刺激をレモンの酸味で相殺するという、半ば儀式的な意味があるとされる。
社会的影響[編集]
チキンレモンペッパーローストは、港町の雑多な食文化を象徴する料理として、の観光パンフレットにしばしば掲載されてきた。1980年代には、修学旅行生向けの「港の三大味覚」の一つに数えられ、の小店からの洋食店まで、店ごとに“本物”を名乗る現象が起きた[6]。
この結果、レシピの標準化をめぐって論争が起こり、の公開討論では「レモンを揉み込むべきか」「焼いた後にかけるべきか」で2時間以上も発言が続いたという。結局、2011年に『港湾ロースト基準試案』がまとめられたが、現場では「家庭の数だけ正解がある」として半ば無視されている。
なお、チェーンがこの料理名を“爽やかで上品な焼き物”として採用したことで、若年層の間では「味が強いのに健康的に見える料理」の代表格となった。カロリー表示が同じより心理的に軽く見えるため、メニュー設計の現場では「レモンは罪悪感を薄める香料」と呼ばれている。
批判と論争[編集]
もっとも、チキンレモンペッパーローストには批判も少なくない。第一に、との香りが強いため、鶏そのものの風味を覆い隠しているとの意見がある。また、起源説については、当時の資料が倉庫台帳と献立メモに偏っており、料理名が後世の観光振興によって整えられた可能性が高いとする研究もある[7]。
第二に、40年代の料理雑誌が「ビタミンCが鶏肉を若返らせる」と記したことで、家庭向け健康法として過大評価された点が批判されている。実際にはその記述を裏付ける化学分析は見つかっていないが、雑誌の読者相談欄には「夫が妙に機嫌よく食べる」といった感想が多数寄せられたため、完全には否定されていない。
第三に、以降の冷凍食品版では、レモン香料と胡椒エキスの比率が工場ごとに異なり、同じ商品名でも味が大きく違うことが問題視された。とりわけ、ある大手食品会社の試作品は胡椒が効きすぎて“港町の防犯ベル”と揶揄され、開発担当者が社内報で弁明文を掲載したという。
派生料理[編集]
地域派生[編集]
の一部では、レモンの代わりにを使う「チキンユズペッパーロースト」が派生した。これは冬場の輸送事情に合わせた代替策であり、果汁よりも香りの皮を重視する点で本家と共通している。
またでは、焼成後に胡椒を追加せず、仕上げにの蜂蜜漬けを添える方式が広まった。地元の料理人は「酸味ではなく、余韻を食べる料理」であると説明している。
業務用の変形[編集]
業務用厨房では、骨付きもも肉ではなくを用いた“チキンレモンペッパーロースト・ライト”が導入された。脂質を抑えられる一方、乾燥しやすいため、実際にはにを0.6%混ぜる保湿処理が必須である。
一部のホテルでは、香りの立ち上がりを強調するため、客前での皮を削る演出が行われた。これは1978年にのリゾートホテルが始めたとされるが、当初は単なる節電対策で厨房の作業時間を客に見せていたにすぎない。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 斎藤ミツ『港の味覚と酸味技法』横浜食文化研究所, 1931年.
- ^ J. H. Caldwell, “On Citrus-Based Roast Stabilization,” The Yokohama Culinary Review, Vol. 4, No. 2, 1929, pp. 11-27.
- ^ 横浜港食文化研究会『港の味覚誌 第3号』港湾出版部, 1930年.
- ^ 田中澄子『台所の科学と家庭オーブン』婦人生活社, 1963年.
- ^ Harold W. Bennett, “Pepper Granularity in Poultry Roasting,” Journal of Domestic Gastronomy, Vol. 12, No. 7, 1971, pp. 201-219.
- ^ 『外食表示指導室内報 レモン基準検討録』農林水産省外食表示指導室, 1994年.
- ^ 中村由里子『横浜港と洋食の境界線』神奈川新聞社出版局, 2008年.
- ^ Margaret E. Harlow, “The Emotional Lightness of Citrus in Meat Dishes,” Culinary Anthropology Quarterly, Vol. 19, No. 1, 2012, pp. 44-66.
- ^ 『港湾ロースト基準試案』日本食生活学会編, 2011年.
- ^ 小野寺健一『レモン皮脂香の研究』東京調理大学紀要, 第18巻第4号, 2016年, pp. 55-73.
外部リンク
- 横浜港食文化アーカイブ
- 日本レモン胡椒料理協会
- 港町ロースト研究センター
- 家庭オーブン調理資料館
- 食文化異説データベース