チマンチマチ
| 分類 | 即興唱和・口承芸の慣用語 |
|---|---|
| 主な場 | 公開リハーサル、路上パフォーマンス、研究会 |
| 特徴 | 音節の反復と微小な間(ま)を使った集団同期 |
| 成立とされる時期 | 1970年代後半の舞台実験期 |
| 関連語 | チマン/チマ/チマチ |
| 規範の媒体 | 手描き譜図・口伝・録音メモ |
| 波及先 | 音声研究会、演劇教育、場づくり団体 |
| 論争点 | 文化盗用・出典曖昧性・商業転用の是非 |
(chimanchimachi)は、言葉を重ねてリズムを作る即興的な唱和形式として知られる語である。国内外の民俗サークルや舞台実験の文脈でたびたび言及され、音の「規則性」そのものを遊ぶ文化として整理されてきた[1]。
概要[編集]
は、複数の参加者が同じ音節列を口にしつつ、各人がごく短い間(ま)と強調点だけを変えることで全体の「同期感」を作る即興形式とされる。しばしば「定型がありながら、定型そのものを笑いの種にする」ものとして語られることが多い。
形式上は単純に聞こえるが、実際には参加者の呼吸・姿勢・発声の角度まで含めて調整されると説明される。たとえば、ある運用例では「1回目は胸郭を最大に広げ、2回目は喉を一段だけ下げ、3回目は顎を微回転させる」など、身体操作が細かく記録されていたとされる[2]。なお、その記録の筆者は名乗っていない。
一方で、語の由来そのものは確定していない。語が「チマン」「チマ」「チマチ」に分かれている点から、古い民謡のフレーズを舞台実験者が解体したのではないか、あるいは逆に研究会で生まれた“実験用合言葉”が独り歩きしたのではないか、複数の説が併存している。
語の正体と運用[編集]
は、唱和の“内容”というより“手続き”を指す語として扱われることがある。つまり、一定の音節列を言うかどうかよりも、参加者間のタイミング差を観測し、それを楽しむことが本質とされる。
運用手順は、会の主催者によって「儀礼」として固定される場合が多い。たとえば、内の小規模団体「音の歩道研究会」では、開始前に3分間だけ無言で歩幅を揃え、その後にを9回繰り返すルールが採用されていたとされる。9回の繰り返しは、参加者の帰宅時刻から逆算して「夜の灯りが変わるタイミング」を切り取るためだった、と説明されたという[3]。
また、間(ま)の扱いが細かい。ある手描き譜図では、音節間の差を「0.13秒刻み」とし、最初の2人が0.13秒ずれてから全体が追いつくよう配置するとされる。ただし、この図はコピーが繰り返されるうちに線が太り、後年の記録では「0.131秒」と「0.130秒」が混在していたことが指摘された[4]。このような揺れが、形式の“ゆるさ”を支えているとも評価される。
用語としての周辺には、「チマン」という短い合図、「チマチ」という“笑いどころ”を作る終端語があるとされる。終端語を先に覚えてしまう参加者が増えると、即興のはずが暗記大会になりやすいとして、主催側はあえて終端のタイミングをずらすよう促したとされる。
歴史[編集]
舞台実験としての誕生(架空の前史)[編集]
は、1970年代後半に発展した「声の同期教育」の副産物として生まれたとされる。舞台実験者の一人である(架空の音響設計者)が、当時の劇団資料室で見つけた“台本でも歌でもない走り書き”を「リズムの骨格」と呼び、そこから音節を抽出したのが起点だと説明されたことがある[5]。
ただし、この走り書きの所在は長らく不明であった。後年、の倉庫整理に関わっていたと名乗る人物が「見つけた」と言い出したが、実際には同時期に放送されていた方言番組のテロップが混入していた可能性がある、ともされる。こうした“不確かさ”が、結果としてを「出自より手続きが大事」という方向へ押し広げたと解釈されている。
その後、声の同期教育を支える拠点として周辺の自主研究会が挙げられる。ここでは発声訓練だけでなく、観客と演者が同じタイミングで声を出す“参加型の試行”が議論された。議論の中心に置かれた合言葉が、いつの間にかへ収束した、といわれる[6]。
研究会から社会へ(行政・企業・炎上まで)[編集]
1980年代に入り、は「音声リズムの可視化」を掲げる研究会へ取り込まれた。とくにの付随ワークショップでは、参加者が唱和した音声を簡易スペクトログラムに写し、その“縞の揃い方”を競う形式が人気になったとされる。コンテスト名は「揃え縞 24(にじゅうよん)」で、参加回数が24回に限定されていた[7]。
一方で、社会的な波及には企業も関わった。1991年、の小売チェーン「灯りの館」が、店舗内BGMに同期ラベルを組み合わせる販促を試みたとされる。来店者が一定の声量で唱和すると、レジ横のディスプレイが一拍遅れて“正解表示”を返す仕掛けが用意されたという。結果として、平均滞在時間は前年比で約11.7%伸びたが、クレームも約3.2%増えたと報告された(いずれも社内資料の数字とされる)[8]。
この手の商業転用は、のちに批判へつながった。特定の地域の口承芸を「汎用の癒しコンテンツ」に再編集したことが問題視され、出典を求める声が上がったのである。もっとも、当事者の一部は「そもそもは誰のものでもない手続きだ」と反論したとされる[9]。この反論が“論争を加速させた”と評価する研究者もいる。
また、炎上の象徴として、ある自治体広報に「チマンチマチ体操」と称した啓発記事が出たことが挙げられる。実際には体操は体操ではなく唱和の手順だけが書かれており、しかも誤記で音節が一つ抜けていたとされる。誤記の訂正版が出たのは掲載から13日後で、訂正版には「間(ま)の推奨値」をめぐる注意書きが追加されたという。
批判と論争[編集]
をめぐる批判は大きく三つに分けられる。第一に、出典の曖昧さである。資料室の走り書きや研究会ノートなど、いずれも実物が確認しづらいとされ、後から“それっぽい由来”が付け加えられたのではないか、という指摘がある。
第二に、身体技法の“安全性”が問題になった。即興であるほど無理な発声や姿勢が起こりやすく、喉の痛みを訴える参加者が一定数いたとする報告がある。たとえばのワークショップ参加者への聞き取り調査では、当日の翌日に違和感を訴えた割合が「約7.4%」とされるが、サンプル数や調査方法が十分に公開されていないため、慎重な評価が求められる[10]。
第三に、商業転用の是非が争点となった。癒しやストレス軽減をうたう動画でが“万能の音遊び”として消費され、元の文脈を知らないまま学習されることが懸念された。これに対して擁護側は、形式は変化してよいものであり、参加者が自分の身体と時間を測る「小さな訓練」になっていると述べたとされる。
なお、もっとも笑いを誘った論争として、ある出版社が「家庭でできる入門」という廉価書を出した際、付録の“間の表”が印刷ずれしていた問題がある。結果として誤った間で唱和することになり、読者が一斉に拍をずらしてしまったとネット上で報告された。出版社は「製版上の誤差」と説明したが、誤差の大きさがちょうど“0.13秒の倍数”に一致していたため、偶然を疑う声が出た[11]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『声の同期教育と合言葉の生成』響文堂, 1987.
- ^ 佐藤みなと『口承芸における間(ま)の微分』日本リズム研究所, 1994.
- ^ Margaret A. Thornton『Rhythmic Participation in Urban Folk Practice』Vol.3, University Press of Northbridge, 2001.
- ^ 音声学会編集委員会『第58回音声学会年報:スペクトログラム実演』日本音声学会, 1999.
- ^ 山口啓太『路上パフォーマンスの同期アルゴリズム(誤植版)』灯り舎, 2003.
- ^ 中村葉月『“合言葉”の著作権と共有の境界』第12巻第2号, 民俗法研究会, 2008.
- ^ 清水正人『店内BGMと発声応答の相関:灯りの館の事例』日本商業音環境協会, 1992.
- ^ 伊藤一紗『やけに細かい数字で学ぶ即興唱和』pp.201-219, 霧都書房, 2011.
- ^ Klaus Reinhardt『Timing Games and Human Synchrony』Vol.7, Acta Acoustica, 2010.
- ^ 榊原直子『誤差は偶然か? 0.13秒の倍数が示すもの』第6巻第4号, パフォーマンス監修誌, 2013.
外部リンク
- 音の歩道研究会 公式メモ
- 揃え縞 24 アーカイブ
- 民俗口承データベース“間の集積”
- 音声同期ワークショップ案内所
- 家庭用チマンチマチ譜図(訂正履歴)