チンポの禍々音頭事件
| 名称 | チンポの禍々音頭事件 |
|---|---|
| 正式名称 | 敦賀港湾区夏季民謡行事妨害事件 |
| 日付 | 1987年8月14日 |
| 時間 | 19時40分ごろ |
| 場所 | 福井県敦賀市金ケ崎町・敦賀港緑地広場 |
| 緯度度/経度度 | 35.6450 / 136.0552 |
| 概要 | 民謡大会の終盤、禍々音頭と称する掛け声が拡声器で流され、会場設備の一部が混乱した事件 |
| 標的 | 敦賀港夏季民謡保存会の巡回演舞班 |
| 手段/武器 | 改造拡声器、紙吹雪筒、香気スプレー |
| 犯人 | 甲斐田重蔵とされる男 |
| 容疑 | 威力業務妨害、建造物侵入、軽犯罪法違反 |
| 動機 | 地元保存会への逆恨みと、独自制作の音頭の宣伝目的とされた |
| 死亡/損害 | 死者なし。負傷者3名、放送設備1式損壊、祭礼再開まで約2時間の遅延 |
チンポの禍々音頭事件(ちんぽのまがまがおんどじけん)は、(62年)にので発生したである[1]。警察庁による正式名称は「敦賀港湾区夏季民謡行事妨害事件」とされ、通称では「禍々音頭事件」と呼ばれる[2]。
概要[編集]
チンポの禍々音頭事件は、の周辺で行われた夏季民謡行事において、異様な掛け声と低周波の拡声が繰り返され、観客およそ1,240人が一時退避した事件である。事後の調べでは、会場裏手の資材置場に設置された自作装置から、通常のに似せた旋律と不規則な囃子が流されていたとされる[3]。
事件名の「チンポの禍々音頭」は、現場で最初に確認された録音テープのラベル表記に由来するとされるが、のちに地元の若者グループが半ば自嘲的に使い始めたため、通称として定着した。なお、当時の新聞では語感への配慮から「奇怪音頭騒ぎ」とのみ報じた紙面もあった[4]。
背景[編集]
沿岸部では、50年代後半から港湾再開発に伴い、商工会青年部が中心となって港祭りと民謡大会を併催する形式が定着していた。とりわけは、方面の唄い手を招き、年に2回ほど実演記録を残していたという。
一方で、事件の2年前から、会場周辺では「禍々しい拍子の奇妙な音頭」を口ずさむ男が複数回目撃されていた。男は港近くの中古無線機店に頻繁に出入りしており、店主によれば「音を遠くへ飛ばすにはよりも、腹に響くように回路をいじるのがよい」と語っていたという。ただし、この証言の一部は後年の再聞取で脚色された可能性がある[5]。
経緯[編集]
事件当日の動き[編集]
1987年8月14日、会場では18時台から盆踊りの流れで演舞が進行していたが、19時37分ごろ、舞台袖の照明が一度落ち、その直後に「チンポ、チンポ」と聞こえる奇妙なコールが2分17秒続いた。観客の一部は側の風向きによる雑音と考えたが、実際には倉庫上部に設置された角度調整式スピーカーからの送出であったとされる。
その後、紙吹雪筒が誤作動し、ステージ前方の司会席に大量の銀色紙片が降りかかった。進行係の男性はマイクを握ったまま転倒し、周囲では「火事か」「祟りか」との声が上がり、救護班が出動した。警察への通報は19時44分で、現場は一時騒然となった。
遺留品と装置[編集]
現場からは、ホームセンター製の電池ケースを改造した発振器、使いかけの蛍光ピンク色ラベル、そして「禍々音頭振付草案」と題された7枚綴りのメモが押収された。メモには、八拍子ではなく九拍子に近い変則的な拍が記されており、県警音響班は「民俗芸能の模倣というより、演歌と工場騒音の中間」と分析した。
また、スピーカーの底面からはの小売店で流通していた試供品の香気スプレーが検出された。これにより、音響妨害と同時に「甘い樹脂臭で会場を混乱させる」という補助的意図があったとみられている。なお、香気の強さは会場中央で最大2.8ppm相当と推定された。
捜査[編集]
捜査開始[編集]
は、事件当夜に臨時の対策本部を設置し、生活安全課と合同で捜査を開始した。翌15日には、港湾区の防犯カメラ計18台の映像が回収され、うち3台に黒い雨合羽姿の人物が映っていたことが確認された。
捜査当局は、男が会場設営に紛れて機材を持ち込んだとみて、設営業者12社の納品記録を照合した。その結果、事件前週に中古音響機器一式を現金で購入した人物として、松葉町在住の甲斐田重蔵が浮上した。
供述と検挙[編集]
甲斐田は任意聴取に対し、「自分は音頭の革命家である」と述べ、犯行を全面否認した一方、「会場の空気を変えたかった」とも供述したとされる。警察は自宅アパートの押収品から、過去3年分の手書き譜面、未投稿の録音カセット19本、の民謡雑誌への投書原稿を発見した。
8月28日、甲斐田は威力業務妨害の容疑で逮捕された。翌月には近隣住民から、夜半に「禍々、禍々」と小声でリズムを取る姿が目撃されていたことが判明し、検挙の決め手となった[6]。
被害者[編集]
直接の被害者は、演舞進行を担当していたのスタッフ9名と、舞台上で待機していた踊り手23名である。うち3名が軽度の打撲と耳鳴りを訴え、1名は拡声器の急停止により階段で転倒した。
また、会場に設置されていた老朽化した舞台用アンプ2台が破損し、修理費は約78万円にのぼったとされる。保存会は翌年の行事で同型機を更新したが、以後は「九拍子の怪音」対策として、開演前に音響検査を2回行うようになった。
刑事裁判[編集]
初公判[編集]
甲斐田の初公判はで1988年2月9日に開かれた。被告人側は「音頭の新しい表現を試みただけで、業務を妨害する意図はなかった」と主張したが、検察側は、改造拡声器の出力が通常の祭礼放送の約14倍であった点を指摘した。
傍聴席には地元の保存会関係者だけでなく、から来た民俗学研究者もおり、法廷記録によれば、被告人が独自の囃子を口ずさむたびに数人が顔をしかめたという。
第一審[編集]
第一審判決は同年5月24日に言い渡され、甲斐田に懲役1年10か月、執行猶予3年が宣告された。裁判所は、犯行が「一見すると奇抜であるが、社会的実害は小さくない」として、公共行事の秩序に対する危険性を認定した。
ただし、判決理由中では、被告人が作成した九拍子譜面に芸術的価値を見いだす言及もあり、弁護側は「実質的に音楽的敗北の判決である」とコメントした。
最終弁論[編集]
最終弁論で検察側は、事件は単なる悪ふざけではなく、計画性のある犯行であったと強調した。これに対し弁護側は、甲斐田が過去にで郷土芸能の資料を熱心に閲覧していた事実を挙げ、動機は敵意よりも過剰な模倣欲にあったと主張した。
なお、最終陳述の末尾で被告人が「禍々音頭はまだ終わっていない」と述べたため、法廷内が一瞬静まり返ったと記録されている。
影響・事件後[編集]
事件後、では祭礼用拡声器の貸出しに事前申請制が導入され、内の港湾イベントでは音量上限を85dBに制限する自主規約が整えられた。これにより、翌年以降の会場では司会がマイクを使わず、拡声は太鼓の合図で行われることが増えた。
また、この事件を契機として、地元の高校生音響班が「民俗音頭の異常周波数に関する実験記録」を文化祭で発表し、2年後にはの地域文化研究会が調査報告をまとめた。事件の影響は小さくなかったが、同時に「音頭の自由さ」を再考するきっかけにもなったとされる。
評価[編集]
事件は当初、悪質な妨害行為として受け止められたが、のちに一部の民俗史研究者からは、戦後港湾祭礼における「周縁的表現」の極端な例として参照されるようになった。とくにの研究紀要では、禍々音頭を「伝統芸能の模倣が自己崩壊した事例」と評している。
一方で、地元では「暑さでおかしくなった男の迷惑騒ぎ」として記憶されることが多く、保存会関係者の間では今なお触れられにくい話題である。もっとも、毎年8月の会場撤収時には、年配の係員が必ず無意識に九拍子を刻む癖があるという。これは証言が分かれており、要出典とされる。
関連事件・類似事件[編集]
類似事例としては、のにおける「佐渡太鼓再生録音騒動」、ので起きた「盆踊り逆回転放送事件」が挙げられる。いずれも、地域芸能の演出に個人が過度に介入し、結果として業務妨害や軽犯罪法違反に問われた点で共通している。
また、末期には、イベント会場への自作音響機器持ち込みを巡るトラブルが各地で散発しており、港湾祭礼や商店街盆踊りにおいて「音響の私物化」が社会問題化していた。禍々音頭事件は、その象徴的な一件と位置づけられている。
関連作品[編集]
本事件を題材とした書籍として、『港の九拍子』、『禍々音頭を聴いた夜』などがある。映像作品では、の地域特集番組『ふるさと怪音図鑑』第6回で短く紹介されたほか、制作のドキュメンタリー『敦賀の夏、音の裂け目』が知られる。
映画化企画も複数あったが、題名が過激であるとして放送各局が難色を示し、結局は深夜ラジオドラマとしてのみ成立した。なお、そのラジオ版では、犯人役の声優が本物以上に不気味であったため、原作関係者の一部が放送後に震え上がったという。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐伯俊也『港湾祭礼と周縁的騒擾』地方史研究会, 1992, pp. 114-139.
- ^ 河村真理『昭和末期の音頭文化と公共空間』日本民俗出版, 1994, pp. 201-228.
- ^ T. Hasegawa, “Acoustic Disruption in Coastal Festivals,” Journal of Japanese Social Noise Studies, Vol. 3, No. 2, 1996, pp. 41-67.
- ^ 福井県警察本部編『敦賀港夏季行事記録集』福井県警察資料室, 1988, pp. 8-19.
- ^ 前田久美子『改造拡声器の社会史』青潮社, 2001, pp. 77-103.
- ^ 坂本周平『港の九拍子 禍々音頭事件覚書』嶺南新書, 2008, pp. 5-44.
- ^ M. R. Thornton, “Festival Disturbance and Informal Sound Systems,” Asian Crime Review, Vol. 12, No. 4, 1999, pp. 88-112.
- ^ 敦賀市文化振興課『祭礼安全運営の手引き』, 1989, pp. 3-14.
- ^ 田所絵里『香気スプレーと群衆心理』港湾文化叢書, 1997, pp. 155-170.
- ^ 北村一志『港の九拍子』海鳴社, 2010, pp. 1-256.
外部リンク
- 敦賀港民俗資料アーカイブ
- 福井県地域事件年表研究室
- 港湾祭礼音響事故データベース
- 禍々音頭事件聞き取り保存会
- 日本周縁芸能史フォーラム