テルシオ
| 分野 | 測図学・航海術・記号体系 |
|---|---|
| 初出 | 17世紀前半に「テルシオ」の名で集計されたとされる |
| 関連用語 | 緯差表・方位校正・光度換算 |
| 主な利用地域 | 沿岸部と対岸商館網 |
| 目的 | 距離と方位の“揺れ”を区分ごとに補正すること |
| 特徴 | 3段階の補正係数(テル・シオ)を併記する運用 |
| 影響 | 航海日誌の書式統一と、測量機器の改良を促したとされる |
テルシオ(てるしお、英: Terçio)は、主にとの文脈で用いられたとされる「区分測図法」の呼称である。16世紀末の欧州で整理されたとされるが、その起源はそれ以前の研究に求められるとされる[1]。
概要[編集]
テルシオは、海図・航海日誌において「位置の見込み」を一括で扱うのではなく、観測条件を3つに分けて補正するための区分測図法として語られることが多い概念である。とくに港湾から外洋へ出る直前に記された「港灯(ほうとう)条件」「薄霞条件」「遠方反射条件」を同一の尺度で並べる運用が、のちに体系化されたとされる[1]。
一般には、測量結果の誤差を“丸める”のではなく、“誤差の性格を分類する”ことで説明可能にした点が強調される。また、テルシオという語が単一の術式名というより、帳簿・海図・記号体系のセットとして扱われたことが指摘される[2]。なお、編集史では後年の再分類が重なっており、同名の文献でも手続きの粒度が異なる場合があったとされる。
この概念の社会的な面白さは、測図が学術の領域に閉じず、当時の海運経営に組み込まれた点にある。たとえばの商館監査では、航海士が日誌でテルシオを使った回数を“罰金の回避条件”として扱った時期があったとされる[3]。結果として、テルシオは「正確さ」の道具というより「監査に耐える説明」の道具として普及したという見解も存在する。
歴史[編集]
起源:大気光学の“余り”が測図に化けた時代[編集]
テルシオの起源は、測量の古典である三角測量そのものではなく、の“余り(あまり)”に由来するとされる説がある。16世紀初頭、の物理学講座では、海面上の光の乱反射を「観測誤差」ではなく「分類可能な現象」として扱う実験が行われたとされる[4]。
その実験では、観測者が目を細めた回数と、太陽高度の変化率(当時の記録では「1分あたりの高度の落ち込み」)を対応付ける試みがなされ、最終的に補正係数が“3つの箱”に収束したとされる。のちにこの3つの箱が「テル」「シオ」「残差」として帳簿に移植され、測図へと流れ込んだという物語が形成された[4]。なお、実験ノートの端に「テル・シオ」という比喩が書かれていたのが語源だとする指摘もあるが、文献学的には判定が揺れている[5]。
一方で、別系統の説では、沿岸の灯台運用に関わる管理官が、視認条件を三分類するために記号を整えたことが端緒だとされる。ここでは、灯台が掲げる回転周期を秒ではなく「歩数」で書かせたため、測量計算に不向きな情報が蓄積し、それを“テルシオ”で翻訳したという説明が採られている[6]。
普及:商館監査が“テルシオを義務化”した瞬間[編集]
テルシオが広く知られるようになったのは、海図そのものの技術革新というより、海運経営の統制が強まった時期と結び付けて説明されることが多い。とくにの対外商館を中心に、航海日誌の提出様式が統一され、補正の考え方を第三者が追跡できるようにする方針が進んだとされる[7]。
その標準書式案を起草した人物として、商館付の実務官である(Martín de Velarde)が挙げられることが多い。彼は航海士に対し「テルシオの記入がない航海は、港に戻った理由を“海図以外の要因”として扱う」と通告したとされる[8]。この運用により、航海士は天候や反射を“言い逃れ”ではなく、“テルシオの枠”として書かねばならなくなった。
細かい数字としては、監査規程の改訂版に「四ヶ月あたり少なくともテルシオ記入を12回行え」「欠落が3回を超える場合、調整手数料として銀貨2デニエが差し引かれる」といった条文があったとされる[9]。もっとも、条文の写しが複数系統で食い違うことから、実際に適用された頻度については“過剰な盛り”があるとも指摘されている[10]。それでも制度として語り継がれたことで、テルシオは「書類の精度」の象徴として定着していった。
技術と運用[編集]
テルシオの運用は、観測結果に“3段階の係数”を付与する手続きとして説明されることが多い。最初の係数は「テル(Tel)」として、視認距離が短い場合の補正を担う。次の係数は「シオ(Ciȯ)」として、薄い霞が広がる場合の方位ブレを補う。最後の係数は残差であり、説明不能な揺れを帳簿の欄で吸収するために用いられたとされる[11]。
海図の描き方としては、同じ緯度帯でも“テルシオ帯”ごとに海岸線の太さが変えるのが流儀だったとされる。たとえば沖の特定海域では、テル係数が高い日だけ線幅を0.5ロエル(当時の筆記用単位)太くする慣行があったという記録が残っている[12]。こうした見た目の差が、航海士の経験を第三者へ伝える役割を果たしたと考えられている。
また、テルシオは器具にも波及したとされる。時計職人が、光度の変化を“読み取りやすい”形で表示するために目盛を三分割し、結果として航海用の簡易測角器が改良されたとされる[13]。ただし一方で、係数を三分類するだけでは説明しきれない極端現象もあり、テルシオ帯の境界に位置する地点では「どの箱に入れるべきか」で議論が起こったとされる[14]。
社会的影響[編集]
テルシオは、科学的な知見の普及に留まらず、当時の官僚的な管理へ接続した点で社会的影響が大きいとされる。特に航海日誌が監査対象になると、測図は“航海の言い訳”になり得るため、テルシオの枠が整備されるほど、文書が政治的な武器として使われたという見解もある[15]。
たとえば税務局の保管文書では、同じ航路でもテルシオ記入の比率が違う船があり、その差が保険料の算定に反映されたとされる[16]。ここでは、係数の高さ=“危険度の自己申告”として扱われる運用が発生した。さらに、海運会社は航海士の訓練にテルシオの書式演習を組み込み、口頭試験ではなく「日誌を見せて説明せよ」という形式が採られたとされる[17]。
結果として、テルシオは測量精度を上げたというより、測量結果の“説明可能性”を上げたとも評される。また、科学者側から見れば統一規格の導入は歓迎される一方で、経営側が求めたのが厳密さではなく“整った説明”であったため、研究者の信頼性評価が別軸で動いたという批判も後年に残った。
批判と論争[編集]
テルシオには、合理的な枠組みを提供する一方で、分類が人為的になることへの批判がある。特に、境界条件が曖昧な場合に“都合の良い箱”へ入れられる危険性が指摘されたとされる[18]。たとえば薄霞条件と遠方反射条件の区別が揺れる海域では、同じ観測値が別帳簿では別係数になる事例が報告されたという。
また、編集史上の問題として、テルシオの三分類が後世の整理で統合されすぎた可能性があるとの指摘もある。ある写本では、テル係数が四段階に分かれていたとされるが、のちの版で三段階へ圧縮されたとも推定されている[19]。この修正は、計算量を減らした経緯として説明されるが、同時に研究上の情報が失われたとされる。
一方で、最も有名な論争は、テルシオ記入が“保険の免責”と結び付けられた時期があった点である。船が座礁した際、日誌のテルシオ比率が所定の範囲に収まっていれば免責が成立する、という運用が広まったとされる[20]。これに対して批判派は「事故は分類で救われない」と主張し、保険派は「分類で予測が改善される」と反論したとされる。ただし、この論争の一次資料は残存しておらず、後世の再構成が混ざっている可能性があるとされる[2]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ カロリーナ・ベッリーニ「テルシオ記号体系の形成過程」『海図史研究』第12巻第1号, pp.11-38, 1987.
- ^ ルーカス・ハモンド「On the Three-Coefficient Correction in Early Navigation」『Journal of Maritime Measurement』Vol.7 No.3, pp.201-234, 1992.
- ^ 渡辺 精一郎「近世航海書式の統制と測図」『日本航海技術史叢書』第4巻, pp.77-104, 2001.
- ^ マルティン・デ・ベラルデ「商館監査に耐える日誌の書式案」『商館実務便覧』第2版, pp.1-56, 1609.
- ^ E. R. ドラモンド「Atmospheric Glare and the Origin of Tercio」『Annals of Atmospheric Studies』Vol.19, pp.55-89, 1906.
- ^ ソフィア・アルカラ「海岸線の線幅運用とテルシオ帯」『地図学紀要』第33号, pp.141-162, 2014.
- ^ J. H. ロドリゲス「Lisbon Lantern Conditions and Error Taxonomies」『Portuguese Coastal Archives』Vol.2, pp.9-45, 1978.
- ^ A. N. キム「書類精度としての測図:制度史の視点」『行政史ジャーナル』第58巻第2号, pp.301-329, 2019.
- ^ M. ティボー「写本の再編と分類の圧縮:テル係数の四段階問題」『古写本航海学論集』第1巻第4号, pp.88-119, 2007.
- ^ ルイージ・ファルコ「보험免責とテルシオ:事故を“言語化”する技法」『Risk & Navigation Review』Vol.5 No.1, pp.33-70, 1999.
外部リンク
- テルシオ写本デジタルアーカイブ
- 海図記号学ラボ
- 商館監査史の館
- 航海日誌フォーマット研究会
- 大気光学史の資料庫