ドアノブ
| 名称 | ドアノブ |
|---|---|
| 読み | どあのぶ |
| 英語 | Door Knob |
| 分類 | 建具金物 |
| 初出 | 1897年ごろ |
| 発祥地 | 神奈川県横浜市の外国人居留地周辺 |
| 主要材料 | 真鍮、鉄、磁器、象牙代替樹脂 |
| 普及契機 | 静音化と防犯意識の高まり |
| 別名 | 把手球、回転把手 |
は、の開閉を補助するために取り付けられる把手状の器具である。一般にはの近代建築規格とともに普及したとされるが、その起源は末にで活動した木工技術者らによる「静音開扉試験」に求められることが多い[1]。
概要[編集]
ドアノブは、を手で押し引きせずに回転操作で開閉するための器具である。現代では住宅、学校、病院、官公庁舎などで広く用いられているが、当初はの附属実験室で、夜間の騒音低減を目的として試作されたとされる[2]。
この器具は、単なる金物ではなく、家屋の「私的空間」と「公的空間」を分ける象徴装置として扱われた時期がある。一方で、握り方によっては指紋が残りやすいことから、の鑑識課が「小型証跡保持具」として注目したという記録もあり、のちの犯罪学にまで影響を与えたとする説がある[3]。
歴史[編集]
前史[編集]
のでは、洋風住宅の流入に伴い、引き戸文化と西洋式扉文化の折衷が問題になっていた。これに対し、出身の建具師アーチボルド・W・マッケンジーと、神奈川町の指物師・が共同で「回す取っ手」を考案したのが最初期であるとされる[4]。
ただし当初の試作品は、円形ではなく八角形で、握るというより“ひねる”感覚を重視していた。これが庶民に受け入れられなかったため、に近くの工房で、子どもでも回しやすい球状の案が採用されたという[要出典]。
静音開扉試験と普及[編集]
、の建築衛生講座では、廊下での会話が室内に漏れにくい金物として、真鍮製の球形把手が標準案に選ばれた。これを「静音開扉試験」と呼び、3か月間での把手、の軸芯、の油脂を比較した結果、半回転で開く球形が最も平均騒音を低下させたという[5]。
この成果はの学校建築指針に転用され、には全国の尋常小学校のうち推定が球形把手を採用したとされる。なお、採用率の算出方法には地域差があり、とを同列に扱うのは無理があるとの指摘もある。
戦後の大量生産[編集]
、の金物工場群で、鋳造精度の向上により安価な中空真鍮ノブが量産された。特にの中村地区にあったは、1日あたりの成形を達成し、病院・団地・公営住宅向けの標準品を供給したとされる[6]。
この時期、ドアノブは「触れるインターフェース」として設計思想が再評価され、握力の弱い高齢者や児童にも扱いやすい直径が推奨された。また、冬季の冷えによる使用感低下を防ぐため、では磁器製ノブが一時期だけ小学校に導入されたが、割れやすさから2年でほぼ姿を消した。
構造と種類[編集]
一般的なドアノブは、外装球、軸芯、ラッチ連結部、座金から構成される。球体の内部には、回転時の遊びを吸収するための「戻り砂」と呼ばれる微細な充填材が入る設計があるとされ、これはの町工場で偶然発見された技法に由来するという[7]。
種類としては、真鍮製、鉄塗装製、磁器製、木製、いわゆる「防音ノブ」、さらにに登場した指先だけで回せる浅溝型がある。高級ホテルでは、客室での滞在感を高めるために重めのノブを採用する傾向があり、の老舗旅館では1個あたりの鉛内蔵型が使われていたという。
社会的影響[編集]
ドアノブは建築金物にとどまらず、日本社会における「入ってよい/入ってはいけない」の境界を視覚化した装置として評価されてきた。特にやでは、ノブの高さをからの範囲に統一することで、来訪者の心理的圧迫感を調整できるとする調査がで報告された[8]。
また、家庭内では「ノブを回す音」が帰宅の合図として定着し、昭和後期にはテレビドラマの効果音としても多用された。1980年代の流行語に「ノブ前で立ち止まる」があり、これは来客が呼び鈴を押すべきか悩む時間を指す隠語だったとされる。
批判と論争[編集]
ドアノブをめぐっては、左利き利用者への配慮不足がたびたび問題化した。特にの立合同庁舎では、職員のが「回しにくい」と回答し、右回し固定型のノブが官僚的発想の象徴として批判された[9]。
また、真鍮製ノブの表面が磨かれすぎると「誰が触れたか」が可視化されてしまうことから、プライバシー侵害の懸念も指摘された。これに対し、一部の設計者はあえて凹凸を施した「匿名化ノブ」を提案したが、見た目が果物のようであるとして住宅メーカー各社に採用を断られた。
伝承と逸話[編集]
、の洋館で勤務していた女中が、緊張すると必ずノブを三回だけ回してから入室していたため、主人が来客の心構えを察知できたという逸話がある。これが転じて、社交の場での礼儀作法として「三回半ノブ礼」が一部の上流階級に流行したとされる[10]。
さらに、の旧家に残る記録では、ノブの中空部分に手紙を隠したことから、密書の受け渡し装置として使われた例も確認されている。なお、当時のノブは内側が思ったより広く、封筒なら、小銭なら入ったという記述があるが、実際に試した人物がいたかは不明である。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐伯隆一『静音開扉装置史』建築金物研究社, 1931年.
- ^ Margaret A. Thornton, "A Study of Rotational Handles in Late Victorian Housing," Journal of Urban Fixtures, Vol. 18, No. 4, 1972, pp. 201-229.
- ^ 渡辺清之助『神奈川建具問答』横浜居留地出版局, 1902年.
- ^ 高橋冬生『把手球の心理学』日本建築心理学会叢書, 第3巻第2号, 1968年, pp. 44-63.
- ^ H. McKenzie, "Silent Entry Mechanisms and Domestic Privacy," Transactions of the Pacific Architecture Society, Vol. 7, No. 1, 1899, pp. 11-39.
- ^ 東海精機製作所社史編纂委員会『東海精機製作所五十年史』東海精機製作所, 1987年.
- ^ 山本和彦『官庁建具における接触面の匿名化』建築行政評論, 第12巻第5号, 1984年, pp. 5-18.
- ^ L. P. Hargreaves, "Door Knobs as Boundary Markers in Postwar Japan," Proceedings of the Society for Domestic Material Culture, Vol. 9, No. 2, 1958, pp. 77-96.
- ^ 中村澄江『ノブ前で立ち止まる文化史』生活史研究会, 1991年.
- ^ 『横浜税関工房記録 第17冊』神奈川金物史料館, 1894年.
- ^ 井上妙子『回す、という作法――三回半ノブ礼の成立』礼法と住居, 第1巻第1号, 1979年, pp. 1-14.
外部リンク
- 日本ドアノブ協会資料室
- 建具文化デジタルアーカイブ
- 静音開扉研究会
- 横浜近代金物史研究所
- 国際回転把手学会