ドラゴンボール
| 種別 | 超常具(儀礼装置とされる) |
|---|---|
| 構成 | 球体状の部品群(合計7基とされる) |
| 主な用途 | 願いの代行(招来儀礼) |
| 成立地域 | 旧・山陰地方を含むとされる |
| 関連施設 | 風葬山の共同墓地・観測台 |
| 最初期記録 | 18世紀後半の写本『龍珠綴り』断片 |
| 研究分野 | 民俗学・宗教学・メディア史 |
| 現代の位置づけ | 大衆娯楽としての再編が進んだとされる |
(どらごんぼーる)は、東アジアの民間伝承を起源とする「願いの連結体」とされる架空の超常具である。願いが成就する条件や手順は複数の系統に分かれ、文化史的には“娯楽化された儀礼装置”として説明されることが多い[1]。
概要[編集]
は、古い伝承において“星の回転周期”を模したとされる球体群であり、特定の順序で集めると「代行者」が顕現し願いが叶えられるとされる。願いは無制限ではなく、代行者が提示する「対価表」に従って制限されることが多い。
成立経緯は、山岳共同体が雨乞いの儀礼を標準化するために、石刻や暦算と組み合わせた装置論へ発展したことにあると説明されている。ただし、その“標準化”は後世の翻案により娯楽的な物語へ転化されたとされ、現在語られる筋立ての多くは、実際の儀礼手順をなぞったものではないとされる[2]。
なお、研究者の間ではを「願いの連結体」として捉える立場と、「音響反応を利用した観測装置」として捉える立場に分かれる。前者は民俗学的、後者は工学史的な解釈に強く依拠しているとされ、両者は必ずしも整合せず、一方で“両方正しいように見える”という理由で折衷説も根強い[3]。
概要(選定基準と系統)[編集]
本項で扱うは、伝承記録に現れる「7つの球」系統に限定される。写本や口承で数が変動する例もあるが、7つが“暦法の単位”と結びついたとする説明が最も引用されやすい。
また、球体の素材は、金属・石・土器・木炭の混合まで多様であるとされる。もっともらしさの高い資料では、各球の表面が微細な溝を持ち、指で撫でると音程が変わると記されるが、これについては後世の編集が加筆した可能性が指摘されている[4]。
系統の分岐は、願いの“成就タイミング”に現れる。日没前に代行者が現れる系統、日付が変わる瞬間にしか現れない系統、そして「代行者は最初に嘘を見抜く」とする系統に大別される。とりわけ後者の系統は、江戸期末の町方倫理と結びついたとする説が多いが、異説としては“編集者が落語のオチ構造を流用した”という見方も存在する[5]。
歴史[編集]
起源:願いを数にするための暦算装置[編集]
起源としてしばしば挙げられるのは、旧の沿岸部で雨量の偏りが続いたとき、共同体が「星の回転を数で管理する」ために始めたとされる暦算実験である。伝承では、村の記録係・暦算担当であったが、夜空の観測結果を“触れる形”へ変換する必要に迫られたとされる。
この変換の試作品が、陶工集団により「球を7つに割り、回転周期を溝で表現した」ものとして語られる。球が“願い”と結びついた理由は、当初は雨乞いの合図に過ぎなかったものが、次第に「観測が当たること」=「願いが叶うこと」と誤って同一視されたためだと説明される[6]。
ただし、同時代の行政文書には、これらの球が“呪具”ではなく“測時補助具”として扱われた痕跡があるとされる。ここには後世の編集が混入している可能性が指摘される一方で、当時の役所が儀礼と暦算を同じ棚に保管していた、という具体的な倉庫記録の写しが紹介されることもある[7]。
発展:観測台から娯楽の台本へ(編集と資金)[編集]
18世紀後半、京都の写本家が、観測台の手順を読み物化したとされる『』断片が登場する。断片には「7球を並べ、東の窓から息を3回吐き、最後に金色の球だけは見ない」といった、やけに細かい手順が記されているとされるが、この“矛盾”こそが娯楽への転化を加速した、と論じられることがある。
この転化には、遠藤の同業者が関わり、町場で流行する掛け合いの形式を取り入れたとされる。とりわけ「代行者の台詞は観測結果の言い換えである」という注釈が、後世の物語化で都合よく削られたため、現在の読者は“呪い”や“超能力”のように受け取ってしまうとされる[8]。
さらに明治期には、系の通信記録が“球の配置が合図になる”という読み替えを促し、球体が全国ネットワーク上で再解釈される流れが生まれた。もっとも、そのネットワークが具体的に何を指すのかは文献ごとに異なるが、ある調査報告では「手紙の遅配率が年間約12.7%減った年に改訂が行われた」とされ、数値の精度の高さが逆に疑わしいとされる[9]。
現代:大衆娯楽としての“願いの価格表”[編集]
近代以降、は「願いに対する対価表」を中心に再編集され、大衆娯楽へ落とし込まれたと考えられている。対価表は「寿命」「記憶」「失ったものの相当量」といった抽象項目で構成され、理屈としては合理的である一方、物語としては説得力が出るという理由で人気を博したとされる。
この再編集では、編集者が“視聴者の焦りを増幅する間”を設計したとされる。具体的には、代行者が顕現するまでの待ち時間を「平均で19分40秒±2分」とする想定が置かれたと記録されている。ただし、当時の計測技術では誤差が大きく、編集部内の試算がそのまま採用された可能性もあるとされる[10]。
また、社会への影響としては、願いの手続きが“交渉ゲーム化”した点が挙げられる。人々は球を集める過程で、運・対人関係・行動選択の重要性を学んだとされ、これは消費行動や自己啓発の言説にも波及したと報告される。一方で「対価表が現実の格差を美化する」という批判もあり、の審議資料に“寓意の読み替え”が指摘されたことがあるとされる[11]。
批判と論争[編集]
論争の中心は、が“願いを叶える装置”であるか、“観測の結果を語り直す装置”であるか、という点にある。前者の解釈は、球を集めた者の努力が報われる構造に焦点を当てるが、後者の解釈は、努力の結果が最初から物語上の規則に組み込まれていると主張する。
また、起源説の多くが同じ地方史料に依存しているため、研究の偏りがあるとの批判もある。特にに集中する“雨乞い装置”の話は、他地域の記録の欠落を埋める形で補完されたのではないか、と疑う意見がある[12]。
さらに、娯楽化の過程で“禁止手順”が都合よく薄められた点も論点である。『』断片では「金色だけは見ない」とされるが、現代の物語では見てしまう場面が多いとされる。この不整合は、編集者が後で読者の共感を優先した結果だとされる一方で、そもそも初期資料が意図的に改竄されたのではないかという説もある[4]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 【渡辺精一郎】『雨量管理と触覚暦算:島根沿岸共同体の試作記録』山陰郷土叢書, 1889.
- ^ 遠藤紫雲『龍珠綴り断片の注釈(写本影印)』京都学士院紀要, 第7巻第2号, pp. 41-76, 1896.
- ^ 関口綾香『球体記号と物語化の速度:口承の編集過程に関する推定』日本民俗学会雑誌, Vol. 23, No. 4, pp. 112-133, 1921.
- ^ 【菅原亮次】『視聴者の焦りを設計する間:顕現までの待ち時間に関する社内資料の再検討』放送演出研究, 第3巻第1号, pp. 5-29, 1954.
- ^ Margaret A. Thornton, "Ritual Calibration and Narrative Substitution in East Asia," Journal of Comparative Folklore, Vol. 12, No. 3, pp. 201-226, 1978.
- ^ Akira Taniguchi, "The Price-List Metaphor of Wishes: A Semiotic Approach," International Review of Myth Studies, Vol. 9, No. 2, pp. 77-98, 1986.
- ^ Sofia Petrov, "Sound-Channel Grooves in Spherical Relic Models," Proceedings of the Imaginary Acoustical Society, Vol. 41, pp. 33-58, 1993.
- ^ 【経済企画庁】『寓意の読み替えと社会的受容:架空物語に関する審議メモ抄』経企庁調査報告書, 第18号, pp. 1-64, 1989.
- ^ 山本理紗『球体の溝と暦の手触り:観測補助具の系譜』講談社, 2006.
- ^ Miyake Haruto, "Dragon Balls and the Myth of Infinite Wishes," Journal of Media Mythology, Vol. 2, Issue 1, pp. 1-14, 2014.
外部リンク
- 郷土写本アーカイブ『断片閲覧室』
- 暦算装置研究会データベース
- 願いの対価表 参考リンク集
- 民俗記号学オンライン講義
- メディア史・編纂資料の蔵書検索