ノルヴォトース語
| 話者数 | 母語話者は確認されていない。儀礼的使用者は推定2,400人 |
|---|---|
| 使用地域 | 北海沿岸、アイスランド、ノルウェー西岸 |
| 時代 | 11世紀頃成立、14世紀に衰退 |
| 系統 | 古ノルド語基層に、、沿岸方言が混成 |
| 表記体系 | ルーン文字派生表記、後に修道院式ラテン文字 |
| 公用機関 | コペンハーゲン海語写本局(通称KSM) |
| 主な資料 | 『・トゥレム写本群』、ベルゲン港税台帳断簡 |
| 標準化 | 1287年の会議で一部整備 |
| 言語類型 | 屈折語、三重母音調和を持つとされる |
ノルヴォトース語(ノルヴォトースご、英: Norvotose language)は、沿岸部で成立したとされる、儀礼詠唱と航海記録のための人工言語である。後にの写本文化を介して広まり、現代では一部の言語学者により「失われたの最終形」と位置づけられている[1]。
概要[編集]
ノルヴォトース語は、の交易船団が冬季の停泊地で用いたとされる混成言語であり、歌唱・航海・税務記録を一体化した珍しい用途で知られている。とくに、潮位・積荷・船員の誓約を一つの文で記録する「長文帳簿」が特徴で、最長例はに及ぶ[2]。
一般には、古ノルド語の一方言にすぎないとみなす説もあるが、やの港湾出土資料では、音韻と語順が写本ごとに著しく異なっており、標準語としての整備が行われていた可能性が高い。なお、現存する文献の多くは修道士による転写であるため、語末に不自然な敬語が混じる例があることが指摘されている[3]。
成立史[編集]
港湾の雑音から生まれた共通語[編集]
起源は後半、西岸の小港で、樽番・鍛冶・船乗り・徴税吏が同時に会話を成立させる必要から生じたとされる。伝承では、という船頭が、風速と荷役の指示を同じ語尾で終えるよう提案し、これが「波の聞き違い」を半減させたという。もっとも、この逸話はにのが出した講義録にしか見えず、要出典とされることが多い。
当初は単なる現場用語だったが、の冬に港で大規模な徴税整理が行われた際、数詞と所有格の対応が極端に明確であったため、行政言語として採用された。ここで初めて「ノルヴォトース(Nordvotás)」という名称が現れたとされるが、語源については「北の誓約」「波止場の声」など諸説が併記されている。
写本化と修道院介入[編集]
に入ると、の書記局が、航海誓約の記録をラテン文字で書き下す実験を開始した。これにより、ノルヴォトース語は音節ごとに短い横棒を付ける独特の綴りを持つようになり、後世の研究者は「港湾速記体」と呼んでいる。
一方で、修道士たちは神学的に不都合な表現を置換したため、「塩の神に誓う」という慣用句が「善き潮に委ねる」に改変された例がある。この改変はの『』で制度化されたとされ、言語の清書過程がかえって地域差を拡大させた。
標準化の試み[編集]
最も重要な転機はのである。ここでは、北海沿岸の商人団と聖職者が、船積み誓約・税・天候観測の三分野に限って共通規格を作成し、語順を「主語-潮況-積荷-動詞」の順に統一した。記録によれば、会議は4日間続き、最終日の夜に出された干しタラが硬すぎて、議長が3回も休会を宣言したという。
この標準化によって、、、の各港で相互理解率が7割台から9割台へ上昇したと推計されている。ただし、推計の根拠は後世の復元実験に依存しており、現代言語学では「かなり楽観的」と見る向きもある。
音韻と文字[編集]
ノルヴォトース語の音韻体系は、前舌母音が強い調和を示し、語頭に、語中に、語末にが現れやすい点で特徴的である。とくに、潮騒を模したとされる摩擦音が重要視され、港湾の喧噪を再現するために詠唱でわざと長く引き伸ばされた[4]。
表記は二段階で変化した。初期はに似た角張った記号が使われ、船板や樽の蓋に刻まれたが、後期には転写が主流となった。この転写では、長母音を示すために魚骨のような記号が添えられ、ので「読めるが書きにくい」と苦情が出た記録が残る。
また、句読点に相当する「潮止め符」が存在したとされ、文末に小さな波形を付けることで、税吏が呼吸する位置まで指定したという。これは実務上は有効だったが、写本ではしばしば飾り紋と区別できず、解読不能箇所の温床になった。
社会的役割[編集]
ノルヴォトース語は単なる口語ではなく、、、の三領域を束ねる実務言語であった。港ごとに異なる方言を抱え込むより、同一文中で数量・責任・天候を処理できることが重視されたのである。
とくにでは、新船の進水式でノルヴォトース語による祝詞を唱えると、櫓の折損率が14%下がるという噂が広まった。これを受けてからは、船大工組合が毎月一度の「潮語講習」を実施したが、受講者の一部が語尾変化を覚えられず、逆に誓約文だけ上手くなるという現象が報告されている。
一方で、言語が行政に深く入り込んだ結果、読み書きのできる一部の書記が権力を握った。ベルゲンの港務長は、ノルヴォトース語の「積荷格」を意図的に複雑化し、通関料を1割上乗せしたとされる。この改革は後に「潮の王政」と呼ばれ、民衆の反感を買った。
衰退と消滅[編集]
黒死病後の断絶[編集]
中葉の疫病流行は、ノルヴォトース語に決定的な打撃を与えた。港湾書記と修道士の多くが死亡し、複雑な語尾を正しく継承できる者が減少したためである。とくにの疫病記録では、同じ年のうちに12人いた潮語書記が2人まで減ったとされ、以後の公文書は急速に単純化した。
また、商人との接触によって、より実用的な低地ドイツ語系の記録法が流入した。これに対し、保守派は「潮語は魂を結ぶ」と反発したが、積荷の実務においては簡潔な表現が勝り、ノルヴォトース語は次第に儀礼専用へ追いやられた。
儀礼化と民間伝承[編集]
最終的には頃までに日常使用は途絶えたとみられるが、北部では航海安全の祈りとして断片が残った。漁師たちは嵐の前に「短縮ノルヴォトース」と呼ばれる三語だけの祈句を唱え、これは20世紀初頭まで採録されている。
なお、にが実施した聞き取り調査では、96歳の老漁師が「昔の港では、潮が強い日は言葉のほうが先に濡れた」と証言した。比喩としては秀逸であるが、言語学的にはあまり有益ではない。
研究史[編集]
近代研究は末の人文主義者に始まる。彼はベルゲンの古文書庫で、同一内容が3種類の綴りで残る契約書を発見し、これを別言語の痕跡とみなした。レルダルの論文はの『Nordisk Filologi』誌に掲載され、当初は奇書扱いされたが、港湾史の再評価とともに注目を集めた。
20世紀にはのが音韻再建を進め、に「三重母音調和説」を提唱した。これは長らく無視されたが、のコンピュータ復元実験で、彼女の再建形が船員の合唱リズムとよく一致したため、再評価が進んだ。
ただし、21世紀の研究者の間では、写本の一部が19世紀の蒐集家による補筆ではないかという疑義もある。とくにの旧蔵本には、紙質鑑定での糊が見つかったとされ、真偽をめぐる議論はなお続いている。
批判と論争[編集]
ノルヴォトース語をめぐっては、そもそも独立言語なのか、港湾実務の専門用語集にすぎないのかという論争が根強い。批判派は、文献がほぼすべて後代の写本であり、実地会話の証拠が乏しいことを問題視している。
また、の議事録は、開催地の地形に比べて記録が妙に詳細であるため、後世の創作ではないかという指摘もある。いっぽう支持派は、港税の計算式や誓約表現の一致が偶然にしては多すぎると反論しており、論争は現在もの年次大会でしばしば再燃する。
なお、に公表されたX線蛍光分析では、ある写本の下層に風の短文が隠されていたことが報告されたが、これが意図的な偽造なのか、単なる修理痕なのかは結論が出ていない。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ Karl A. Lerdal『Nordvotás og havets skrift』Nordisk Filologi Vol. 12, No. 3, 1897, pp. 201-244.
- ^ Ingeborg Hanneson『Three-Vowel Harmony in Norvotose』Acta Linguistica Norvegiae Vol. 18, No. 2, 1974, pp. 55-89.
- ^ Eirik Vestr『講義録 港湾の声と徴税の文法』オスロ大学出版局, 1928, pp. 14-63.
- ^ Sigrid M. Eide『The Bergen Tide-Texts and Their Ritual Function』Scandinavian Historical Review Vol. 27, No. 1, 1961, pp. 1-38.
- ^ Jónas Þorvaldsson『Snæfellsmál: A Convention of Sailors』Reykjavík Studies in Medieval Letters Vol. 4, No. 4, 1987, pp. 77-112.
- ^ M. R. Halvorsen『The Fishbone Diacritics of Norvotose Manuscripts』Journal of Northern Palaeography Vol. 9, No. 2, 2003, pp. 145-176.
- ^ Marianne de Vries『Trade, Oath, and Grammar in the North Sea Ports』Cambridge Maritime Press, 1998, pp. 90-141.
- ^ アウグスト・ヘルゲン『ノルヴォトース語概説 潮位と誓約の文法』北方文庫, 1978, pp. 3-128.
- ^ 菅原真理子『北海港湾言語史の再構成』『比較文化研究』第41巻第2号, 2010, pp. 211-239.
- ^ O. Knutsson『On the Administrative Dative of Norvotose』Ports and Papers Vol. 3, No. 1, 1931, pp. 9-27.
外部リンク
- 北欧港湾写本アーカイブ
- ベルゲン潮語研究所
- ノルヴォトース語復元プロジェクト
- 北海交易言語史資料室
- アイスランド儀礼言語協会