バカだだいがく
| 分野 | 教育学・民間儀礼・言語遊戯 |
|---|---|
| 成立地域 | 周辺から全国へ波及(とされる) |
| 成立時期 | 20年代末〜初期(諸説) |
| 主な実施形態 | 集団反復唱和、宿題の「空欄化」、採点の儀礼化 |
| 指導者像 | 「だだい先生」と呼ばれる臨時講師 |
| 関連領域 | 韻律学、民俗学、コミュニティデザイン |
| 特徴 | 意味の不在を目的化し、態度の整列を狙う |
(ばかだだいがく)は、かつての各地に記録された「無意味に見える反復」を教育技法として体系化した、半ば民間の学習運動である[1]。形式上は学習法に分類されるが、実態は共同体の結束を目的とした儀礼としても機能したとされる[2]。
概要[編集]
は、学習対象の意味理解ではなく、「同じ言い回しを正確に崩さず反復する態度」を鍛えるとする教育運動である[1]。そのため学習内容は短い語句の連鎖に限られ、評価は最終到達点ではなく反復の「揺れの少なさ」を基準とされたとされる[3]。
起源については複数の説があり、とくにの旧図書館に保管されていたとされる「だだい帳」が、運動の原型を示す資料として挙げられている[4]。ただし同資料は所在がたびたび変わり、現在では当時の職員による聞き書きのみが残っているとされる[5]。
歴史[編集]
起源:夜間講義と「意味の空白」[編集]
成立を語る伝承では、の混乱期に系の職員だったとされる「石井カサマ」(石井姓の人物が複数報告されており同一人物かは不明である)が、夜間の識字教室を開いたことに始まるとされる[6]。彼は当初、漢字の読み書きを教えていたが、受講者が失敗すると沈黙が増えたため、翌年からは「意味を言わない反復」を導入したとされる[7]。
具体的には、同一の語句を「8拍→8拍→16拍」の順で唱える型が定められた。さらに、黒板に正解を書かず、代わりに白チョークで“ほぼ消えかけ”の線だけを引くことで、学習者が「空欄を埋める」ような心理状態に誘導されたと記録されている[8]。この手法が、後に「バカだだいがく」と呼ばれるようになった経緯として語られている[9]。
拡散:だだい先生制度と地方分校[編集]
30年代に入ると、運動は大学というより「分校」の形で拡散したとされる[10]。指導者は正式教員ではなく、地域の作業場や寺の納屋で講義を行う「だだい先生」として任命された。だだい先生の任命条件は、自己紹介で同じ言葉を3回言い、なおかつ言い間違いが出ても叱らないこと、といった細則があったとされる[11]。
また、名目上は学習運動でありながら、毎回の集会には「反復の点呼」が組み込まれた。点呼は全員の声量を測るのではなく、紙片を使って「息の長さ」を数える方法で行われたとされ、紙片の長さがちょうど「23.0ミリ」で揃っている参加者が特に称賛されたという記録もある[12]。この種の過剰な細目が、運動を怪しげにしつつ同時に共同体の一体感を強化したとする見方がある[13]。
現代化:大学風の認定試験と炎上[編集]
に入ると、運動は外形を整える方向へ進み、「だだい学」という講座名で文化講習会に組み込まれたとされる[14]。受講者数は全国で年換算「約3,200名」とする推計が流通しているが、実施会場ごとの名簿が欠落しており、実数は不明である[15]。
一方で、認定試験が導入されたことで批判も強まった。試験は筆記ではなく、同じ語句を一定時間でどれだけ均一に唱えられるかを「揺れ率」で判定する仕組みだったとされる。揺れ率は参加者の声の周波数帯ではなく、運動会の旗振りのリズム(旗が上がるたびに1回反復する)で計測するとされたが、計測担当の出向者を名乗る人物の発言が、のちに「根拠不明」として問題視された[16]。
社会的影響[編集]
バカだだいがくは、学習というより「集団で同じ手続きを踏む」経験を中心に据えたため、地域の組織運営に波及したとされる[17]。たとえばの商店街では、閉店後のミーティングをだだい方式に置き換え、会議の発言回数を「反復回数の合計」で置換したことで、言い争いが減ったという伝承がある[18]。
また、言語遊戯としては、子どもが家庭で独り言のように唱えることがあったとされ、親は当初「何かの呪文では」と不安になったものの、次第に「宿題の前に声を整える儀式」として受け入れられた例もある[19]。ただし、学校教育との接続は一律ではなく、ある学区では「意味理解を阻害する」として学校行事からの排除が決まったとされる[20]。
このように、バカだだいがくは教育の形式に見えるながら、実態としては共同体の摩擦を調整する装置だった可能性が指摘されている[21]。
批判と論争[編集]
批判の中心は、運動が「意味の不在」を推奨した点にある。学習者によっては、反復を続けても知識が蓄積されず、成績に反映されないため、親や教師から「時間の浪費」との声が上がったとされる[22]。
さらに、反復の採点が主観的であるとの疑念もあった。採点者は「揺れ率」を用いると説明されたが、ある報告では揺れ率の実測値が“当日の天候により補正される”とされ、曇天の日だけ合格基準が緩む、といった噂が広がった[23]。この噂は後に否定されたものの、噂自体が運動を神秘化し、逆に参加者を増やしたともいわれる[24]。
加えて、運動の名称が軽蔑的に聞こえやすいことから、地域によっては「市民権を失った過去の教育慣習」として語られることもある[25]。ただし当事者は、名称は笑いを含む儀礼であり、侮辱ではないと主張したと記録されている[26]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 田中栄次『反復唱和の教育的装置』新潮学芸出版, 1987.
- ^ Margaret A. Thornton『Ritualized Memorization in Postwar Japan』Cambridge Academic Press, 1994.
- ^ 石井カサマ『夜間講義と沈黙の測定』港区民講座記録集, 1959.
- ^ 中村緑『揺れ率と評価の社会心理学』日本社会心理学会誌, 第12巻第4号, pp. 51-73, 2001.
- ^ 小林丈太郎『だだい帳の所在問題:一次資料の空白』史料編纂研究, Vol. 9, No. 2, pp. 9-28, 2016.
- ^ Ryo Sakamoto『Community Meeting Design via Nonsemantic Speech』Journal of Applied Ritual Studies, Vol. 3, No. 1, pp. 101-119, 2007.
- ^ 鈴木由実『意味の不在が生む整列:反復技法の再解釈』教育方法研究, 第21巻第1号, pp. 77-96, 1998.
- ^ 佐伯春人『文化講習会における認定試験の制度化』【文化庁】運用メモ選集, 第5号, pp. 13-34, 2003.
- ^ 井口透『旗振りリズムによる発声計測の試み』計測学年報, 第44巻第2号, pp. 200-214, 1983.
- ^ 山本ミナ『学習儀礼としての「バカだだいがく」』筑波大学紀要(教育系)第18巻第3号, pp. 1-19, 2012.
- ^ Eiko Yamamoto『Baka-DadaiGaku and the Problem of Meaning』Tokyo Review of Pedagogy, Vol. 18, Issue 3, pp. 1-19, 2012.
外部リンク
- だだい帳アーカイブ
- 揺れ率計測ノート
- 夜間講義資料館
- だだい先生連絡会
- 集団唱和研究フォーラム