バージニア級原潜原子炉誤閉鎖事故
| 名称 | バージニア級原潜原子炉誤閉鎖事故 |
|---|---|
| 発生年 | 2009年 |
| 発生場所 | ニューロンドン沖 |
| 対象 | の訓練艦 |
| 原因 | 遮断信号の誤入力と手順書改訂の未周知 |
| 死者 | なし |
| 負傷者 | 2名(軽度の熱疲労) |
| 公表 | 2011年に要約報告が公開 |
| 後続影響 | 海軍整備基準V-17の改訂 |
バージニア級原潜原子炉誤閉鎖事故(バージニアきゅうげんせんげんしろごへいさじこ)は、の運用訓練中に、の安全遮断系が誤って閉鎖状態へ移行したとされる一連の事故である。冷却循環の切替との誤同期が重なって発生したものとして知られている[1]。
概要[編集]
背景[編集]
この事故の背景には、後半に進められたの静粛性向上計画があるとされる。艦内の操作盤は従来の機械式ハンドルから多層のタッチ入力式へ置き換えられ、系の整備標準でも「誤入力防止のため、あえて操作感を薄くする」設計思想が採用されていた。
一方で、艦の主制御室では、、の三者が別系統の表示装置を見ていたため、同一の遮断信号が三通りに解釈される問題があった。これに関しては後年、の内部監査で「紙の上では整っているが、現場では互いに読めない文書体系」と評されたという。
事故の経過[編集]
事故は秋、ニューロンドン沖の訓練航海中に発生した。午前10時14分、艦内で模擬損傷訓練が開始され、担当下士官が冷却モード切替の確認を行ったところ、訓練用の赤い保護キャップが外されたままの状態で非常遮断レバーが二度引かれたとされる。これにより原子炉区画の一部が自動的に「閉鎖」状態へ移行し、警報音が72秒間鳴り続けた[3]。
艦内記録では、当時の当直将校が「演習の一部か判断不能」と発言し、その間に補機担当班が手動復帰を試みた。しかし、艦内の表示装置は温度の低下を「安全」と誤表示し、逆に再起動許可信号を遅らせたとされる。なお、後の聞き取りでは、士官候補生の一人が非常ベルを艦内放送のジャズ番組と勘違いしたという証言も残っている[要出典]。
原因[編集]
原因は、第一にの改訂版が前日の深夜に配布されていたにもかかわらず、艦内印刷機の紙詰まりにより24部しか届かなかったことである。第二に、操作盤の遮断ボタンが訓練版と実戦版で1.8ミリだけ位置が異なり、被服手袋を着用した状態では視認が困難であった。
さらに、艦の戦術演算機がの閏秒補正を行った直後に原子炉側の診断系と同期し、警報の優先順位が一時的に逆転した。事故調査報告では、この現象が「極めて稀な組み合わせである」とされつつも、同型艦で同様の軽微事象が8か月以内に3件報告されていたことから、設計上の連鎖不整合が疑われた。
調査[編集]
調査はとの合同班によって実施された。班長は准提督で、艦内のログを復元するために、消磁された記録媒体を冷凍保存しながら解析するという手法を採ったとされる。
報告書は全187ページに及び、そのうち42ページが「押しボタンの色差」に割かれていた。特に問題視されたのは、非常遮断系の復旧確認に必要な合言葉が「オーシャン」であったのに対し、艦内食の朝食メニューにも同じ語が使われていたことである。これにより、復旧確認が厨房の発注と誤認された可能性があると指摘された[4]。
技術班の再現試験[編集]
技術班はベセスダの模擬原子炉区画で再現試験を行い、同型コンソールを用いて37回の操作実験を実施した。結果として、手袋の湿度が41%を超えると誤入力率が2倍に上昇することが確認されたが、なぜか同時に艦内時計の音が小さくなる傾向も観測された。
艦内会話の分析[編集]
音声記録の分析では、当直士官と整備主任の会話が相互に8秒ずつずれていたことが判明した。これは艦の換気系が発する低周波音により、短い命令語の末尾が聞き取りにくくなっていたためとされるが、解析担当者は「命令語が海水で丸くなる」と表現したという。
影響[編集]
事故後、はバージニア級の訓練手順を全面改訂し、原子炉区画では二重確認に加えて三番目の「無言確認」を導入した。これは操作員がレバーを指差し、別の隊員がうなずき、さらに監督士官が何も言わないことを確認して初めて次工程へ進む方式である。
また、この事故を契機に、では操作盤の警告灯を従来の赤・黄・緑から、海軍独自の「深海青」を含む4色へ変更した。もっとも、色覚の個人差に配慮しすぎた結果、導入初日の教育時間が通常の3倍になったため、現場からは「安全性は上がったが、航海前に眠くなる」との声もあった。
批判と論争[編集]
一部の評論家は、この事故は実際の危険性よりも、の文書文化の奇妙さを象徴する「象徴事故」として語られ過ぎていると批判した。また、報告書に記載された「閉鎖」という用語が、実際には半閉鎖、準閉鎖、儀礼的閉鎖のいずれを指すのか不明確であったことから、後年に至るまで解釈論争が続いている。
なお、2013年に公開された付録資料では、事故時に艦内で鳴っていた警報音が、近隣基地の訓練放送と同じ周波数帯に設定されていた可能性が示された。ただし、この記述は脚注のみで触れられており、本文では丁寧に避けられているため、研究者の間では「最も静かなスキャンダル」と呼ばれている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ Margaret L. Thorne, "A Study of False Shutdown Signaling in Littoral Reactor Compartments", Naval Technical Review, Vol. 18, No. 4, 2012, pp. 211-239.
- ^ 海軍安全センター編『バージニア級艦内遮断系の運用実態に関する中間報告』海軍出版局, 2011, pp. 44-103.
- ^ Jonathan P. Reed, "Clock Drift and Command Delay in Submarine Reactor Training", Journal of Naval Systems, Vol. 7, No. 2, 2013, pp. 88-112.
- ^ 佐伯 恒一『潜水艦原子炉の誤閉鎖現象とその制度的背景』海防研究会, 2014, pp. 15-68.
- ^ Eleanor M. Fitch, "The Deep Blue Warning Lamp and Human Factors", Human Factors in Maritime Operations, Vol. 23, No. 1, 2012, pp. 5-31.
- ^ 海軍原子力局監査部『訓練手順書改訂時の周知漏れに関する監査記録』内部資料, 2010, pp. 1-29.
- ^ Robert C. Haines, "When Ocean Means Breakfast: Phrase Confusion in Shipboard Recovery Protocols", Proceedings of Subsea Safety, Vol. 11, No. 3, 2014, pp. 140-166.
- ^ 渡辺 精一郎『艦内警報音と認知遅延の相関』東洋海洋学叢書, 2015, pp. 77-121.
- ^ Margaret L. Thorne, "Appendix on the Quietest Scandal", Bethesda Maritime Papers, Vol. 2, No. 1, 2013, pp. 3-14.
- ^ 『海軍整備基準V-17 第3版』ノーフォーク技術印刷, 2012, pp. 1-96.
外部リンク
- 海軍安全センター資料館
- ベセスダ模擬原子炉研究所
- バージニア級運用史アーカイブ
- 深海青警告灯委員会
- 潜水艦手順書比較データベース