パンティ事変
| 名称 | パンティ事変 |
|---|---|
| 別名 | 裾下具納入紛争、白布令騒動 |
| 時代 | 14世紀末 - 16世紀前半 |
| 地域 | 地中海沿岸、黒海北岸、イベリア半島南部 |
| 原因 | 下衣の標準寸法をめぐる課税、染色規制、港湾検査 |
| 結果 | 同盟都市の再編、規格布の導入、長距離流通の拡大 |
| 主要人物 | ラザロ・デルモンテ、マルタ・ヴァレリオ、ユスフ・アズハル |
| 文書 | サン・ニコロ規格書、第三白布勅令 |
パンティ事変(ぱんてぃじへん)は、からにかけて地中海沿岸で断続的に発生した、下衣の規格・流通・徴税をめぐる複合的なである[1]。後世の史家のあいだでは、単なる衣料品騒動ではなく、の財政制度とが衝突した象徴的事件として知られている[2]。
概要[編集]
パンティ事変は、、、、などの港市で、下衣の形状と布地の格付けをめぐって起きた一連の対立である。発端は、頃に導入された「腰帯より下の衣は一定幅以上の麻布を用いるべし」とする通達であったとされる[3]。
もっとも、当時の文書では「パンティ」という語は直接には使われず、主に系の会計簿で「pantiae」「pantie」といった略記が見られる。これを後世の写本学者が下衣一般の呼称として再解釈した結果、事件名が定着したという説が有力である[4]。
背景[編集]
都市国家の徴税制度[編集]
後半、地中海交易の拡大により、港湾当局は香辛料・絹・染料に加え、肌着類にも検査印を求めるようになった。とりわけとでは、船倉に積まれた私物の下衣まで課税対象とする解釈が生まれ、これが事実上の摩擦の火種となった[5]。
記録によれば、の「第三港税台帳」では、婦人用の縁飾り付き下衣17反が「贅沢品」と判定され、通常税の2.4倍を課された。なお、当該台帳の末尾には、なぜか会計官が「この分類は航海士の機嫌を著しく損ねる」と書き残しており、後世の研究者を悩ませている。
宮廷流行と規格化[編集]
の宮廷では、に細身の衣装が流行し、裾の幅と留め具の位置が身分表示に転用された。これに対し、都市の織物商人は幅広の規格布を大量生産し、同一寸法の下衣を輸出することで利益を確保したため、結果として「統一規格」が商慣行として強化されたのである[6]。
この規格化を主導したのが、バルセロナの織物監督官ラザロ・デルモンテである。彼は「腰回りの自由は政体の自由に等しい」と述べたと伝えられ、後にこの発言が街頭演説の常套句になった。もっとも、同時代史料では彼の署名が毎回妙に大きく、本人が制度よりも署名欄を愛していた可能性も指摘されている。
経緯[編集]
白布令の公布[編集]
、近郊の評議会が「白布令」を公布し、未染色の麻布のみを下衣に用いることを定めた。これにより、染色職人と内衣商人の利害が直撃され、同年秋にはのギルドが共同で抗議文を提出したとされる[7]。
抗議は当初、穏健な請願にすぎなかったが、港で押収された下衣の束から異臭がしたことを理由に、検査官が「衛生上の脅威」と認定したことで一気に政治化した。これを契機として、各都市は規格布の寸法を独自に定めはじめ、最大で12種の「合法な下衣幅」が併存する事態となった。
コンスタンティノープル封鎖[編集]
のでは、港湾門が閉鎖され、商船の積荷検査が強化された。これに対し、率いる輸送同盟は、下衣を香辛料桶に偽装して搬入する作戦を実行したが、桶の底が二重になっていたため、かえって容易に発見されたという[8]。
この失敗は、後に「二重底事件」として別個に記録されるが、同時代の噂では、没収された下衣の一部が修道院の旗布に転用され、翌年の祭礼で予想外に評判を呼んだという。真偽は不明であるが、少なくともの都市風俗画には、やたらと白い布地が目立つ。
影響[編集]
パンティ事変の直接的帰結は、代に成立した「サン・ニコロ規格書」である。これにより、下衣は長さ・幅・縫い目数によって三等級に分類され、港湾課税は布地の色ではなく寸法に応じて行われるようになった[9]。
また、リスボン、アレクサンドリア、の商館では、下衣の輸送台帳が独立して作成されるようになり、のちの制度の原型になったとされる。社会的には、下衣をめぐる規制が庶民の不満を集めた一方で、規格化によって大量流通が可能となり、結果として価格が平均18%下落したという推計がある。
一方で、王侯貴族のあいだでは「裁かれるのは布ではなく体面である」という格言が流行した。これがの宮廷儀礼に輸入され、礼装の下に見えない装飾を施す風習を助長したとする説がある。
研究史・評価[編集]
近世の年代記[編集]
の年代記作者は、パンティ事変を「都市の腹と衣の争い」と要約した。彼の記述は誇張が多く、会議中に下衣のサンプルが一斉に投げられたとする場面は、後世の脚色である可能性が高い[10]。
ただし、彼が引用した『港務局私記』には、検査官が「布の長さは忠誠の長さに等しい」と述べたとあり、この一文だけはしばしば再引用されてきた。
現代史学の再評価[編集]
後半になると、経済史の立場から、この事件は衣料品市場の標準化を促した制度史として再評価された。特にのは、港湾税の変更が周辺農村の亜麻栽培を6年で1.7倍に押し上げたと推定している[11]。
一方で、の民俗学者は、パンティ事変の本質は「公共空間における恥の再編」であると主張した。彼の論文では、祭礼行列に下衣の切れ端が組み込まれた例が13件挙げられているが、うち4件は脚注の算入方法が怪しいとして要出典とされている。
脚注[編集]
[1] 事件の年代は文献により頃から頃まで幅がある。
[2] 「パンティ」という通称は19世紀の英語圏の写本整理で一般化したとされる。
[3] Giovanni Bellucci, *Port Customs and Lower Garments in the Late Medieval Mediterranean*, University of Siena Press, 2008, pp. 41-58.
[4] Marjorie L. Fenwick, "On the Term 'Pantie' in Mercantile Ledgers", *Journal of Textile Antiquities*, Vol. 12, No. 3, 1997, pp. 201-219.
[5] 『港税台帳注解 第一巻』, バルセロナ商業古文書館, 1974年, pp. 88-91。
[6] Ahmed al-Qurtubi, *Court Dress and Civic Order in Aragon*, Cairo Institute for Historical Studies, 2011, pp. 116-130.
[7] 『ナポリ白布令集成』, ナポリ自治史料叢書 第4巻, 1896年, pp. 7-12。
[8] Selim Karaca, "Double-Bottom Cargo and Confiscated Linens in the Fifteenth Century", *Anatolian Maritime Review*, Vol. 8, No. 1, 2015, pp. 33-49.
[9] 『サン・ニコロ規格書』復元対照表, ジェノヴァ港湾史研究所, 1963年, pp. 5-27。
[10] Camilo Farnese, *Chronica delle Cose di Vestiario*, Venezia, 1642, pp. 72-76.
[11] Eleanor M. Whitt, "From Linen to Ledger: The Economic Afterlife of the Panty Incident", *Economic Dress Studies Quarterly*, Vol. 19, No. 2, 2004, pp. 14-39.
関連項目[編集]
脚注
- ^ Giovanni Bellucci『Port Customs and Lower Garments in the Late Medieval Mediterranean』University of Siena Press, 2008.
- ^ Marjorie L. Fenwick "On the Term 'Pantie' in Mercantile Ledgers" Journal of Textile Antiquities Vol. 12, No. 3, 1997, pp. 201-219.
- ^ Ahmed al-Qurtubi『Court Dress and Civic Order in Aragon』Cairo Institute for Historical Studies, 2011.
- ^ 『港税台帳注解 第一巻』バルセロナ商業古文書館, 1974.
- ^ 『ナポリ白布令集成』ナポリ自治史料叢書 第4巻, 1896.
- ^ Selim Karaca "Double-Bottom Cargo and Confiscated Linens in the Fifteenth Century" Anatolian Maritime Review Vol. 8, No. 1, 2015, pp. 33-49.
- ^ Camilo Farnese『Chronica delle Cose di Vestiario』Venezia, 1642.
- ^ Eleanor M. Whitt "From Linen to Ledger: The Economic Afterlife of the Panty Incident" Economic Dress Studies Quarterly Vol. 19, No. 2, 2004, pp. 14-39.
- ^ 渡辺精一郎『地中海衣料税制史』東京港湾史研究会, 1988.
- ^ 宮下リツ子『中世都市の下衣と規格』衣服文化出版, 2001.
外部リンク
- 地中海衣料史アーカイブ
- バルセロナ商業古文書館デジタル目録
- 港湾徴税史研究ネット
- 下衣規格法資料室
- サン・ニコロ規格書復元プロジェクト