ヒカマー
| 名称 | ヒカマー |
|---|---|
| 読み | ひかまー |
| 分野 | 都市民俗学、夜間行動規範 |
| 成立 | 1898年頃とされる |
| 発祥地 | 東京都・本所界隈 |
| 提唱者 | 渡辺照次郎、佐伯ミヨ |
| 主要資料 | 東京夜灯改良会資料、各地の聞き書き |
| 関連施設 | 浅草灯籠通り、隅田川沿岸の試験街区 |
| 影響 | 商店街の照明設計、通学路の導線改善 |
ヒカマーは、後期の都市照明行政から派生したとされる、夜間移動時における光源の向きと歩行速度を最適化するための民間規範である。主にの下町で発展し、のちにやにも伝播したとされる[1]。
概要[編集]
ヒカマーは、夜間における「見えること」と「見せること」の均衡を重視する生活技法である。単なる歩き方の作法ではなく、手燭・提灯・後年の電燈に至るまで、光源を身体のどの位置に置くかによって礼節と安全を両立させる仕組みとして整理されてきた[2]。
名称は、の行灯職人が用いていた「光をかまえる」という言い回しに由来するとされるが、一方での街路照明術語が訛ったものとする説もある。いずれも確証は乏しいが、の『東京夜灯改良会会報』には、すでに「町歩きはヒカマーを以てすべし」との記述が見えるとされる[3]。
現代では、古風な民俗語としてよりも、商店街イベントや観光地の夜間演出に転用されることが多い。また、の倉庫街で行われた照明実験では、ヒカマー式の光配置により転倒事故が17.4%減少したという報告があるが、調査の母数が87人にすぎないため、学術的評価は分かれている[4]。
歴史[編集]
成立期[編集]
ヒカマーの成立は、31年から34年頃の下町に求められる。電灯の導入が進む一方で、提灯文化が急速に弱まり、歩行者が「明るすぎてかえって眩しい」「影が長くなり商人の店先が見えにくい」といった不満を抱いたことが背景にあるとされる。
この時期、の照明師・渡辺照次郎は、光源を頭上に高く掲げるのではなく、胸元から斜め前方へ45度に向ける所作を定式化した。これにより顔色が穏やかに見え、かつ足元の段差も確認しやすいとして、女学校の寄宿舎や問屋街で採用されたという。なお、渡辺が実在したかどうかは文献ごとに記述が揺れている。
同時期にの裁縫学校出身とされる佐伯ミヨが、夜道での帯の揺れと光の反射を抑える「静帯式ヒカマー」を考案したと伝えられる。これは婦人雑誌『家政と灯火』に4号連続で掲載され、当時の読者からは「やけに実用的である」と評された。
普及と標準化[編集]
期に入ると、ヒカマーは商店街連合の共同事業として半ば標準化される。特にの古書店街では、客が冊子を覗き込む際に照明を下げすぎる傾向があり、店内の事故と万引きの両方を防ぐ目的で「二尺八寸前照式」が推奨された[5]。
にはが「夜間通行改善試験」を実施し、・・の三区域で異なる照明角度を比較した。結果、ヒカマー方式は歩行速度が平均で8.2%向上し、立ち話の時間が逆に11分延びたため、地域コミュニティの活性化にも寄与したとされる。ただし、後年の再計算では統計処理がかなり雑であったことが指摘されている。
また、後の復興期には、仮設市場の導線設計にヒカマーの考え方が取り入れられた。これは「暗い場所を完全になくす」のではなく、一定の陰を残すことで人の流れを自然に誘導する思想であり、当時の復興局技師・杉原徳三郎がの会議で紹介したとされる。
電化以後[編集]
30年代に街路灯が高照度化すると、ヒカマーは一度廃れた。しかし、にの私鉄沿線で「まぶしすぎる駅前」を問題視した市民団体が、再びヒカマーを掲げて環境改善運動を始めたことで再評価が進んだ。
この再評価の中心にいたのが、照明計画家の中村律子である。中村はの外郭研究会で、ヒカマーを「歩行者中心の光の持ち方」と翻訳し、バリアフリー設計や防犯カメラの視認性と接続した。以後、自治体の要綱に断続的に引用され、やの一部商店街では、実際に「ヒカマー推奨時間帯」が設定されたこともある。
一方で、に刊行された『都市照明と情緒空間』では、ヒカマーが本来の民俗的文脈を失い、単なる演出技法に矮小化されたと批判された。これに対し実践派は、むしろ「生活の中で使われ続けることが伝統である」と反論している。
技法[編集]
ヒカマーには大きく分けて三つの型があるとされる。第一は「前照型」で、視線の先に光源を置き、足元の確認と対人配慮を両立させる方式である。第二は「斜交型」で、商店街や長屋の軒先で光を壁面に反射させることにより、直接的な眩しさを抑える。第三は「控影型」で、あえて足元に薄い影を残し、段差や水たまりを見分けやすくする方法である[6]。
特に有名なのは「三歩一息」と呼ばれる歩調調整法である。これは三歩進むごとに一息だけ光を高く掲げ、周囲の人物の顔を確認してから再び低く戻す所作で、の芸者屋やの洋食店で礼儀作法として洗練されたとされる。近代化以後は、懐中電灯や自転車ライトにも応用され、の『夜間視認性試験報告』では軍需工場の通路設計にまで影響を与えたと記録されている。
また、地方変種としての「かすみヒカマー」、の「雪返しヒカマー」、の「火鉢寄せヒカマー」が知られている。いずれも環境光の反射を利用する点で共通するが、鹿児島型だけは火鉢の煤を逆に美観として扱ったため、衛生当局から何度か注意を受けたという。
社会的影響[編集]
ヒカマーは、照明技術そのものよりも、人間関係の距離感を調整する文化として影響を残した。夜道で相手にまぶしさを与えないことは、そのまま相手の生活圏を尊重することに結びつき、商店街の挨拶、門限、通学班の整列などにまで波及したとされる。
にはの生活指導資料に、直接の語ではないものの「光源を不用意に相手へ向けない配慮」が記載され、教育現場での間接的な採用が進んだ。また、のある中学校では、文化祭でヒカマー講習会が開かれ、保護者会が予想外に盛況となった記録が残る[7]。
他方で、都市美学の分野では、ヒカマーが「暗さを肯定する思想」と誤読されることも多い。実際には暗さを礼節に変換する技術であり、暗黒そのものを礼賛したわけではない。とはいえ、の議論では、ヒカマーがしばしば都合よく引用され、結果として街路灯の色温度をめぐる論争を長期化させた。
批判と論争[編集]
ヒカマーへの批判は、成立当初から存在した。衛生改良派は、光源の位置を細かく規定することが「歩行を過度に儀礼化する」として反発し、の『都市衛生評論』では「灯火に作法を与えすぎるのは近代に逆行する」と書かれた[8]。
また、戦後の再評価期には、いわゆる「強照明派」との対立が起きた。彼らは、光は明るいほど安全であり、ヒカマーのような微妙な角度調整は再現性に欠けると主張した。これに対しヒカマー側は、事故の少なさよりも「眩しさが生む苛立ちの低減」を重視すべきだと応じ、討論会がの公会堂で3時間42分に及んだと記録されている。
さらに、に関連の委託調査で、ヒカマー推奨路線の一部が実は観光客向けの演出だったことが判明し、学界では「本来の生活技法とイベント化された作法を分けて考えるべきだ」とする意見が強まった。もっとも、地域住民の側では「結果的に歩きやすくなったので問題ない」とする声も根強い。
現代の位置づけ[編集]
現在のヒカマーは、民俗学、都市計画、ナイトタイムエコノミーの交差点に置かれている。以降はの一部商店街で、LED照明の見え方を調整する研修名称として再利用され、観光案内の用語としても定着しつつある。
また、若年層の間では、スマートフォンの画面光を相手に向けない振る舞いを「デジタル・ヒカマー」と呼ぶことがあり、半ば冗談、半ば実用として拡散した。これに対し研究者は、元来のヒカマーはデバイスの有無ではなく、相互配慮の設計思想であったと説明している。
なお、にの学生サークルが実施した街灯観察調査では、回答者の62%が「ヒカマーという語感に懐かしさを覚える」と答えたが、その大半は初耳であった。こうした受容の曖昧さこそが、ヒカマーの今日的な生命力であると指摘されている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺照次郎『東京夜灯改良会会報』東京夜灯改良会, 1899.
- ^ 佐伯ミヨ『家政と灯火 第4巻第2号』家政社, 1902, pp. 14-29.
- ^ 杉原徳三郎『帝都復興院夜間導線試案』帝都復興院資料集, 1924, pp. 101-118.
- ^ 中村律子『歩行者中心の光学』建設資料研究所, 1979, pp. 33-57.
- ^ Harold P. Winters, “Hikamar and the Civic Lantern Tradition,” Journal of Urban Folklore, Vol. 12, No. 3, 1986, pp. 201-224.
- ^ Margaret A. Thornton, “Angle, Courtesy, and Ambient Glow in East Asian Streets,” Cambridge Urban Studies Review, Vol. 8, No. 1, 1993, pp. 44-69.
- ^ 山岸清一『夜の作法と照明規範』中央公論灯火選書, 1998.
- ^ 藤堂麻衣『ヒカマーの社会史』みすず書房, 2004.
- ^ Kenji Arai, “The Three-Step Breath Method of Hikamar,” Proceedings of the Tokyo Lighting Symposium, Vol. 4, 2011, pp. 77-93.
- ^ 『都市照明と情緒空間』第7号, 日本景観学会, 1994, pp. 5-41.
外部リンク
- 東京夜灯史研究会
- 日本ヒカマー協議会
- 都市民俗資料アーカイブ
- 夜間景観デザインセンター
- 本所照明文化館