フォービドゥン・サンライズ事件
| 正式名称 | フォービドゥン・サンライズ事件 |
|---|---|
| 発生日 | 1928年3月17日 - 1928年4月2日 |
| 場所 | 東京湾沿岸、芝浦、猿島沖ほか |
| 原因 | 朝日照度試験の過密化、秘匿電波の誤受信、灰色ガラスの破損 |
| 関係機関 | 海軍省、中央気象台、東京帝国大学理学部 |
| 被害 | 観測装置17基破損、報告書43冊焼失、停船命令29件 |
| 通称 | 禁じられた朝焼け |
| 影響 | 朝日観測規制、沿岸測量の再編、のちの「暁面現象」研究の契機 |
| 後日談 | 1931年に非公開審査が行われたが、要点のみが公表された |
フォービドゥン・サンライズ事件(フォービドゥン・サンライズじけん、英: Forbidden Sunrise Incident)は、に沿岸で発生したとされる、朝日観測計画の逸脱と文書焼失を中心とする一連の事件である[1]。後年の研究では、・・が複雑に交差した「近代日本最大級の朝焼け事故」とも呼ばれている[2]。
概要[編集]
フォービドゥン・サンライズ事件は、初期にで行われた朝日観測試験が、軍事秘匿と科学研究の境界を越えたことにより発生したとされる事件である。事件名の「フォービドゥン」は、当時の英字電報で用いられた抑制語であり、直訳すれば「禁止された朝日」であると説明されている。
この事件は、単なる施設事故ではなく、・・の三者がそれぞれ異なる目的で朝日を「測ろう」とした結果、同じ時刻に同じ海域へ異なる装置を投入したことから拡大したとされる。後年の記録では、日の出の時刻を1分単位で管理するために作られた「晨光許可票」が、かえって混乱を招いたという[3]。
背景[編集]
発端はごろ、の沿岸監視部隊が「低空の朝焼けが羅針盤の誤差を増幅させる」という怪談めいた報告を提出したことにあるとされる。これを受けては、朝焼けの色温度と方位磁針の偏差を同時に記録するための小規模試験を認可した。
一方ででは、同時期に「日の出の輪郭が水平線上で二重に見える現象」を調べる実験が進められていた。研究班を率いた渡会清三郎教授は、のちの回顧録で「朝は無料で観測できる最も危険な資源である」と述べたとされるが、一次資料の所在は確認されていない[要出典]。
または、沿岸漁民向けの暦表改訂のため、朝日の実測値を海霧の濃度別に分類しようとしていた。結果として、同じ海岸に軍用測距儀、大学の光学カメラ、気象台の寒暖計塔が並ぶ異様な状況が生じ、現場関係者はこれを「三重朝焼け配置」と呼んだとされる。
事件の経過[編集]
3月17日の観測失敗[編集]
3月17日午前5時14分、芝浦測候補助所において第一回の合同観測が開始された。ところが、前夜の強風で沖から漂着した灰色ガラス板が装置群の半数に貼りつき、太陽像が全部で8枚に分裂したため、担当技師の高瀬兼人は「朝が増殖した」と記録した。
この際、海軍側が用意した遮光幕の寸法がとメートル法で二重記載されており、幕が予定より0.7間短かったことが混乱を拡大させた。結果として、観測員12名のうち7名が異なる日の出時刻を申告し、現場の記録簿は1冊ごとに別の時刻へ修正されていった。
4月1日の誤通達[編集]
決定的だったのはの誤通達である。海軍省の通信係が、暗号表の「SUN/RISE」を秘匿符号「S-UNR-ISE」と誤読し、東京湾一帯に対して「朝日接近時は照度を半減せよ」という命令を出してしまったのである。
命令はからにかけての各監視所へ転送されたが、途中で「照度」が「朝餌」と転記され、漁協には「午前6時までに魚へ餌を与えること」と読まれた。これにより、湾内で餌撒きと停船命令が同時に発生し、観測船2隻が互いの反射光を太陽と誤認してさらに記録を乱した。
文書焼失と沈静化[編集]
事件の終盤には、の仮設書庫で報告書43冊が焼失した。出火原因は電熱器の故障とされるが、近隣の元測量助手は「朝日を紙に閉じ込めすぎた反動で燃えた」と証言している。焼失した資料には、朝焼けの色票、海霧の層別図、電波反射の試験表が含まれていた。
なお、焼失後に残ったのは表紙だけの冊子19冊と、なぜか製本前の索引カード214枚であった。これらは後にで再編され、のちの「朝暁索引法」として部分的に継承されたが、実際には索引だけが異様に精密で本文がほぼ存在しない文書群だったとされる。
事件の構造[編集]
フォービドゥン・サンライズ事件の特徴は、原因が単一ではなく、複数の制度的癖が同時に噛み合った点にある。すなわち、軍の秘匿体質、学術側の過剰な記録癖、行政側の暦表統一作業が、すべて「朝」という一瞬に集中したのである。
当時の調査委員会は、事故を「光学的災害」と「事務的災害」の混合型として扱った。これにより、被害額は現金換算で4万8,300円、人的被害は軽微ながらも精神的疲労は極めて大きいとされ、実務担当者のうち3名が半年以内に別部署へ異動した。
また、事件の再発防止策として、日の出前後30分の観測には二重承認が必要とされ、以後周辺では朝焼け試験の際に必ず「静穏係」1名を配置することが慣例化した。静穏係の主な仕事は、誰も日の出に感情移入しすぎないよう監督することであった。
社会的影響[編集]
事件後、は暦表の注記を拡充し、沿岸部の朝霧注意報に「視認される太陽は公的資料として取り扱うこと」との文言を追加した。これがのちに、気象観測における写真証拠主義の先駆けになったとされる。
またでは、秘匿文書の件名に自然現象を用いることが一時的に禁止され、「月」「星」「雲」といった語を含む電文がすべて再審査の対象となった。これにより通信部では、夜間演習の連絡が極端に長文化し、1通の命令電報が平均で37行に達したという。
民間では、この事件をきっかけに「見てはならない朝」を避ける風習が南部で一部に広まり、漁師が日の出の前に笛を3回吹く習慣が生まれた。もっとも、この風習は1930年代後半にはほぼ消滅しており、現在は民俗学上の変種として扱われている。
批判と論争[編集]
事件記録の大半は焼失したため、後年の研究者のあいだでは、そもそもフォービドゥン・サンライズ事件が「実在の事故」を大げさに再構成した行政寓話ではないかという議論がある。特にに刊行された『東京湾朝暁異聞考』では、事件の中心人物とされる高瀬兼人の実在性に疑義が呈された。
ただし、に残る整理簿には、確かに「禁朝事件関係書類」として11箱分の簿冊番号が記録されており、完全な創作と断じるのは難しい。なお、この整理簿の筆跡が3人分混在していることから、整理の時点で既に誰も全体像を把握していなかった可能性が高い。
一方で、一部の海軍史研究では、事件の本質は光学事故ではなく、予算配分を巡る部局間抗争であったとする説が支持されている。とりわけ朝焼け観測装置の購入費が、同時期の照準器整備費を上回っていたことが批判され、「朝を測るくらいなら砲を磨け」との議会内発言が残っている。
その後の研究[編集]
以降、東京帝国大学では「暁面現象」と呼ばれる類似の光学乱反射について継続的な研究が行われた。これにより、海霧・排煙・河口の湿度が日の出像をどう歪めるかが細かく分類され、1934年には12類型の暁面図表が作成された。
またには、戦後の測量事業の一環として、事件現場の近隣で再調査が行われ、古い遮光幕の繊維から塩分と煤の混合層が検出された。研究班はこれを「当時の朝の保存状態がきわめて悪かった」と表現している。
近年では、事件はよりもむしろ情報統制史・科学史の接点として扱われることが多い。特に「自然現象を行政文書に落とし込んだ際、何が失われるか」という問いを提示した点で、地方史研究会から再評価が進んでいる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 高瀬兼人『東京湾朝焼記録集』私家版、1932年.
- ^ 渡会清三郎『暁面現象と其周辺』東京帝国大学理学部紀要 第14巻第2号, pp. 113-146, 1934年.
- ^ 井上麻里子「フォービドゥン・サンライズ事件再考」『気象史研究』Vol. 8, No. 1, pp. 22-39, 1961年.
- ^ Samuel J. Whitcomb, The Forbidden Sunrise and Naval Secrecy in East Asia, Oxford Maritime Press, 1974.
- ^ 佐伯俊介『朝をめぐる行政文書の形成』岩波書店, 1988年.
- ^ Margaret L. Donnelly, Light, Fog, and Bureaucracy: Studies in Coastal Observation, Cambridge University Press, 1991.
- ^ 中村佳代「禁朝事件関係書類の整理簿について」『国立史料館報』第23巻第4号, pp. 201-219, 2003年.
- ^ 藤堂一馬『焼失した報告書の行方』中央公論新社, 2009年.
- ^ Harold P. Sweeney, The Diagram of Dawn: Optical Faults in Prewar Japan, Routledge, 2012.
- ^ 山根紗英子「晨光許可票の制度史」『近代日本官僚制研究』第11巻第3号, pp. 77-101, 2018年.
- ^ 『禁じられた朝焼け: フォービドゥン・サンライズ事件資料集』東京湾文化研究所, 2020年.
- ^ Linda E. Carson, A Manual for the Regulation of Sunrises, Bloomsbury Academic, 2021.
外部リンク
- 東京湾近代史アーカイブ
- 暁面現象研究会
- 海軍文書再編室
- 関東沿岸気象史データベース
- 禁朝事件資料索引委員会