ホモイルカ
| 名称 | ホモイルカ |
|---|---|
| 別名 | 同調イルカ、唱和種イルカ |
| 分類 | 群泳性海棲哺乳類の一類型 |
| 命名者 | 渡辺精一郎(1898年説) |
| 初出 | 1903年ごろ |
| 主な分布 | 相模湾、紀伊水道、鹿児島湾 |
| 研究機関 | 東京帝国大学理学部海洋動物学講座 |
| 特徴 | 反復発声、左右対称泳法、集団同期回転 |
| 文化的影響 | 昭和期の民俗学、初期テレビ番組、海洋観光 |
ホモイルカとは、のうち、群れ内での同調行動と鳴音模倣に極端な適応を示したを指す俗称である。もともとは末期の沿岸採集家によって仮称された分類語であり、その後系の海棲哺乳類研究に取り込まれたとされる[1]。
概要[編集]
ホモイルカは、の近代海洋学史においてしばしば取り上げられる、きわめて同調的な行動様式を示すイルカ群の総称である。特に、群れの一個体が発した鳴音を数秒以内に他個体が反復する現象が「同唱」と呼ばれ、これが種としての識別基準になったとされる[1]。
名称の「ホモ」はの接頭辞ではなく、当初はで活動していた通詞のが「同じ声で泳ぐもの」を略記したものという説が有力である。ただし、後年になって学術用語めいた響きを持つため、研究者らが意図的に再解釈したとの指摘もある[2]。
成立の経緯[編集]
この概念は、にで行われた沿岸調査の記録に端を発するとされる。調査隊を率いたは、ある群れのイルカが船の汽笛に対して一斉に回転し、しかも三度同じ向きで跳び上がったことを「過剰な協調性」と記し、便宜上ホモイルカ群と記録した[3]。
翌、の紀要に掲載された小論では、ホモイルカは「単なる生態的変異ではなく、共同体的な学習によって形成された行動相」であると説明された。なお、この論文には観測水深が17メートルであったにもかかわらず、脚注で「潮位差により実質的には41メートルに等しい」とする不可解な補足があり、後世の研究者を悩ませた[4]。
歴史[編集]
明治から大正まで[編集]
後期には、ホモイルカは学術用語というより見世物的な話題として広まった。の海産物展では、地元漁師が録音筒で拾った鳴音を再生しながら「同じ声を返す魚ではない、同じ声を作る獣である」と説明したと伝えられる[5]。
にはの水路部が、軍港周辺での艦隊騒音に対する反応を調べる目的で観測を行ったが、結果報告書では「個体数14、うち積極同調9、消極同調3、その他2」と分類されていた。この分類法は統計的に恣意的である一方、なぜか当時の新聞では高く評価された。
昭和期の再編[編集]
10年代になると、ホモイルカはの真珠養殖地帯で再発見され、養殖筏の下に長時間とどまる個体群が「筏下定住型」として別扱いになった。地元では、朝に同じ方向へ泳ぐと海が穏やかになるという迷信が生まれ、観光案内にも小さく記載された[6]。
戦後はの自然番組で取り上げられたことから一般認知が進み、1964年の特集では、研究者がホモイルカに笛で号令をかけたところ、1分32秒後に9頭が同じ旋回を行った場面が放送された。ただし、この映像は編集点が多く、現在では「実験というより演出に近い」とされている。
現代の扱い[編集]
以降、ホモイルカは海洋生物学の正規分類からはほぼ外れたが、行動生態学と文化人類学の境界領域で再評価が進んだ。の観測例では、同一群が3日連続でまったく同じ順番で跳躍し、その並びが人の五線譜に似るとして音楽学者まで巻き込まれた[7]。
一方で、インターネット上では「ホモイルカは人間の合唱習慣に近い」とする説が広まり、ある匿名掲示板ではイルカの群れを「水中の合唱団」と呼ぶ投稿が大量に生成された。これにより、学術記事より先にミームとして定着した時期がある。
特徴[編集]
ホモイルカの最も著しい特徴は、鳴音の模倣速度が異常に速いことである。観測記録によれば、標準的な反応遅延は2.8秒から4.1秒で、幼体では1.7秒にまで短縮された例があるという[8]。
また、群れの中で一頭が方向転換すると、周囲の個体がほぼ同時に角度を揃える傾向があり、これをの研究班は「水平協定旋回」と呼んだ。もっとも、同研究班の別報告では、単に潮流が一定だった可能性も否定されていない。
社会的影響[編集]
ホモイルカは漁業現場にも一定の影響を与えた。とりわけの一部漁村では、ホモイルカの群れが現れると定置網の張り方を変える慣習が生まれ、年に4回の「同調期」には網元同士が事前に相談することがあった[9]。
また、教育分野では、の自然教材において「みんなで同じことをする動物」として紹介され、子ども向け図鑑の余白に「人間も見習うべし」と書かれていた版が確認されている。これが道徳教材なのか動物学なのかは、当時から曖昧であった。
文化面では、放送の特撮番組に「ホモイルカの歌」が挿入歌として使われ、視聴者からは「妙に覚えやすい」と評価された。なお、この曲は本来イルカの鳴音を模しただけであるが、後年のカラオケ機器ではなぜか合唱曲に分類された。
批判と論争[編集]
ホモイルカ概念に対しては、当初から「単なる行動差を独立種のように扱っている」という批判があった。の海洋動物学者・は、ホモイルカは統計的に有意な群れ行動の偏りにすぎず、名称だけが先行したと述べている[10]。
一方で、支持派は「命名が先行したからこそ、観測が集まった」と反論した。実際、の再調査では、観測対象17群のうち11群が何らかの同調回転を示したが、残り6群については観測者の気分が結果に影響した可能性があるとされている。
なお、と付されることの多い記述として、ホモイルカの個体には人間の合唱を聞くと睡眠に入る傾向があるという話があるが、これはの民間観察会の報告以外に裏付けが乏しい。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『相模湾沿岸生物調査報告 第一輯』東京帝国大学理学部紀要, 1903年, pp. 14-29.
- ^ 本間茂『海鳴りと同唱種の民俗的記録』横浜港湾史料研究会, 1908年, pp. 3-17.
- ^ 長谷川澄子「ホモイルカ群の行動同調に関する再検討」『海洋動物学雑誌』Vol. 12, No. 4, 1962年, pp. 201-219.
- ^ H. A. Thornton, "Synchronized Vocal Mimicry in Coastal Cetaceans," Journal of Maritime Zoology, Vol. 8, No. 2, 1971, pp. 88-104.
- ^ 三宅良平『真珠筏下の海棲哺乳類』南方新社, 1976年, pp. 41-66.
- ^ 国立海洋観測局 編『日本沿岸同調動物図譜』海洋出版協会, 1984年, pp. 92-115.
- ^ 牧野多恵子「テレビ特集におけるホモイルカ像の形成」『放送文化研究』第9巻第1号, 1991年, pp. 55-73.
- ^ S. Williams, "The Curious Case of Homo-Dolphins," Proceedings of the Pacific Zoological Society, Vol. 19, No. 3, 2005, pp. 133-149.
- ^ 中村節子『水中合唱団の社会史』岩波海洋選書, 2012年, pp. 7-31.
- ^ 井上和彦「ホモイルカ再考――潮流と編集点」『生態映像学』第3巻第2号, 2018年, pp. 11-28.
- ^ 河合英里『イルカが三度回るとき』青潮社, 2021年, pp. 101-126.
外部リンク
- 日本海棲同調動物学会
- 相模湾海洋史料アーカイブ
- 港区自然誌デジタルコレクション
- 水中合唱研究フォーラム
- 昭和自然番組資料室