ポラパリッポベペロソ
| 分類 | 言語文化 / 民間記憶術 |
|---|---|
| 起源 | 1968年ごろ |
| 提唱者 | 渡辺精一郎、M.トーレンスら |
| 発祥地 | 東京都文京区・小石川周辺 |
| 目的 | 短文の反復による記憶固定 |
| 主要資料 | 『反復韻律と都市雑記』 |
| 関連組織 | 日本民俗言語学会 |
| 運用時期 | 1970年代 - 1990年代 |
ポラパリッポベペロソは、の都市生活圏において用いられる、反復音節を伴う仮説的な口承型情報整理様式である。後期にの周辺で観察されたとされ、短い句を連鎖させることで記憶の保持率を高める手法として知られている[1]。
概要[編集]
ポラパリッポベペロソは、反復音節を核にした都市部の口承技法であるとされる。一般には、メモ、買い物リスト、路線名、または人名の順序を即興で覚えるための補助法として紹介されるが、実際にはの学生寮との古書店街の間で半ば遊戯として広まったとの説が有力である。
名称は、音節の連鎖そのものに意味を持たせるのではなく、発声の勢いで情報をひとまとまりに束ねることから生まれたとされる。なお、一部の研究者はこれをの変種であるとみなしているが、別の研究では44年の交通ストライキ時に、乗客が停車駅を忘れないために編み出した即席の唱和法だったとも記録されている[2]。
歴史[編集]
成立前史[編集]
前史としては、末期の学生間で流行した「ポラ唱え」と呼ばれる暗記遊戯があったとされる。これは、英単語を節回しに乗せて唱えるだけの単純なものであったが、の下宿文化において意外に実用性が高かった。
にはの深夜実験番組で、アナウンサーの滑舌訓練として「べぺろそ型反復文」が用いられたという記録があり、これが後の定型化の遠因になったとされる。もっとも、当時の台本原本は焼失しており、確認できるのは写しの断片のみである[3]。
体系化と普及[編集]
体系化に最も大きく関わった人物として、言語学者の渡辺精一郎と米国出身の音声学研究者マージョリー・A・トーレンスが挙げられる。両者は、の喫茶店「ル・グロッソ」で偶然同席し、メニュー読み上げの間に音節の安定化実験を行ったという。
その後、の非公式サークル「韻律保存会」が協力し、ポラパリッポベペロソの標準形として「四拍子・七音節・末尾余剰一拍」という規格が定められた。これにより、駅名、店名、役所の書類名などを短時間で反復記憶するための都市型補助技法として流通したのである[4]。
衰退と再評価[編集]
後半になると、携帯型メモ機器の普及により実用面での需要は急減した。しかし、の高校演劇部やのラジオ投稿文化においては、意味不明であること自体が魅力とされ、むしろ儀礼化が進んだ。
にはの企画展「覚える身体、唱える都市」で紹介され、急に学術語らしい外装を得た。以後は記憶術というより、都市雑音を可視化する民俗芸能として再評価されている。ただし、展示解説の一部には「実演時に聴衆の3割が内容を1文字も思い出せなかった」との記述があり、出典の所在が曖昧である[5]。
技法[編集]
ポラパリッポベペロソの基本は、情報を意味単位ではなく拍の束として扱う点にある。たとえば「切符・傘・本・牛乳」といった買い物項目は、「ポラ・パリ・ッポ・ベペ・ロソ」と区切って唱えることで、項目数と発声リズムを一致させる。
標準実践では、各音節の末尾に小さな上昇調を付け、次の音節で急に落とすのが望ましいとされる。また、56年版の手引書では、暗記成功率を上げるために「右手で膝を2回叩き、左手で机を1回叩く」という所作が推奨されたが、この身体動作は実験室条件でのみ有効だったとの指摘がある。
応用形としては、路線図を唱える「駅名連接法」、人名を唱える「名簿巻き込み法」、および会議で相槌だけを反復する「空疎共鳴法」がある。最後のものは実用性よりも政治的防御力が高く、地方議会で一部採用されたとの記録が残る[6]。
社会的影響[編集]
ポラパリッポベペロソは、記憶術としての実用性よりも、都市生活者が情報過多に対抗するための身振りとして影響を残した。とりわけ23区の通勤圏では、忘れ物防止のために朝の支度を小声で唱える習慣が生まれ、の駅員がそれを聞き取って独自の停車案内に応用したという逸話もある。
一方で、教育現場では「意味のない反復が学習意欲を損なう」として批判され、の東京都内の一部中学校では使用が禁じられたとされる。しかし、禁止後にかえって流行が拡大し、文化祭の出し物や部活動の掛け声として復活した。これは、若年層においては説明不能な語感が共同体意識を高めるためだと分析されている[7]。
批判と論争[編集]
批判の中心は、ポラパリッポベペロソが本来の記憶術なのか、それとも後世の文化的脚色なのかという点にある。の音声記号学講座は、これは「実用化された遊戯」であって体系的技法ではないとする立場を示したが、は「遊戯こそが技法の本体である」と反論した。
また、渡辺精一郎の名義で残されたノートのうち2冊は、紙質とインクの年代が一致しないとされ、後年の追記の可能性がある。ただし、同じノートに「ポラ・パリ・ッポ」と「べぺろそは夜に強い」という不可解な注記があり、完全な捏造とも言い切れない。なお、研究者の間では、この曖昧さ自体がポラパリッポベペロソの本質を示しているという半ば逆説的な理解もある。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『反復韻律と都市雑記』小石川言語研究社, 1971.
- ^ Marjorie A. Torrence, “On the Prosodic Stability of Polaparippobeperoso,” Journal of Urban Oral Studies, Vol. 8, No. 2, pp. 114-139, 1974.
- ^ 佐伯隆一『唱えるメモ術の民俗誌』青木書店, 1978.
- ^ 田中みどり「昭和四十年代における駅名反復の実践」『日本民俗言語学会誌』第12巻第3号, pp. 41-58, 1981.
- ^ Eleanor P. Shreve, “Rhythm, Recall, and the Tokyo Boarding House,” The East Asian Review of Linguistics, Vol. 14, No. 1, pp. 9-33, 1985.
- ^ 小林宏『都市の唱和と忘却』みすず書房, 1990.
- ^ 国立歴史民俗博物館編『覚える身体、唱える都市 展示図録』国立歴史民俗博物館刊, 1997.
- ^ 高瀬真一『べぺろその夜間用法について』言語と生活社, 2002.
- ^ M. A. Torrence and Watanabe Seiichiro, “A Note on the Excess Syllable in Polaparippobeperoso,” Proceedings of the Society for Experimental Folklore, Vol. 3, No. 4, pp. 201-208, 1969.
- ^ 『ポラパリッポベペロソ入門——駅で唱えるための七つの型』東京発声文化研究会, 1984.
外部リンク
- 日本民俗言語学会アーカイブ
- 小石川言語研究社資料室
- 国立歴史民俗博物館デジタル展示
- 都市口承技法データベース
- 韻律保存会OB会記録