ミクロワーム・マフティウム
| 分類 | 人工培養系 / 都市衛生技術 / 準生物素材 |
|---|---|
| 初出 | 1948年ごろ |
| 発見地 | 神奈川県横浜市中区・旧港湾倉庫群 |
| 命名者 | 石沢 兼吉、マーガレット・L・ソーントン |
| 主要用途 | 微細配管の閉塞防止、穀倉害虫の誘引分散 |
| 代表的培地 | 麦芽粕、塩化亜鉛、黒曜片粉末 |
| 公的登録 | 1973年の準衛生資材台帳に収載 |
| 通称 | マフティウム、黒糸虫 |
| 廃止措置 | 1991年の都市培養安全基準改正で一部規制 |
ミクロワーム・マフティウムは、極小の線状菌状生体を磁気繊維で束ね、微細な温湿度差に応じて移動を制御するための人工培養系である。にの旧港湾倉庫で偶然確認されたとされ、のちに系の実験衛生部門で研究対象となった[1]。
概要[編集]
ミクロワーム・マフティウムは、見かけ上はに類する微小生体であるが、実際にはを含む糸状集合体として管理されることが多い。もともとはの倉庫害虫対策で注目されたが、都市部の下水流速調整、微小亀裂の封止、さらには古書修復の湿度安定材としても転用された。
その名の由来は、英語圏の技術者が用いた "micro worm mat" と、地方の交易名を無理に接合したものであるとされる。ただし、1970年代の文書ではすでに "maftium" が元素名のように記されており、命名経緯にはいまだ異説が多い[2]。
歴史[編集]
港湾倉庫での偶発的生成[編集]
最初の記録は夏、近くの麦芽倉庫で起きた結露事故に遡る。倉庫番の石沢兼吉が、雨漏りした木箱の内側に黒い糸状の群体を見つけ、害虫として焼却しようとしたところ、群体が溶液を避けるように壁面へ移動したという。石沢はこれを単なる虫の集まりとは考えず、近くのへ持ち込んだが、当初は「湿潤藻の誤認」と処理されたとされる[3]。
しかし、同年11月に倉庫周辺での活動が妙に減少したことが報告され、衛生試験所の研究員だったマーガレット・L・ソーントンが再調査を行った。彼女は顕微鏡下で、群体内部に数値的な間隔を保って配列する黒曜片粉末を確認し、これを「自己組織化した防御繊維」と記述した。なお、このとき提出された観察ノートの一部は、後年の学会誌で「大半が詩文のようである」と評された。
国策研究への編入[編集]
、との合同会議で、ミクロワーム・マフティウムは「都市衛生資材第4類・準生体区分」に分類された。これは当時急増していた穀倉被害と下水詰まりを、同一の技術で解決できるとする極めて楽観的な見通しに基づくものである。
の旧陸軍倉庫を転用した試験施設では、1平方メートルあたり約1,240体の群体を敷設したところ、配管内部の腐食進行が18か月遅延したとの報告が残る。一方で、昼夜の温度差が7度を超えると群体が一斉に上方へ吸い寄せられ、天井裏に黒い帯状痕を残す問題が頻発した。これが「天井が鳴く」と呼ばれた都市伝説の起源であるともいわれる[4]。
民間利用と流通の拡大[編集]
に入ると、の修繕業者やの古書店が独自に利用を始め、ミクロワーム・マフティウムは半ば民間信仰のような扱いを受けるようになった。特に古書修復では、湿度の高い夏場に紙背へ薄く塗布すると、紙繊維の膨張が均一化されるとして重宝された。
ただし、同時期に「一晩で六畳間の隅に黒い花模様が咲く」といった副作用が各地で報告され、が「未登録培養体の流通」に関する注意喚起を出している。もっとも、注意喚起文の末尾に「極めて稀である」と小さく書かれていたことから、かえって商人たちの宣伝文句として利用された。
性質と構造[編集]
ミクロワーム・マフティウムの群体は、肉眼では黒い粉塵状にしか見えないが、拡大すると内部に輪状の空隙が連続しており、これがに応答して伸縮する。研究者はこれを「擬似神経節」と呼び、1968年の農学部紀要では、1群体につき平均23.4個の応答節があると記録された[5]。
また、塩分濃度が0.8%を超えると活動が鈍り、逆に微弱な電磁ノイズのある場所では密度が増すことが知られている。このための変電施設やの空調ダクト周辺で繁殖しやすいとされ、都市伝説では「紙と電気の匂いを好む」と語られる。ただし、好むのは匂いそのものではなく、紙粉に含まれる微量の糖成分であるという説が有力である。
応用と社会的影響[編集]
都市衛生への応用[編集]
にはの試験導入により、細径管の閉塞事故が年間約14%減少したとされる。特に豪雨時に、マフティウム群体が細かな沈殿物を絡め取り、流路を一時的に拡張する現象が注目された。
一方で、群体が古いの隙間から地上へ滲み出し、夜間に歩道の縁石が黒く濡れたように見える事件が相次いだため、区民の間では「雨の後にだけ出る小さな修道士」と呼ばれた。区役所はこれを否定したが、昭和50年代の広報誌には、なぜか説明図がやけに詳しく掲載されている。
農業・倉庫管理への応用[編集]
穀倉地帯では、ミクロワーム・マフティウムが穀象虫の幼虫に似た匂いを放つことを利用し、害虫を誘導する「囮床」として使われた。の農業試験場では、わずか3.2グラムの培養体で約18平方メートルの誘引効果があったと報告されている。
ただし、収穫後の倉庫に置いたところ、麦袋の縫い目に沿って群体が増殖し、袋が黒い糸で縫い直されたような状態になった事例がある。これにより一部の農家では「収量は増えないが、袋だけ強くなる」と揶揄された。
文化的受容[編集]
にはの小規模出版社が『マフティウム飼育法入門』を刊行し、同書は倉庫業者だけでなく、手芸愛好家や盆栽愛好家にも読まれた。特に「夜明け前の群体は最も従順である」という一文は、後年ネット上で独り歩きしたとされる。
また、では、マフティウムを鍋底の焦げ付き防止に転用する民間療法が広まり、料理番組で取り上げられかけたことがある。しかし放送直前に局内の編集設備が黒い粉で満たされたため、企画は差し替えられた。これが原因で、同番組の元ディレクターが「最も優秀な未放送企画であった」と回想している。
批判と論争[編集]
ミクロワーム・マフティウムは、便利な一方で「生体か資材か」の境界が曖昧である点が長く批判されてきた。の委員会では、飼育者が適切な許可を持たないまま公共施設へ散布した事例が取り上げられ、衛生資材としての格付けが揺らいだ。
さらに、1960年代後半から1970年代初頭にかけて、輸送箱の中で群体が分裂し、宛先ごとに微妙に挙動の異なる「地域株」が生じたことも問題となった。研究者の間では、これが株は寒冷に強く、株は電磁ノイズに敏感であるという説を生んだが、系統樹の多くは後年の編集でかなり手直しされたとみられている[6]。
なお、1984年の学会では「マフティウムは社会が必要とした機能をたまたま最も不気味な形で満たしただけである」とする発表がなされ、会場が三秒ほど静まり返ったのち、拍手が起きたと記録されている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 石沢兼吉『港湾倉庫における黒糸状群体の観察』横浜衛生試験所報告, 第12巻第3号, 1949, pp. 41-58.
- ^ Margaret L. Thornton, "On the Hygroscopic Drift of Microworm Maftium", Journal of Urban Microbiology, Vol. 7, No. 2, 1953, pp. 113-129.
- ^ 高瀬誠一『準生体資材の分類と行政処理』中央法規出版, 1961.
- ^ 小松原絢子『下水管内における微細群体の移動特性』東京大学農学部紀要, 第18巻第1号, 1968, pp. 9-36.
- ^ Henry P. Ellison, "The Maftium Question in Postwar Logistics", Proceedings of the Institute for Civic Materials, Vol. 14, 1971, pp. 201-219.
- ^ 『都市衛生資材台帳 昭和48年度版』厚生資料協会, 1973.
- ^ 佐伯みどり『古書修復と湿度制御素材の民間流通』港湾文化研究, 第4巻第2号, 1979, pp. 77-94.
- ^ 渡辺精一郎『マフティウム飼育法入門注解』川崎地方出版会, 1980.
- ^ Patricia N. Walsh, "Electromagnetic Preference in Semi-Living Fibers", Review of Applied Biotic Engineering, Vol. 9, No. 4, 1982, pp. 55-71.
- ^ 『都市下水と準生体の安全基準』日本環境技術協会, 1991.
- ^ 金森春彦『マフティウム地域株の系統樹再検討』生体素材学雑誌, 第22巻第5号, 1994, pp. 301-318.
外部リンク
- 日本準生体資材学会
- 港湾衛生史アーカイブ
- 横浜旧倉庫群資料室
- 都市下水工学仮想研究センター
- マフティウム民間収集家連盟