ミルグラム
| 分類 | 社会心理学、実験手法、行動測定 |
|---|---|
| 提唱者 | スタンリー・ミルグラム |
| 提唱年代 | 1908年頃に原型、1950年代に再整理 |
| 主な研究拠点 | イェール大学、ニューヨーク市、ケンブリッジ |
| 関連装置 | 命令電圧計、反応確認板、傍観者記録紙 |
| 用途 | 服従行動の定量化、組織内意思決定の補助 |
| 影響 | 教育行政、軍事訓練、広告倫理の再編 |
| 別名 | ミルグラム式服従測定法 |
ミルグラム(Milgram)は、19世紀末ので発達した「間接指示応答理論」を応用した社会心理学上の実験系統である。のちにで体系化され、命令の正当性と服従閾値の関係を測定する手法として広く知られるようになった[1]。
概要[編集]
ミルグラムは、命令を受けた被験者がどの程度まで指示に従うかを測定するための理論および実験形式の総称である。のとの境界領域から生まれたとされ、当初はの現場で用いられていた。
一般にはで行われた一連の研究が知られているが、学説史上は、の電気工学者がに考案した「命令負荷試験」が原型であるとされる。この原型はのちにの研究者らによって心理学化され、服従と責任移転の関係を示す概念へと拡張された[2]。
歴史[編集]
起源と初期の理論化[編集]
最初期のミルグラムは、の鉄道信号技師が、誤指示に従った作業員の反応時間を調べた記録に由来するとされる。これがにのによって「服従閾値」という語で整理され、命令が強制であるほど応答が速くなるという仮説が立てられた。
なお、当時の記録帳には「被験者の7割が、上役の咳払いだけでボタンを押した」とあるが、後年の調査では咳払いの半数が録音テープだったことが判明している[3]。
イェール期の標準化[編集]
、はの地下実験室において、黒板と真空管式の反応計を組み合わせた標準装置を完成させたとされる。彼は被験者に「相手の学習速度を補正する」作業だと説明し、実際には命令文の語尾変化による服従率の差を測定した。
このとき用いられた電圧段階は15段からなり、最終段のラベルのみが手書きで「かなりまずい」と書き換えられていたことが、の倉庫整理で見つかっている。この書き込みが研究倫理委員会を刺激し、のちのの整備に繋がったという説がある。
社会実装と拡大解釈[編集]
後半になると、ミルグラムはやに転用され、上司の命令がどの程度で現場判断を覆すかを測る指標として使われた。のでは、制作責任者の意向で照明技術者の残業許容度を測るための簡易版が導入され、これが後にテレビ制作現場の労務指針を変えたとされる。
一方で、の紙面では「服従を測るのではなく、服従を作る装置ではないか」との批判が掲載され、ミルグラム式の調査は道徳的な警戒対象にもなった。もっとも、同紙の投書欄には「会議での沈黙率が下がった」と肯定的な意見も多く、評価は一枚岩ではなかった。
理論[編集]
服従閾値[編集]
ミルグラム理論の中心概念は服従閾値であり、これは命令の強度、発信者の権威、被験者の自尊感情の3要素で決まるとされる。閾値は単位で測定され、0.48を超えると「拒否に要助言」の領域に入るとされた。
この数値体系は一見精密であるが、元データの一部がのキャリッジ戻し回数から逆算されていたことが後年判明し、統計学者の間で密かな議論を呼んだ。
責任移転モデル[編集]
もう一つの柱は責任移転モデルである。これは、命令を受ける側が「自分で決めたわけではない」と感じるほど従順になるという理論で、やの分析に応用された。
の掲載論文では、役職名の長さが1語増えるごとに責任移転係数が平均0.07上昇すると報告され、以後、欧米の一部企業では肩書の短縮が流行したとされる[4]。
実験手順[編集]
標準的なミルグラム実験では、被験者は「問題のある学習者」に対し、誤答ごとに刺激を与える役割を担うと説明される。実際にはの別室に配置された俳優が、あらかじめ録音された70種類の反応音を順番に再生していた。
実験は通常42分から55分で終了し、途中で被験者がためらった場合には、白衣の実験助手が4段階の定型句を提示した。最終段階の文言「続けていただけますか、これは記録の都合です」は、後に数多くの翻案を生み、の定型句としても利用されたという。
なお、装置の木箱には毎回異なるメーカー名が貼られていたが、これは被験者の警戒心を下げるためではなく、技術者が在庫管理を怠ったためであるとされる。
社会的影響[編集]
ミルグラムはにとどまらず、、、にまで影響した。特にでは、40年代後半に企業研修として導入され、会議で発言しない新人の傾向を分析する「沈黙係数」が流行した。
また、の一部自治体では、避難勧告への応答率を上げるために、町内放送の文末を疑問形にしないという運用が採用された。これがミルグラム理論の「命令形式の短文化」仮説に合致するとされ、のちに防災マニュアルの語尾規定に影響した[5]。
批判と論争[編集]
ミルグラム研究は、被験者に心理的負荷を与えるとしてたびたび批判された。特にの年次大会では、被験者が「後味の悪さ」を訴えた事例が報告され、実験の再現条件について激しい議論が行われた。
一方で、支持者は「現実の組織はもっと不透明であり、実験はむしろ穏当である」と反論した。なお、討論の終盤で司会者が誤って実験室のチャイムを鳴らし、会場の半数が発言をやめたという逸話が残っている。
派生概念[編集]
ミルグラムからは、いくつかの派生概念が生まれた。たとえばは命令への反応が急激に変化する境界を示す用語で、のノルマ設計に用いられた。
または、権威ある人物があえて曖昧な指示を出すことで、被験者が自発的に過剰適応する現象を指す。これはのコンサルティング業界で好まれたが、説明が長すぎて現場でほとんど使われなかったとされる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ Stanley Milgram『Studies in Indirect Command Response』Yale University Press, 1959.
- ^ オットー・ミルグラム『Signal and Obedience in Technical Systems』Deutscher Verlag für Psychologie, 1911.
- ^ Richard Vollmer『Zur Schwelle des Gehorsams』Zeitschrift für Experimentalpsychologie, Vol. 18, No. 3, 1913.
- ^ Stanley Milgram『Obedience Architecture and Public Conduct』Harvard Behavioral Studies, Vol. 4, No. 2, pp. 41-88, 1962.
- ^ 真島 恒一『服従閾値の測定とその応用』東京行動科学出版, 1970.
- ^ Margaret L. Haines『Responsibility Transfer in Bureaucratic Settings』Oxford Social Science Series, 1978.
- ^ 白石 正彦『ミルグラム実験の再構成と倫理問題』心理学評論, 第29巻第4号, pp. 201-229, 1981.
- ^ Jean-Paul Evrard『Le Bureau et la Voix de l'Autorité』Presses de la Sorbonne, 1984.
- ^ 安藤 由紀『命令文の語尾と沈黙係数』労務研究, 第12巻第1号, pp. 5-19, 1990.
- ^ Katherine R. Bell『The Curious Case of the “Quite Bad” Dial』Journal of Applied Obedience, Vol. 7, No. 1, pp. 1-17, 2001.
外部リンク
- ミルグラム研究資料館
- 国際服従測定学会
- イェール行動実験アーカイブ
- 命令応答史データベース
- 社会心理学年表オンライン