メノメンホームル
| 名称 | メノメンホームル |
|---|---|
| 別名 | 眼目封留、門外札式封緘 |
| 分類 | 発酵監視技法 |
| 起源 | 江戸後期にの醤油蔵で成立したとされる |
| 主要普及地 | |
| 提唱者 | 渡辺精一郎、Eleanor V. Holcomb ほか |
| 標準化年 | |
| 廃止年 | 頃 |
| 関連機関 | 日本発酵管理協会 |
メノメンホームルは、ので用いられていたとされる、発酵の進行を目視と触診で判定するための古典的な封印技法である。のちにの乳製品工場群で再解釈され、現在では食品工学史における「半可視化管理」の代表例として知られている[1]。
概要[編集]
メノメンホームルは、樽や甕の外周に短冊状の札を貼り、その札の裂け方・湿り方・にじみ方によって内部の発酵圧を読む技法であるとされる。表向きは単なる封緘法に見えるが、実際には職人が半月ごとに行う観察儀礼を制度化したものとされ、末期にはの試験報告にも断片的な記載がある[2]。
この技法が特異なのは、単に「封じる」ことを目的とせず、封印そのものを診断装置として扱った点にある。札に使われた糊は産の米粉との昆布灰を混ぜたもので、温度がを超えると淡い青白色に変色するよう調合されていたという。なお、当時の記録ではこの変色を「門が鳴る」と呼んだが、どの門なのかは今なお不明である[3]。
一般にはの工業化で消滅したと説明されるが、実際にはの一部食品研究所でまで使われていたという証言がある。もっとも、その証言の多くは退職した技師の回想録に依拠しており、日付の整合性にはやや難がある。
起源[編集]
蔵元伝承[編集]
起源譚として最も有名なのは、にの酒造家・が、発酵桶の蓋を開けずに状態を知るため、帳場の小僧に「目で見て、目で閉じよ」と命じたのが始まりとする説である。これが訛って「めのめん」と呼ばれ、のちに門札の留め具を意味する「ホームル」が付されたとされる[4]。
一方で、の蔵役所文書には、すでに頃「目ノ面封ル」なる記載があり、こちらが原形ではないかとの指摘もある。ただし文書の筆跡が四種類混在しており、同一人物によるものかは不明である。
制度化と命名[編集]
命名の確立には、出身の工学者・と、に来日した米国人衛生技師が関わったとされる。両者は、の倉庫群で湿度変化と札の破断率の相関を調べ、これを「Menomenhomle Principle」と英訳したという[5]。
この英訳は、当時の翻訳官が「menomen」を「眼目」、「homle」を「封留」の音写と誤解したことに由来するともいわれる。なお、Thornton女史は後年、報告書の余白に「日本の倉庫では観察よりも札が主役になる」と書き残したとされ、研究史ではしばしば引用される。
構造と手順[編集]
メノメンホームルの基本手順は、まず樽口に三層の和紙を貼り、その上から麻紐を巻いて固定することである。次に、封緘札の左下に米粒大の穴を一つだけ残し、そこへ竹串を差し込んで内部の発泡音を確認する。このとき、音が「鈍く二度鳴る」場合は熟成途上、「乾いた三度鳴り」の場合は過熟と判定された[6]。
また、熟練者は札の角を指先で弾いて「戻り」を読む。記録によれば、の名匠・は一日にを判定できたが、そのうち実際に開封されたのはにすぎなかった。残りは「門がまだ考えている」として翌日に持ち越されたという。
普及と産業化[編集]
官庁採用[編集]
、外局の「発酵監理臨時委員会」は、みそ・しょうゆ・乳清の三分野においてメノメンホームルの簡易式を採用した。これにより、札の厚さを単位で統一し、地方工場でも同じ判定が得られるとされた[7]。
しかし実地では、の工場で採用された札がの湿度に耐えられず、出荷前に十数箱分が「自分で剥がれた」ため、統一規格はわずかで再改訂された。
学校教育への導入[編集]
戦後になると、の講義「食品保存材料学」で教材化され、学生は実習で木箱に貼られた模擬札の音を聴き分けた。合格基準はの打音試験中以上の正答であったが、実際には札の色を見ればほぼ答えが分かるため、試験の公正性に疑義が出たという[8]。
それでもなお、同講義はまで続き、受講者の中には「味噌の気持ちが分かった」と述べる者もいた。
社会的影響[編集]
メノメンホームルは、単なる保存技法に留まらず、地方共同体における「見守ること」の倫理を形づくったとされる。蔵元では、封札を確認する役目を担う者は「目守り」と呼ばれ、年少者でも一人前の扱いを受ける数少ない職務であった。これにより、の一部では、子どもが樽を指差して「まだ門は硬い」と言うと大人が黙って頷く習慣が生まれたという[9]。
一方で、効率化を重視するには「札に頼るのは非科学的である」との批判も強く、ステンレス製センサーの導入と引き換えに急速に姿を消した。もっとも、センサーの初期型はしばしば結露で誤作動し、現場では「結局、札のほうが静かでよい」との再評価が起きたともされる。
批判と論争[編集]
研究史上最大の論争は、メノメンホームルが本当に独立した技法だったのか、それとも複数の蔵で別々に行われていた慣習を後世が一つの名前にまとめただけなのか、という点にある。所蔵の調査票では、回答者のうちが「聞いたことがない」と答えており、伝播の広さ自体が疑われている[10]。
また、札の変色を利用した判定法については、試験条件を意図的に揃えた記録がほとんどなく、再現実験では成功率がからまで大きく揺れた。これを受けて一部の研究者は、メノメンホームルを技術というより「蔵元の合意形成装置」とみなすべきだと主張している。なお、の学会発表では、札の裏にあらかじめ「よきかな」と書いておくと判定がやや甘くなることが報告されたが、これは未だ検証中である。
現代における位置づけ[編集]
現在、メノメンホームルは実務技法としてはほぼ使われないが、やの文脈で再評価が進んでいる。特にの企画展「封じることの美学」では、再現樽とともに札の微細な繊維構造が展示され、来場者の一部が「なぜか落ち着く」と感想を残した。
また、内の一部の老舗では、節分前の清掃儀礼として簡略版の札を貼る風習が残るとされる。これについては観光振興のための創作ではないかという見方もあるが、現地の古老は「門は見られると育つ」とだけ答え、詳しくは語らない。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐藤久美子『封札と発酵圧の近代史』日本醸造学会誌 Vol. 41, No. 3, pp. 115-132, 1972.
- ^ 渡辺精一郎『メノメンホームル試論』東京帝国大学工学部紀要 第12巻第4号, pp. 201-248, 1909.
- ^ Margaret A. Thornton, 'Humidity Markers in Northern Storehouses,' Journal of Applied Fermentation, Vol. 8, No. 2, pp. 44-63, 1911.
- ^ 黒川善吉『樽札覚え書』新潟醸造協会出版部, 1958.
- ^ 高橋理恵『蔵の目と手—東北発酵文化の位相』岩波書店, 1994.
- ^ 農林省発酵監理臨時委員会『簡易封緘札規格案』官報資料 第7号, pp. 9-27, 1937.
- ^ James P. Elwood, 'The Menomenhomle Principle and Warehouse Semiotics,' Transactions of the East Asian Industrial Hygiene Society, Vol. 5, No. 1, pp. 1-19, 1928.
- ^ 宮沢芳江『目守り職の民俗学』青森文化叢書, 1981.
- ^ 国立科学博物館編『発酵具調査票集成』第2巻第1号, pp. 77-83, 1951.
- ^ 中村義弘『食品保存の儀礼的側面』農村経済評論, 第18巻第6号, pp. 301-320, 1966.
- ^ 田辺春樹『門が鳴るとき—封札研究の現在』東洋食品科学, Vol. 22, No. 4, pp. 9-15, 1989.
- ^ Eleanor V. Holcomb, 'A Curious Note on Japanese Sealing Rites,' Proceedings of the Pacific Preservation Conference, pp. 88-91, 1930.
外部リンク
- 日本発酵管理協会アーカイブ
- 東北蔵文化研究所
- 封札資料デジタル館
- 発酵工学年表データベース
- 門鳴り判定法保存会