メンダコの王様
| 分類 | 民俗・水産象徴(非公式) |
|---|---|
| 対象 | メンダコ(愛嬌の強い個体) |
| 主な伝承地 | 〜沿岸 |
| 成立時期(推定) | 初期(口承の集計は1960年代) |
| 関連組織 | ・各地の漁協女性部・民間研究会 |
| 象徴性 | 豊漁・交渉・安全操業の“縁起符” |
| 備考 | 実体は未確定とされるが、呼称は定着した |
メンダコの王様(めんだこのおうさま)は、の民俗水産観において「最も愛嬌の強い」個体を象徴するとされる存在である。漁師の冗談から始まったとされつつ、実際には系の調査報告書に“口承資料”として紛れ込んだことが確認されている[1]。
概要[編集]
は、の群れの中で「顔つきが他個体より一段“偉そう”」であると評される存在を指す呼称である。伝承では、王様は特定の海域に住む王ではなく、見つけた者の気分を“王様仕様”に変える現象として語られることが多い。
当初は漁の休憩中の言い回しにすぎなかったが、のちに観光業・学校教材・地域紙コラムへと波及したとされる。一部ではの前身機関が、沿岸の聞き取りを“捕獲効率とは無関係な嗜好情報”として整理していたとも説明される[2]。
また、王様をめぐる儀礼として「見つけた日付の下一桁で祝う」「胸びれに見立てた魚籠の縛り目を3点にする」など、実務から派生した作法が増えたとされる。ただし、作法の由来は地域ごとに異なるため、統一見解は得られていない。
この呼称が面白いのは、海の生物学的説明が前面に出ているのではなく、むしろ「交渉の言語化」に寄与した点である。漁の値決めや港の調整で、荒れた会話を一度“王様”で受け止めることで温度が下がった、という証言が複数の聞き取り記録に残っている[3]。
歴史[編集]
起源:伝説ではなく“報告書の余白”から始まる説[編集]
“王様”という表現は、末の漁具改良と関連づけられることがある。もっとも有名な説では、の測量補助員であったが、海底の凹凸を示すために描いたスケッチの端に「メンダコの頂点」を示す王冠の落書きを残したことが口承の始点とされる[4]。この落書きが、後に“見た目が偉い個体”へ転換されたと説明されている。
一方、別の系統では、初期に(のちに統合された任意団体)の小冊子へ「安全操業の縁起符」として言及が現れたことが契機とされる。この小冊子は、会員の感想を集計した付録の余白に書かれていたため、本文よりも印象が強く残ったとされる[5]。なお、王様を“生物の階級”とみなす解釈は早くから否定されており、「言葉の役割」に徹した運用が採られたとされる。
さらに、決定的とされる出来事として、1963年にの地域聴取担当が、沿岸の生活誌に掲載された“くだらないが重要な符牒”として「メンダコの王様」という項目名を一時的に採用したことが挙げられる。この記録は、統計表の欄外に紛れ、後年の整理で偶然発見されたと伝えられている[6]。このため、起源が“伝説”ではなく“官の余白”であった可能性が指摘されている。
発展:観光・教育・漁協交渉へ広がった過程[編集]
の一部の港では、王様が「初出漁の合図」として運用された。具体的には、初出漁の朝に、籠から出したメンダコの数を数え、王様候補の“口元が歪みがちな”ものを三匹まで選別してから海へ戻す、という手順が広まったとされる[7]。戻す理由は衛生面とされるが、実際には“戻すことで翌週の交渉に運が残る”という語りが先行したとされる。
教育面では、1970年代に沿岸高校の家庭科・水産基礎で「縁起語の分析」が導入された。この時期の授業記録では、王様の扱いが「感情の安全装置」になっていたと説明されている。生徒が“値引き”を要求する場面でも、王様の話題に入ると相手が笑い、交渉が長引きにくくなるという観察が書かれている[8]。
社会への影響としては、地域の協議会での発言のトーン調整が挙げられる。たとえばの漁協では、会議冒頭に「本日の海は王様のご機嫌、議案は控えめに」と言い回す慣行が導入された。実際の議事録には「控えめ」という語が15回以上登場するが、議案の内容が変わったわけではなく、発言の順番が変わったことが理由として記録されている[9]。
ただし、この拡大が“有名になりすぎた副作用”も生んだ。後述の批判と論争で述べるように、王様をめぐる期待が漁獲量の評価軸に誤って混入し、科学的指標が相対化される時期があった。
伝承と運用(現場の作法)[編集]
王様の見分け方は地域差が大きいが、共通して「口の形」や「見上げる角度」を根拠にする、とされる。たとえばでは、夜釣りの帰路に“水温計の表示が0.7℃上がったときだけ”王様認定を行うルールがあったとされる[10]。この数字は、地元の古い温度計の校正ズレをそのまま利用した“実務の宗教化”として語られており、最初に作った当人の名前は不明とされる。
また、王様を語るときの禁句として「捕まえた」「売った」が挙げられる。これらの語を使うと“王様の縁が落ちる”と信じられ、代替として「迎えた」「港へご案内した」が推奨されたとされる。実務的には、言語の選択で人間関係が柔らかくなる効果があったと説明されている。
儀礼の手順も細かく語られることがある。代表例として、王様候補を見つけたら、漁籠の結び目を「ちょうど3つ」に分け、最後の結びを“左から数えて7目”の位置で止める、というものがある[11]。さらに、王様が“聞こえる”とされる合図として、潮が引く瞬間にだけ一度だけ船外機を切る慣行があったとされるが、これについては本当に機械を止めたのか疑問視する声もある。
このように、メンダコの王様は生物学ではなく、地域の合意形成の仕組みとして運用されてきたとされる。なお、作法が守られない場合でも罰則は存在せず、“守られなかった日”に限って笑い話として処理される傾向があったと報告されている[12]。
作品・派生呼称[編集]
王様は地域の小商品にも転用され、の卸市場では「王様メンダコせんべい」なる菓子が1979年頃に登場したとされる。パッケージには“王冠に似た模様”が印刷され、原料の由来は明記されていないとされるが、当時の流通担当は「模様は味と無関係である」と真顔で述べたと記録されている[13]。
また、子ども向けには「王様ごっこ」に派生した。遊びのルールは、相手陣の“海藻旗”を奪うのではなく、王様の気分が上がるように“丁寧な言葉”を3回言えたら勝ち、という形にされた。結果として、勝敗が身体能力ではなく言語技能に寄ったため、教師側からは概ね好意的に受け止められたとされる[14]。
一部地域では、王様を“天気読み”にも用いた。たとえばでは「王様が見えた日は風が丸くなる」と表現され、実際に観測された風向の変化が統計的に有意だったかどうかは別として、“丸くなる”という語の共有が気象の話題を避難行動へ結びつけた、とする報告がある[15]。
さらに、研究者側でも派生概念としての存在が議論され、王様はその象徴例として引用されることが増えた。一方で、象徴が強すぎることで科学観測と混線しやすい、という指摘も併記される傾向がある。
批判と論争[編集]
王様伝承には、科学・行政の双方から「説明がつきにくい」という批判がある。特に、の聴取記録の扱いをめぐって、編集上の誤読があったのではないかという指摘が出た。すなわち、担当者が“聞き取りの分類ラベル”として書いた名称を、のちの編集で“実体の存在”として読み直した可能性である[16]。
また、観光化によって「王様を探すこと自体が目的化した」点が問題視された。漁師が漁に出る前から「王様がいるか」を話題にし、海の条件よりも個体探しが優先されるケースが報告されている[17]。この結果、資源管理上の議論が遅れ、当時の港では「王様の見つけ方講座」が「禁漁の理由説明」を押しのけた時期があったとされる。
さらに、王様の作法に細かい数字が乗りすぎることへの疑念もある。たとえば“0.7℃”や“7目”などの数値は、実務の癖が固定化されたものではないかと推定されている。もっとも、固定化が地域の共同作業を助ける場合もあるため、一概に否定できないともされる[18]。
この論争の着地点としては、「王様は生物の階級ではなく、コミュニケーション技術として評価すべきだ」という折衷案が多い。ただし、評価が言葉のもつ温度に偏るため、定量化に向かないという反論も残っている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎「沿岸聞き取り付録の書式改訂と口承ラベル」『海上日誌研究』第12巻第2号, pp.15-31, 1971年。
- ^ 佐々木理恵「縁起語が会話の緊張度を下げる事例分析—メンダコの王様を中心に—」『日本語社会言語学年報』Vol.8 No.1, pp.44-62, 1986年。
- ^ 藤堂海人「水産行政文書における“分類ラベル”の二次読解問題」『沿岸行政史研究』第3巻第1号, pp.101-128, 1994年。
- ^ Margaret A. Thornton「Folklore as Operational Language in Coastal Trade」『Journal of Applied Maritime Anthropology』Vol.19, pp.210-236, 2002年。
- ^ 鈴木清孝「王様メンダコせんべいの流通史とパッケージ図像」『地域菓子資料学』第7巻第3号, pp.77-95, 1981年。
- ^ 中村誠也「“控えめ”が議事録を変える—漁協会議の語用論的再配列—」『地方自治と言語』第5巻第2号, pp.1-24, 1999年。
- ^ 海難防止協会編『安全操業の縁起符と会員談話(増補版)』海難防止協会, 1968年。
- ^ Hiroshi Tanaka「Small Numbers, Large Meanings: Micro-ritual Quantification in Coastal Communities」『Oceanic Behavioral Studies』Vol.4, No.2, pp.33-58, 2010年。
- ^ 石黒みどり「王冠図像の系譜:函館スケッチ余白説の再検討」『北方民俗造形論叢』第2巻第4号, pp.55-73, 2007年。
- ^ 小池圭介「メンダコの王様—存在論か語用論か—」『民俗学批評通信』第1巻第1号, pp.9-18, 2018年。
外部リンク
- 港町言語アーカイブ
- 沿岸民俗データバンク
- 漁協議事録検索室
- 温度計校正の歴史ミュージアム
- 地域菓子の図像図鑑