メ・ギリン・ダ
| 分類 | 音声符号化規則・即興芸能 |
|---|---|
| 主な媒体 | 口承(歌詞)および録音(磁気テープ) |
| 起源とされる時期 | 19世紀末〜20世紀初頭 |
| 関連機関 | 国立音韻保全研究所/港北民俗資料館 |
| 代表的特徴 | 母音の反復と微小無音区間の組合せ |
| 使用される場面 | 巡礼詩・祭礼・公開講習会 |
メ・ギリン・ダ(め・ぎりん・だ)は、ある種の音声符号化規則と、それを用いた即興演奏の流派名として知られている語である。国内外で民俗的芸能とされる一方、学術側では「人工的な音韻体系」として整理されることもある[1]。
概要[編集]
は、短い音節列を「息継ぎの位置」と「無音の長さ」で意味づけする、音声符号化規則であると説明されることが多い。また、その規則を即興演奏に転用し、聴衆の反応を手がかりに反復パターンを変形させる芸能流派をも指す語である。
語感の近さから、民俗研究ではやのような表記揺れがあり、どれが原義かは議論になりやすいとされる。なお、資料館の展示では「三拍子の呪文」として紹介されることもあるが、これは講堂向けに噛み砕いた説明に過ぎないとされる[2]。
成立と歴史[編集]
起源:測量技師の“聞き違い”が体系になったとされる経緯[編集]
最も広く知られる成立説では、は19世紀末の測量事業に端を発したとされる。すなわち、の旧街道整備で音声伝達が頻繁に失敗し、報告書係が毎回同じ“聞き違い”をするため、逆にその誤差を規則化したのが始まりだという話である。
この説では、規則化の作業を行った人物としてという名の測量技師が挙げられる。ただし、同姓同名の人物が周辺記録にも見えるため、同一人物であるかは確定していないとされる。さらに、聞き違いが生まれた原因として「0.12秒刻みの息継ぎが偶然一致した」ことが強調され、以後の伝承では“0.12秒は外すな”という言い回しが残ったとされる[3]。
一方で、別の系譜では、旧街道ではなく港湾工事の労働歌が原型になったともされる。こちらでは、の倉庫街で配布された簡易滑舌台本(全18項目)を基にして、無音区間を「測定誤差の保存媒体」と見なす発想が広がったとされるが、出典は館蔵の筆写メモに限られていると指摘されている[4]。
発展:研究機関が“芸”に公的な規格を与えた局面[編集]
20世紀中葉になると、が“保存”目的で音声の規格化を進めたことが、の普及に影響したとされる。同研究所は、口承資料を撮り直す際に生じる世代差を減らすため、「反復率」「無音率」「息継ぎ位置」を数値化しようとしたという[5]。
この取り組みの現場には、音声工学者のが関わったとされる。彼女は学会で、メ・ギリン・ダにおける基本単位を「G型(無音0.08秒)」「R型(無音0.12秒)」「I型(無音0.16秒)」の三分類とし、各型が“意味”を持つのではなく“合図”として機能すると説明したとされる。ただし、後年の追記では無音時間の測定は「当時の計測器誤差込み」であることが明示され、聞き手の身体感覚を前提にした体系であると補足された[6]。
また、実演の場では、が毎年開催する「聴覚復元講座」で広く扱われた。受講者の感想記録(講座終了後9日以内に回収されたもの)では、参加者の約61.4%が「自分の息が勝手に整ってしまう」と述べたとされる。数値の出し方には異論があるが、講座運営が“体験化”を重視した点は共通している[7]。
仕組み:一見正しく聞こえるが、細部で意味が変わる[編集]
の基本構造は、音節の並びそのものよりも、音節間の息継ぎと無音区間によって聴取されると説明される。たとえば「メ」の後に置かれる無音が0.12秒前後である場合、聴衆は次の「ギリン」の反復を“呼び返し”として受け取りやすいとされる。一方で同じ並びでも無音が0.08秒寄りだと、呼び返しではなく“確認”の態度として理解されがちであるとされる[8]。
さらに、流派内では母音の変化が重要視され、「あ→え→あ」「い→う→い」のような戻りが“拍の裏側”に現れるとされる。ただし外部の研究者からは、母音は音響的に揺れるため統一するのは難しく、結局は身体動作(喉の開き・顎の角度)による“付随情報”で成立しているのではないかという指摘がある[9]。
この体系が面白いのは、記号としての厳密さが同時に曖昧さを生む点である。演者が規則を守ろうとするほど、聴衆側は“守っていること”に気づき、逆に解釈が広がっていくとされる。つまり、は単なる暗号ではなく、暗号を演じることで意味が生成される仕掛けだと理解されている[10]。
社会的影響[編集]
は、音声の“正しさ”を競う競技として定着した時期があるとされる。とくに都市部では、音楽教室の校内発表会で「無音区間の勝負」が導入され、合否が判定されるようになったという。判定方法は、録音を時間軸で拡大し、講師が0.01秒刻みのズレを見つけて減点するものであったとされる。
もっとも、社会への影響は芸能界に留まらなかった。学校教育では、の外郭プロジェクトの一環として“聞き取りの分解”を目的に、聴覚トレーニング教材に似た構成が採用されたと報告されている。ただし実際の教材名との関連は曖昧で、議事録では「類似手法」としか記されていないとされる[11]。
一方で、就労現場への波及も語られる。のコールセンターで、クレーム対応者が反復表現を用いる際に“息継ぎを固定する”ことで落ち着きを保ったという体験談が広まり、結果として職場のメンタルヘルス研修に波及したとされる。ただし、実証研究としての裏取りは薄く、後に「身体を整える効果を、音声記号の効果と誤認した可能性」が指摘された[12]。
批判と論争[編集]
には、数値の厳密さをめぐる論争が存在する。無音区間の長さ(例:0.08秒、0.12秒、0.16秒)を“意味”として扱う主張に対し、測定条件(マイク位置、部屋の残響、録音の圧縮)で数値が変わりうるため、文化の説明としては過剰であるという批判がある。
また、起源説の取り扱いも問題視されている。測量技師説を採る研究者と、港湾労働歌説を採る研究者が互いに「一次資料」の所在を争い、結局のところ、決定的な一次記録が確認できないまま“もっともらしい物語”が先行したとされる[13]。この点について、ある編集者が「は記録よりも口の中で生きる語だ」と述べたと伝えられ、学術的には“態度表明”として扱われたという[14]。
さらに、揶揄的な言及として「歌うたびに肺活量が増えるはずだ」という宣伝が一部で広まり、逆に過換気に注意すべきだとする反論が出たことがある。真偽のほどは不明だが、講座の注意書きに「無理に長く息を止めないこと」が加わった時期があり、ここが“健全な習俗”と“数字の魔術”を分ける境界として語られている[15]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 清水眞琴「無音区間を含む即興記号の分類」、『日本音響学会誌』、第72巻第4号、pp.115-132(1979年)。
- ^ 渡辺精一郎『街道測量と声符の保存法』日本測量協会、1911年。
- ^ 港北民俗資料館編『聴覚復元講座記録集(昭和三十六年度〜)』港北民俗資料館、1962年。
- ^ 田中錦治「口承資料における再撮像誤差の扱い」、『音声情報処理研究』Vol.18 No.2、pp.33-47(1984年)。
- ^ Margaret A. Thornton, “Silence as a Communicative Unit in Oral Performance”, Journal of Phonetic Anthropology, Vol.9, No.1, pp.1-19 (1997).
- ^ Hiroshi Kuroda, “Breath Timing and Audience Response: A Field Note”, Proceedings of the International Symposium on Sound Memory, Vol.3, pp.210-225 (2002).
- ^ 港北民俗資料館「公開講習の参加者アンケート集計(回収9日以内)」内報、1989年。
- ^ 国立音韻保全研究所「音韻保存のための計測誤差指針(改訂第2版)」国立音韻保全研究所、1974年。
- ^ Ruth Calder, “Encoding the Unsaid: Speculations on Me Girinda”, The Review of Performative Sign Systems, 第5巻第2号, pp.78-101(2009年)。
- ^ (書名が一部誤記されている)『無音区間の国際規格とその応用』日本音響技術協会、pp.1-300(2015年)。
外部リンク
- 港北民俗資料館 公式アーカイブ
- 国立音韻保全研究所 音声保存データベース
- 日本口承音韻学会 ポータル
- 聴覚復元講座 受講者ノート集
- Sound Memory Symposium レポート倉庫