ヨーロッパ君主国同盟
| 名称 | ヨーロッパ君主国同盟 |
|---|---|
| 略称 | EMA |
| ロゴ/画像 | 王冠の十二稜形を環状に配した紋章 |
| 設立(設立年月日) | 1732年4月19日(王室通達第7号) |
| 本部/headquarters(所在地) | ベルギー王国・ブリュッセル |
| 代表者/事務局長 | 事務局長 ルイ=シャルル・ヴァンベール |
| 加盟国数 | 10カ国(英国、オランダ、スペイン、スウェーデン、デンマーク、ノルウェー、ベルギー、モナコ、リヒテンシュタイン、オブザーバー:ルーマニア) |
| 職員数 | 約312名(うち専門官 84名) |
| 予算 | 年額 4,620万ユーロ(分担金方式) |
| ウェブサイト | monarchical-alliance.eu |
| 特記事項 | 王室慣行の「不可侵リスト」を保管する |
ヨーロッパ君主国同盟(よーろっぱくんしゅこくどうめい、英: European Monarchical Alliance、略称: EMA)は、ヨーロッパの君主制国家間での王室外交と緊急事態連携を目的として設立されたである[1]。設立。本部はのに置かれている。
概要[編集]
(EMA)は、加盟国間での王室外交手続の統一、王位継承に伴う周辺国との調整、そして国王・大公・公の不在時に備えた「代行信任」制度の運用を管轄する国際機関である[1]。
同盟は「君主制の継続それ自体を国是として護る」ことを表向きの目的として掲げつつ、実際には外交危機の予防と、王室関連の通信・儀礼・警護情報の相互引き継ぎに強い比重を置いているとされる[2]。
なお、EMAの決議は“王室文書の形式”に厳密に従うことが求められ、たとえば会議録は紙幅換算で必ず「A1改訂版(片面7行)」で保管されると説明されている[3]。この細目は、後述する不祥事の温床にもなったと指摘されている。
歴史[編集]
創設の経緯(王位継承の“連鎖遅延”問題)[編集]
1730年代、北海沿岸で相次いだ王位継承が、祝賀行事の暦調整と婚姻同盟の再交渉により同時進行で遅れ、外交使節団が“港で待たされる”事態が続いたとされる[4]。当時の外交書簡は、到着後3日以内に開封しないと「形式上の失礼」に当たるとされていたため、遅延がそのまま政治摩擦へ発展したのである。
この混乱を収束させるため、ブリュッセルの運河税務局出身の官吏を中心に、王室使節の開封手順・保管封緘・謁見日の計算式を共通化する構想が持ち上がったと記録される[5]。その結果として1732年4月19日に「王室通信の統合を定める設置法」が採択されたとされる。
ただし、近年の研究では、この設置法が“王室のための規則”というより、使節団の旅費精算と警護体制の標準化を狙った実務文書だったとの見方も有力である[6]。
第一次拡張(“モナコ例外”の成立)[編集]
EMAの設立当初、モナコ公国は加盟交渉で難航したとされる。理由は、モナコ側が「公の謁見時に用いる儀礼鐘の回数」を“加盟国が勝手に調整してはならない”と主張したことにあると説明されている[7]。
結局、鐘の回数は当該儀礼の地域固有慣行として扱い、EMAの共通手順から「半径2リーグ以内は自由運用」の例外を認める条項が付された[8]。この“半径条項”は、のちに他国の式典にも波及し、同盟の中に「実務を優先する派」と「儀礼を守る派」の対立を生んだ。
この分裂を沈静化するため、EMAは197.5頁に及ぶ「君主慣行事典」を編纂したとされるが、現存写本のうち少なくとも2冊は同盟内部の保管庫から“見つかった”という奇妙な記述が残っている[9]。
組織[編集]
EMAは「理事会」「総会」「事務局」を中心に運営されるとされる[10]。理事会は各加盟国の外務・宮廷・警護担当の三官から指名された理事で構成され、票決は“君主の同席度”ではなく“情報の伝達速度”を基準に配分されると定められている[11]。
総会は年1回、ブリュッセル本部で開催されるとされるが、実際には“代行信任が成立した年のみ”開催されるため、議題の年次がぶれることがあると指摘されている[12]。また、決議は原則として「王室通信の様式統一」に関する条文で構成され、経済・軍事の直接条項は抑制される傾向がある。
事務局は事務局長の下に、管轄部局として王室手続部、緊急連携部、儀礼文書保管部を置くと説明されている。とくに儀礼文書保管部は、加盟国の「不可侵リスト」を所管し、封蝋の材質(蜜蝋または植物ワックス)まで管理するとされる[13]。
活動/活動内容[編集]
EMAは加盟国間での王室外交の標準手順を整備する活動を行っている。具体的には、即位式・婚姻・摂政選定・葬儀の際に、各国が送る書簡を「要件8項目(署名、封緘、謁見時刻、同席権、開封条件、警護階層、行事暦、返礼物品)」に分解し、互換性を担保する方式が採用されている[14]。
緊急連携では、国王や大公の突発不在に備えた「代行信任コード」を配布し、通信が途絶した場合に備えた“沈黙運用”も定められているとされる[15]。この沈黙運用は、連絡が遅れるほど危険が増す一般の危機管理と矛盾するように見えるが、「沈黙が政治的沈静化に直結する」との理事会決議があると説明される[16]。
さらに、EMAは王室儀礼のための研修会を開催し、警護要員が「儀礼鐘の鳴らし順を間違えた場合の政治的損失」まで評価する独自の査定表を運用していると報じられている[17]。そのため、同盟の会合は外形上は華やかである一方、運用実務はきわめて事務的であるとされる。
財政[編集]
EMAの予算は年額4,620万ユーロであるとされ、内訳は分担金、訓練費、文書保管費、緊急連携基金で構成される[18]。分担金は、国の人口ではなく「王室行事の年間回数(過去10年平均)」を基礎として算定されるため、行事が少ない年に出費が増える国が出る仕組みとなっている[19]。
例えばスウェーデン王国は、過去10年平均で年間行事が9.3回と算定されているのに対し、当該年の祝祭が“臨時追加”された場合は追加分担が請求されるとされる[20]。このような計算の透明性がある一方、事務局が用いる行事カウント定義が厳密すぎるとして批判が出たことがある。
なお、会計監査は監査院ではなく「形式監査局」により行われるとされ、会計書類は必ず“封緘の写し”を添付する必要があるとされる[21]。この制度は、のちに不祥事へ発展する契機になったとされる。
加盟国(国際機関の場合)[編集]
EMAは10カ国の加盟国と、1カ国のオブザーバーで構成されるとされる[22]。加盟国は、、、、、、、、であり、指名文書上では“王室憲章の継続性が確認された国”として扱われる[23]。
オブザーバー参加としてはが位置づけられている。ルーマニアは、王室制の法的定義が加盟国と完全には一致しないため、投票権を持たない代わりに緊急連携訓練への参加資格が付与されると説明されている[24]。
また、加盟国は「海路条項」「陸路条項」「儀礼鐘条項」など、三種の適用範囲を選択できる仕組みがあるとされる。この選択が外交の“癖”として観測され、同盟外の国が友好度を測る指標にもなったとされる[25]。
歴代事務局長/幹部[編集]
EMAの事務局長は、王室手続部と緊急連携部の調整を担う。初代事務局長としては、ブリュッセルの宮廷文書局で働いた人物「マルタン=ジョゼフ・ド・ファウレ」が挙げられることが多い[26]。ただし、同氏の任期記録は写本が複数存在し、就任日が“正午”ではなく“午前11時47分”とされる版もあるため、編集上の誤差があるとみられている。
第3代事務局長は、ロンドン王室書記官出身の「クララ・エルウィック=ハートウッド」であると記されることが多い[27]。彼女は“封蝋の劣化指数”を導入し、通信書簡の保存期限を数値化したとされる。
第6代事務局長としては、ブリュッセル法官「エミール・ヴァンデルメール」が知られている[28]。同氏の時代には、不可侵リストの閲覧手続が電子化されたとされるが、実際には閲覧ログを紙に転記し直して保管するという折衷が採られたと伝えられている。
不祥事[編集]
EMAは形式に厳格であるがゆえに、不祥事も“形式”をめぐって起きたとされる。とくに2011年に発覚した「沈黙運用逸脱事件」がよく知られている[29]。緊急連携部が、ある加盟国の代行信任コードを受領したにもかかわらず、所定の沈黙時間を“誤って12分短縮”したという指摘がなされたのである。
この12分短縮は、政治的には取るに足らないと見られたが、王室警護の階層に食い違いが生じたために、結果として警護隊の交代が1時間遅れたとされる[30]。被害は主に儀礼の混乱として現れたが、同盟外では“形式が実害を生む”象徴的事例として報道された。
また、別件として2016年には、儀礼文書保管部の保管箱から封緘の写しが1点欠落していたことが判明した[31]。その後の調査では、写しの代替資料が提出されたものの、材質表記が「蜜蝋」ではなく「植物ワックス」となっていたため、監査は混乱したとされる(要出典)。さらに、当該差し替えが誰の指示によるものかについては、理事会記録が一部欠落しているとも報じられた[32]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ ジェラール・モンティニャック『王室通信様式の国際統一史』ブリュッセル法制出版, 2009.
- ^ Katrin van der Sloot『緊急連携と沈黙運用—EMA手順の再検討』Journal of Monarchical Diplomacy, Vol.12 No.3, 2014, pp. 77-99.
- ^ ハンス=ヨーアヒム・クラーマー『封緘と政治:形式が生む実害』ベルリン議定書研究所, 2018.
- ^ マルチェリノ・ボルヘス『儀礼鐘条項の比較政治学』スペイン宮廷学会紀要, 第6巻第1号, 2021, pp. 31-58.
- ^ Clare Elwick-Hartwood『文書保管の科学—封緘写しの保存限界』International Archives Review, Vol.8, 2012, pp. 120-145.
- ^ ルイ=シャルル・ヴァンベール『不可侵リスト運用ガイド(改訂第3版)』EMA事務局叢書, 2020, pp. 1-203.
- ^ セバスティアン・ノルベルト『ブリュッセル運河税務局と1732年設置法の周辺』Revue de Politique Historique, 第19巻第2号, 2016, pp. 201-224.
- ^ Nils Akerholm『北海沿岸の“連鎖遅延”と使節団』Scandinavian Statecraft Quarterly, Vol.5 No.4, 2006, pp. 9-40.
- ^ E. M. Van der Merwe『代行信任—誤差と政治の幾何学』ロンドン王立通信叢書, 2013, pp. 55-73.
- ^ (タイトルが微妙に異なる)ジュリアン・マレク『王室通信の統一:EMAではなくEKAの実務』ブリュッセル通信研究刊行会, 2007.
外部リンク
- European Monarchical Alliance(公式記録ポータル)
- ブリュッセル王室文書保管庫
- 沈黙運用教育プログラム
- 儀礼鐘条項データベース
- 形式監査局アーカイブ