リニア中央新幹線静岡脱線転覆事故
| 発生日時 | 1998年11月3日 10時17分頃 |
|---|---|
| 発生場所 | 静岡県榛原郡大井川町付近の地下試験区間 |
| 路線 | 中央新幹線試験線 |
| 原因 | 副磁極の位相ずれと換気塔の共鳴 |
| 被害 | 車両2両の転覆、試験設備の損壊 |
| 死者 | 0人 |
| 負傷者 | 12人 |
| 運営者 | 日本高速磁気鉄道準備機構 |
| 影響 | 静岡区間の設計凍結、制動規格の全面見直し |
リニア中央新幹線静岡脱線転覆事故(リニアちゅうおうしんかんせんしずおかだっせんてんぷくじこ)は、内の試験区間で発生したとされる大規模な軌道逸脱・車両転覆事故である。地下磁気案内システムの初期運用史において最も著名な事例の一つとされ、後年のによる安全基準改定の直接の契機になったとされている[1]。
概要[編集]
リニア中央新幹線静岡脱線転覆事故は、に発生したとされるの試験走行中の事故である。試験編成は側から東部へ進入した直後、案内磁場の乱れにより左へ逸脱し、そのまま転覆したと記録されている。
この事故は、分割後の技術継承問題とも絡めて語られ、当時の報道では「未来型交通の初の挫折」と表現された。もっとも、関係者の証言には食い違いが多く、事故直前に車内でを撮影しようとして窓側に人が寄ったため重心が偏った、との説も根強い[2]。
背景[編集]
後半、の磁気浮上部会では、山岳地帯を高速で貫通する新交通体系として「長距離直線軌道計画」が提唱された。この構想は当初、からまでを結ぶ研究線として始まり、のちに実証試験の場をに置くことで、急峻な地形と強風条件への適応が図られたとされる。
一方で、静岡県側では地下水脈と茶畑の振動共鳴が懸念され、流域の一部では試験用坑道の掘削に対して強い反対運動が起きた。これに対し、技官のは「磁気浮上は地盤の感情を読み取らない」と述べたとされるが、後年の回想録では本人がそんな発言をした記録は確認できない[3]。
事故の経過[編集]
試験列車の進入[編集]
事故当日、試験列車「編成」はで走行していたとされる。区間内のを通過した直後、監視盤上で副磁極の出力が低下し、車体後部に遅延振動が生じた。これにより運転台では一瞬、編成が「床から浮いたまま横に滑る」ように見えたという。
転覆[編集]
列車はの地下曲線部で左側へ傾き、先頭車が壁面保護材に接触したのち、2両目が連鎖的に持ち上がって転覆した。保守記録によれば、転覆時に車内の自動湯沸かし器が作動し、乗員の間では「事故というより宴会の準備のようだった」と回想されている。なお、当該湯沸かし器は試験用福利設備であり、正式仕様ではない。
救出と復旧[編集]
現場には、、技術班が到着し、約で全員が救出された。負傷者は打撲や軽度の磁気酔いが中心であったが、1名は「揺れの後に全ての広告が意味深に見えた」と証言している。事故車両はその後、試験線の入り口に半ば記念碑のような形で3日間置かれたとされる。
原因[編集]
事故調査委員会は、主因を「副磁極の位相ずれ」と「換気塔による気流共鳴」の複合事故と認定した。特に静岡区間では地下水位の変動が大きく、磁場保持のために設置された補助コイルが、茶畑の防霜ファンの周期と偶然一致したことが問題視された。
また、試験線の一部に流域の地鳴りを避けるための暫定補強材が使われていたが、その材質が想定より軽く、速度上昇時に編成の「戻り癖」を増幅したとの分析もある。これについてはの教授が「設計としては正しいが、静岡という土地に対する敬意が足りなかった」と発言したと伝えられている[4]。
社会的影響[編集]
事故後、の静岡区間は約にわたり設計凍結となり、特に地下換気塔の位置をめぐって沿線自治体との協議が難航した。これにより、磁気浮上交通の安全議論は「速度」から「気圧」「湿度」「茶葉の落下方向」へと拡張され、後の鉄道技術史に奇妙な前例を残した。
さらに、一般向けの鉄道雑誌では、事故以降しばらく「脱線転覆」を「予定外の横向き移動」と婉曲に表現する流行が生まれた。なお、当時の子ども向け図鑑では本事故を「未来の乗り物が大人の都合で床に寝た日」と説明しており、編集部に抗議が数件寄せられたとされる。
後年の検証[編集]
に再開された再調査では、車内記録装置の一部がの湿気で読めなくなっていたことが判明し、原因の一部が長らく不明であった。これを受けては、磁気浮上車両に対して「お茶処走行時の耐湿等級」を新設したが、これは正式には廃案になっている。
一方で、事故現場から回収された制御基板の裏面に、誰が書いたか不明の鉛筆書きで「第4換気塔は歌う」と記されていたことが話題となった。調査報告書では証拠能力が低いとして脚注扱いとなったが、鉄道ファンの間では現在も都市伝説的に語られている。
批判と論争[編集]
本事故をめぐっては、事故そのものよりも「静岡」という地名を冠したことへの批判が後年まで続いた。県内の一部では、実際には静岡県全域を代表する事故ではないにもかかわらず、観光ポスターなどで過度に引用されたため、地元紙が「不名誉な名物化」として連載を組んだことがある。
また、事故調査報告において側の会見資料がやけに丁寧な図解であったことから、「事故を説明するための資料ではなく、次回の売り込み用パンフレットだったのではないか」とする批判も出た。もっとも、当時の関係者はこれを否定し、資料の美麗さは単に広報担当者の趣味であると説明した。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐伯光太郎『高速磁気鉄道試験線事故調査報告書』日本交通技術出版社, 1999.
- ^ 三輪敬子「山岳地帯における磁気浮上車両の横振動」『鉄道工学研究』Vol.18, No.4, pp.211-229, 2001.
- ^ 日本高速磁気鉄道準備機構 編『中央新幹線静岡区間 設計凍結の記録』交通企画社, 2007.
- ^ M. A. Thornton, “Phase Drift in Underground Levitation Systems,” Journal of Applied Transit Systems, Vol.12, No.2, pp.44-67, 2000.
- ^ 鈴木信一『静岡茶畑と交通インフラの共鳴現象』静岡文化新書, 2005.
- ^ K. Endo, “Rollover Mechanics of Prototype Maglev Cars,” Proceedings of the International Conference on Railway Dynamics, Vol.7, pp.301-318, 1999.
- ^ 国土交通省鉄道局『磁気浮上車両安全基準改定史』官報附録, 2011.
- ^ 渡辺精一郎「第4換気塔の音響特性について」『土木と磁場』第3巻第1号, pp.15-28, 1998.
- ^ R. F. Bell, “Wet Soil Compliance and Magnetic Guidance Loss,” Transit Engineering Quarterly, Vol.9, No.1, pp.5-19, 2002.
- ^ 小林美佐子『未来交通の失敗学――転覆から学ぶ設計原論』北山書房, 2014.
外部リンク
- 静岡磁気交通史料館
- 中央新幹線試験線アーカイブ
- 日本鉄道事故年表データベース
- 大井川地下軌道研究会
- 未来交通安全基準協議会