リモコン争奪戦争
| 別名 | チャンネル主権闘争、ZAP(Zero-channel Authority Problem) |
|---|---|
| 初出 | 1997年ごろ(多摩地域の家電販売店記録による) |
| 発祥地 | 日本 |
| 主な舞台 | 居間、寝室、旅館の大広間、軽自動車の後部座席 |
| 関連機器 | テレビ、エアコン、AVアンプ、セットトップボックス |
| 典型的勝敗条件 | 最後にリモコンを確保した者がその夜の編成権を得る |
| 象徴的戦術 | クッション下隠匿、電池抜き、オートロック化 |
| 影響 | 家庭内ルール整備、学習型リモコンの普及、深夜帯視聴率の偏在 |
リモコン争奪戦争(リモコンそうだつせんそう、英: Remote Control War)は、家庭内においてのをめぐって発生する、短時間かつ高頻度の主導権争いを指す俗語である。1990年代後半ので体系化されたとされ、のちにの生活摩擦調査にも引用された[1]。
概要[編集]
リモコン争奪戦争は、家族や同居人の間で、誰がやの操作権を握るかをめぐって起こる一連の駆け引きである。単なる取り合いではなく、夕食後の団らん、入浴前の数分、そして就寝直前の数十秒にまで及ぶことがあり、ある種の生活史として扱われることがある。
この現象は、のダイヤル式操作からのワイヤレス化への移行期に萌芽が見られたが、現在のような名称と分類が与えられたのはに刊行された『家庭内電波主権論』以降とされる[2]。なお、家電メーカー側は当初これを「操作性向上の副作用」と位置付けていたが、後年には意図的に複数リモコン構成を採用し、争奪戦を緩和するどころか複雑化させたとの指摘がある[3]。
起源[編集]
ダイヤル時代の前史[編集]
争奪戦の前身は、30年代末の「つまみ奪取」文化に求められる。これは受像機のチャンネルつまみを最初に触った者が会話の主導権まで握るという暗黙の慣習で、の電器街では「先に回した者が勝つ」と言い習わされたという。研究者のは、これを日本的合議制の私的変形とみなし、後のリモコン文化の原型であると述べた[4]。
一方で、後半に普及した有線式の簡易コントローラは、家族間の距離をむしろ縮め、リビング中央に半径1.8メートルの「操作圏」を生み出した。この圏内に入った者が番組選択権を有するという習俗は、のちに「操作圏理論」として家政学会で報告されている。
赤外線化と家庭内軍拡[編集]
、ある国内メーカーが初の汎用赤外線リモコンを発売したことにより、争奪戦は物理的な半径から視線と速度の競争へと変質した。赤外線は目に見えないため、押下の事実を巡る言い争いが増え、特に「今押した」「まだ押していない」の応酬が典型化した。
市川市の中古家電店が残した販売メモには、同一世帯でリモコンを平均2.4台保有する例が増えたとあり、の時点で「予備機を隠すための引き出し」が主婦向け雑誌に特集された[5]。これを受けて、家電量販店の一部では「紛失防止ひも」「発光確認ボタン」などの対策品が販売されたが、実際には紐ごと持ち去られる事例が相次いだ。
戦術と様式[編集]
隠匿と先制確保[編集]
もっとも基本的な戦術は、クッション下、新聞紙の間、あるいは加湿器の裏へリモコンを退避させる「隠匿」である。特に冬場は毛布の中での発見率が低下するため、の一部家庭では「毛布要塞」と呼ばれる防衛配置が研究された。
また、先に手を伸ばした者が「番組内容を決める権利」を当然視するため、争奪戦の終局はしばしば極端に短い。家族内で最も足の速い者が自動的に有利になることから、経験者が家庭内で妙に強いという統計もある。
電池抜き戦法と沈黙交渉[編集]
以降に広まったのが、電池を半分だけ抜いて相手に「故障した」と思わせる戦法である。操作不能の装いを利用し、相手が新しいリモコンを探している隙に本体側の物理ボタンを使うため、しばしば「二重支配」と呼ばれる。
の家電修理店主・は、修理依頼の3割が実際には電池の未装着か逆向き装着であったと証言しており、これが家庭内の不信を助長したとされる。ただしこの証言は店主の回想録にのみ記されており、要出典とする編集者も多い。
社会的影響[編集]
リモコン争奪戦争は、単なる笑い話にとどまらず、家庭の権力構造を可視化した現象として論じられてきた。の「家庭内意思決定時間調査」(2008年)によれば、夕食後30分以内に発生する小競り合いのうち、リモコンを起点とするものは全体の17.8%を占めたという。
これを受けて、は高齢者向けの大型ボタン付きリモコン普及事業を進めたが、ボタンが大きくなったことで押し間違いも増え、結果としてチャンネル変更の回数だけが増加した。さらに、複数機能を一体化した学習型リモコンの普及は、争奪の対象を「リモコン」から「設定権限」へと高度化させ、戦争を終わらせるどころか官僚化させたのである。
研究[編集]
家庭内電波主権論[編集]
にで発表されたの論文『家庭内電波主権論序説』は、リモコン争奪戦争を「電波の所有ではなく、編成時間の所有をめぐる交渉」と定義した点で画期的とされる。佐伯は、世帯内の最終決定者が必ずしも最年長ではなく、「最も疲れている者」が暗黙の拒否権を持つ場合があると指摘した。
同論文では、家族4人世帯の観察記録として、平均して1晩に2.7回のリモコン移送が発生し、うち0.4回は「持っていた場所が本人にも不明」であったと報告されている。これにより、リモコンの所在そのものが家族の記憶装置であるという解釈が生まれた。
争奪指数の測定[編集]
には、が「RCI(Remote Control Conflict Index)」を提唱した。これは、操作対象の数、世帯人数、視聴番組の分散度、ならびに電池切れ回数を総合した指標であり、RCIが7.2を超える家庭は「高緊張世帯」と分類された[6]。
調査では、ペットボトルホルダー付きソファや、独立した録画チューナーを持つ家庭ほどRCIが高くなる傾向があり、家電の多機能化が平和をもたらさないことが確認されたとされる。もっとも、この研究は被験世帯のうち5世帯が途中で「そもそもテレビを見ない生活に移行した」ため、母数の扱いに疑義がある。
批判と論争[編集]
リモコン争奪戦争に対しては、そもそも争うほどの価値があるのかという批判がある。一部の文化評論家は、これは家庭内での「最後の共同体的イベント」であり、奪い合いのなかに親密さが保存されていると論じたが、反対に「単なる不幸な習慣の合理化」にすぎないとする見解も根強い。
また、代後半にはスマートフォン連携型アプリが登場し、リモコン実体の争奪は減少した。しかし代わりに、アカウント共有、Bluetooth接続、音声認識の再起動など、新しい型の争奪が生まれたため、現象は消滅せず「クラウド化」したと評される。ある編集者は「物理的戦争から認証戦争へ移行しただけである」と要約している。
なお、のある自治体で行われた実証実験では、家族ごとに色分けしたリモコンを導入したところ、初月は争いが42%減少したが、翌月には色の取り違えをめぐる責任転嫁が増え、最終的に導入前より口論が増えたという。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐伯美雪『家庭内電波主権論序説』日本家政学会誌 第52巻第3号, 1998, pp. 211-229.
- ^ 渡辺精一郎『受像機と家族権力の近代史』中央公論生活文化叢書, 2004, pp. 44-91.
- ^ 田村栄子『町の修理屋が見たリモコン史』京都生活研究出版, 2011, pp. 17-38.
- ^ Margaret L. Thornton, “Infrared Sovereignty in the Domestic Sphere,” Journal of Applied Household Studies, Vol. 18, No. 2, 2009, pp. 88-104.
- ^ Hiroshi Kanda and Elaine R. Moore, “The Remote as a Negotiation Device,” Domestic Media Review, Vol. 7, No. 1, 2015, pp. 5-26.
- ^ 東京都立生活文化研究所『RCI指標報告書2014』都立研究叢書, 2014, pp. 3-57.
- ^ 内閣府政策統括官室『家庭内意思決定時間調査報告』, 2008, pp. 14-19.
- ^ 総務省情報流通局『大型ボタン化による家庭内摩擦の推移』, 2012, pp. 61-76.
- ^ 小林ユキオ『リモコン戦争とその周辺』新潮生活文庫, 2001, pp. 102-133.
- ^ A. P. Kingsley, “Remote Control and the Ecology of Sofas,” Family Interface Quarterly, Vol. 11, No. 4, 2017, pp. 201-218.
外部リンク
- 家庭内電波史研究会
- リモコン争奪戦争アーカイブズ
- 生活摩擦資料室
- RCI研究センター
- 多摩家電文化フォーラム