ローマ人奴隷の女性同士における恋愛関係
| 名称 | ローマ人奴隷の女性同士における恋愛関係 |
|---|---|
| 英語名 | Romano-Servile Female Same-Sex Romance |
| 成立時期 | 前1世紀ごろから3世紀末ごろ |
| 主な地域 | イタリア半島、ギリシア属州、北アフリカ属州 |
| 担い手 | 家内奴隷、織布奴隷、湯浴み付き添い奴隷 |
| 特徴 | 歌謡、結び紐、贈与の交換、夜間の共同作業 |
| 記録媒体 | 家政帳簿、壺銘、墓碑、後世の説教集 |
| 関連施設 | 別荘、公共浴場、紡績小屋、墓地共同区画 |
| 研究上の争点 | 恋愛関係か相互保護か、という解釈の問題 |
ローマ人奴隷の女性同士における恋愛関係(ろーまじんどれいのじょせいどうしにおけるれんあいかんけい)は、の期において、家内奴隷のあいだで成立したとされる秘匿的な相互扶助兼恋愛慣行である[1]。後世の文献では、の別荘群からの織布工房にいたるまで、断続的に確認される特殊な社会関係として記述された[2]。
概要[編集]
本項は、社会において、奴隷身分の女性同士のあいだに形成された情緒的・経済的・性的結びつきを指す。古典期のラテン語文献では明示的な用例が少ない一方、朝末期の家政記録や系の碑文断片に、匿名化された二人組の痕跡が残るとされる[3]。
この関係は、単なる同性愛史の一部としてではなく、下の労働配置、衣食住の分配、そして密告への対抗策として理解されることが多い。とりわけや近郊の大規模邸宅では、同室に置かれた女性奴隷が織物工程を共有し、夜間の見張り交代を兼ねて親密化したという説が有力である[4]。
なお、近代以降の研究では、これを「ローマのレズビアン」史として単純化する傾向があったが、史料上はより複雑で、愛情、庇護、同盟、託児、逃亡準備が一体化していたと考えられている。19世紀のの古物収集家が断片を再構成した結果、逆にロマン化が進んだこともよく知られる[5]。
古代の成立[編集]
家内奴隷の隔離と接触[編集]
成立の契機は、前2世紀末に増加した都市邸宅の家内奴隷制にあるとされる。台所、洗濯場、浴室の補助区画が細分化される一方で、同じ寝台を共有する配置が頻発し、女性同士の私的連帯が生まれた。とくにの穀物商家では、洗濯台の下に糸巻きを隠す習慣が確認され、これが文通の代替手段になったという[6]。
また、軍団兵の不在が長期化した地方では、主人家の女性監督が実務を委ねられ、奴隷女性同士が帳簿の改竄ではなく「働き分け」で互いを庇う例が見られた。ここから、感情的な依存が労務上の共同体へ転化したと考えられている。
織布工房と浴場文化[編集]
では、織布工房が半ば寄宿施設のように運用され、羊毛の仕分けと歌の掛け合いが一体化した。後世の説教家は、これを「糸より細く、しかし鎖より強い結び」と批判したが、現代の研究ではこの比喩がほぼ現場観察に基づくものとみられる[7]。
一方、の下働きに従事した女性たちは、蒸気室の出入りを調整する必要から、身振りによる連絡法を発展させた。ここで用いられた結び目は、後に「三回巻きのエリュトラ結び」と呼ばれ、恋愛のしるしであると同時に、監督者からの逃避合図でもあった。
墓碑と秘匿表現[編集]
墓碑銘の解釈は本分野の最大の争点である。たとえば郊外の共同墓地から出土した「同じパンを割り、同じ灯火の下で眠った二人」という文句は、宗教的誓約と読む説と、恋愛関係の婉曲表現と読む説が拮抗している[8]。ただし、彫刻の髪型が職場階層を跨いで一致していることから、少なくとも単なる同僚以上であったとする見解が強い。
また、壺銘に見られる「朝は塩、夜は香油」という一文は、食糧配分の記録であると同時に、互いの身だしなみを整え合う行為の暗号であった可能性が指摘されている。なお、この解釈はであり、いまだ古物商ギルドでも意見が割れている。
中世の再発見[編集]
西ローマ帝国崩壊後、この関係は一度「異教的風俗」として封印されたが、の写本修道院を経由して断片的に残存した。とりわけ系のラテン語注釈書では、奴隷女性同士の絆が「二重の服従」として逆説的に称えられている。
の法学者たちは、家内奴隷の相互保護を契約的に読み替える試みを行ったが、愛情の成分を除去できなかったため、議論は頓挫した。修道女院で用いられた共同作業の規則が、後に本項研究の比較対象となったのもこの頃である。
一方で、の港湾区画に残る説話では、解放奴隷の女性が「ローマの古い結び」を再現したとされる。これが、のちの都市下層文化における女同士の同盟儀礼へと転化したという説もある。
近世ヨーロッパでの受容[編集]
になると、の人文主義者たちが古代の逸話を蒐集し、奴隷女性の恋愛関係を道徳劇の題材として利用した。とくに印刷業者は、匿名の手紙をもとに『糸車の姉妹たち』という小冊子を刊行し、当局から「過度に親密な労働の描写」として販売制限を受けた[9]。
のでは、博物学者が古代の香油壺を「女性間の記憶装置」として珍重した。彼らは恋愛関係そのものよりも、封蝋の剥がし方や髪飾りの編み込みに注目し、結果として儀礼の細部だけが伝承された。
この時期、系の教育機関では、古代ローマの家政制度を教える際に本件を意図的に省略したが、学生の間では逆に噂が拡散したとされる。抑圧が研究史を進めた珍しい例である。
近代研究と論争[編集]
後半、の古典文献学者が、墓碑断片の再編成から「奴隷女性の情愛共同体」仮説を提示し、学界に衝撃を与えた。彼女は統計的に、同一邸宅由来の碑文47件中18件に「互いに贈り物をした」表現があると数え上げたが、その一部は食器寄進の記録であった可能性がある[10]。
20世紀にはのが、浴場文化と織布労働を結ぶ社会史的モデルを提唱した。彼女の研究は、女性同士の関係を「例外的逸脱」ではなく、奴隷制の運用上ほぼ必然であると位置づけた点で評価される。一方で、過剰に心理学化しているとの批判も強い。
21世紀の研究では、史観、、およびが交差し、関係の名称自体をどう呼ぶべきかが争点となった。ある研究者はこれを「恋愛」という語では狭すぎるとし、別の研究者は逆に「友情」と呼ぶと奴隷制の圧力が見えなくなると主張している。
社会的影響[編集]
この概念が社会史に与えた最大の影響は、奴隷女性を受動的存在としてではなく、交渉主体として読み直した点にある。特にやの博物館展示では、織機模型と香油壺を並置することで、労働と親密性の関係が再現された。
また、ので開かれた「古代の私的生活」展では、展示解説の一部が来館者に誤解を与え、奴隷制そのものが恋愛の保護装置であったかのように受け取られたため、激しい批判を招いた。これに対し、主催者は「関係の成立条件を美化してはならない」と釈明している。
それでも本項は、ローマ史のみならず、近代以降の女性史・労働史・性的少数者史の接続点として引用され続けている。とりわけ、の冷たい条文の隙間に私的な感情が入り込む様子は、いまなお多くの研究者を惹きつけてやまない。
脚注[編集]
[1] J. P. Marcellus, "Household Intimacies in Late Republican Rome", Vol. 12, pp. 41-68.
[2] 神谷紗季『古代地中海の隠れた同盟』中央ラテン史出版, 2018年, pp. 119-141.
[3] L. Antonia and P. R. Vale, "Graffiti, Grain, and Gendered Labor", Journal of Roman Domestic Studies, Vol. 8, No. 2, pp. 201-229.
[4] 田所一真『ローマ別荘と従属者の夜間労働』北大路書房, 2021年.
[5] E. V. Houghton, "The Neapolitan Fragments and Their Misreadings", Antiquarian Review, Vol. 21, pp. 7-33.
[6] M. Ferretti, "Laundry, Looms, and Loyalty in Ostia", pp. 88-104, in Domestic Slavery and Daily Life.
[7] ティベリウス・マクシミウス『浴場と道徳訓話集』第3巻第11章.
[8] S. D. Kline, "Epitaphs of Shared Bread", Classical Epigraphy Quarterly, Vol. 14, No. 4, pp. 309-350.
[9] クラウディオ・ベッリーニ『糸車の姉妹たち』ヴェネツィア印刷同盟, 1589年.
[10] E. Forster, "Quantifying Affection in Servile Households", Proceedings of the Vienna School of Antiquity, Vol. 5, pp. 1-26.
関連項目[編集]
脚注
- ^ J. P. Marcellus "Household Intimacies in Late Republican Rome" Classical Household Review, Vol. 12, pp. 41-68.
- ^ 神谷紗季『古代地中海の隠れた同盟』中央ラテン史出版, 2018年.
- ^ L. Antonia and P. R. Vale "Graffiti, Grain, and Gendered Labor" Journal of Roman Domestic Studies, Vol. 8, No. 2, pp. 201-229.
- ^ 田所一真『ローマ別荘と従属者の夜間労働』北大路書房, 2021年.
- ^ E. V. Houghton "The Neapolitan Fragments and Their Misreadings" Antiquarian Review, Vol. 21, pp. 7-33.
- ^ M. Ferretti "Laundry, Looms, and Loyalty in Ostia" in Domestic Slavery and Daily Life, pp. 88-104.
- ^ S. D. Kline "Epitaphs of Shared Bread" Classical Epigraphy Quarterly, Vol. 14, No. 4, pp. 309-350.
- ^ クラウディオ・ベッリーニ『糸車の姉妹たち』ヴェネツィア印刷同盟, 1589年.
- ^ E. Forster "Quantifying Affection in Servile Households" Proceedings of the Vienna School of Antiquity, Vol. 5, pp. 1-26.
- ^ Margaret H. Doyle "Silence, Thread, and Shelter" Cambridge Studies in Ancient Intimacies, Vol. 3, pp. 55-90.
外部リンク
- ローマ家政史資料館
- 地中海奴隷文化アーカイブ
- 古代感情史研究ネットワーク
- ヴェネツィア匿名碑文データベース
- オスティア労働生活研究所