ヴィーガン団体牧場奇襲事件
| 名称 | ヴィーガン団体牧場奇襲事件 |
|---|---|
| 正式名称 | 十勝沿岸牧場連続侵入事案 |
| 日付 | 2007年9月14日 |
| 時間 | 午前4時20分ごろ |
| 場所 | 北海道十勝郡浦幌町の複数牧場 |
| 座標 | 42度46分N 143度40分E |
| 概要 | 動物権利運動を標榜する団体が牧場へ突入し、家畜解放を試みたが、誤って自動給餌装置と見回り車両を連鎖的に停止させた事件 |
| 標的 | 乳牛、搾乳施設、飼料倉庫 |
| 手段 | 夜間侵入、横断幕、炭酸スプレー、無線妨害装置 |
| 犯人 | ヴィーガン解放同盟「グリーン・ミルク・ゼロ」構成員7人 |
| 容疑 | 建造物侵入、威力業務妨害、器物損壊、家畜保護法違反 |
| 動機 | 畜産に対する抗議と、放牧牛の「完全自由化」要求 |
| 損害 | 搾乳停止約6時間、乳量損失約2,400リットル、車両2台損壊、負傷者なし |
ヴィーガン団体牧場奇襲事件(ゔぃーがんだんたいぼくじょうきしゅうじけん)は、(19年)にので発生したである[1]。警察庁による正式名称は「」とされ、通称では「ヴィーガン団体牧場奇襲事件」と呼ばれる。
概要[編集]
ヴィーガン団体牧場奇襲事件は、に東部の酪農地帯で発生した施設侵入事件である。動物権利を強く掲げる市民団体が、複数の牧場に同時侵入して家畜の「解放」を試みたものの、実際には牧柵より先に自動給餌系統を停止させ、広域の搾乳工程を混乱させたことで知られている。
当時、周辺で拡大していた畜産倫理論争と、の酪農協同組合による大型化投資が背景にあったとされる。事件はのちに、地方紙が付けた見出し「牧場に善意の突撃」を契機として全国に拡散し、過激な抗議行動の典型例として扱われるようになった[2]。
背景・経緯[編集]
発端は、札幌市内で活動していた自称動物権利研究会「グリーン・ミルク・ゼロ」が、末に公表した声明文である。同団体はの乳製品消費量が年率で増加していると主張し、これを「食卓における静かな暴力」と表現した。なお、声明にはの統計表を切り貼りした痕跡があったとされるが、出典が曖昧であるため要出典とされている。
実行計画は、の海岸線近くにある3か所の牧場を同時に混乱させるというもので、参加者はの古書店で購入した牧畜図解と、ネット掲示板で入手した「搾乳機停止マニュアル」を参照していた。彼らは家畜を傷つけないことを強調していたが、結果としては牛舎の自動開閉扉が閉じなくなり、牛が朝食を2回も食べるという異例の事態を生んだとされる。
事件前夜、近隣ので不審な段ボール箱が目撃され、通報が相次いだ。もっとも、箱の中身は横断幕、豆乳の紙パック、無線妨害機、そしてなぜかの菓子店で買われた焼き菓子17個であったと記録されている[3]。
捜査[編集]
捜査開始[編集]
は事件当日午前5時10分ごろに捜査本部を設置し、と連携して現場封鎖を行った。牧場関係者の供述によれば、侵入者は「牛を自由に」と叫びながら柵を越えたというが、実際の目撃証言では、少なくとも2人が長靴のサイズを誤って転倒していたとされる。
検挙の決め手となったのは、現場に残された再利用可能な布製バナーと、のコンビニで購入された大量の無糖豆乳である。防犯カメラには、犯行グループが牧場の見取り図を逆さに持っていた様子が映っており、警察はこれを「意図的な撹乱ではなく、単純な方向感覚の欠如」とみていた。
遺留品[編集]
遺留品としては、炭酸スプレー2本、結束バンド18本、手書きの宣言書、そして飼料倉庫の鍵を入れようとしていたものの実際には別の農家の郵便受けの鍵であった金属束が押収された。さらに、犯行現場近くの泥からはのライブハウスで配布されたというステッカー片が見つかり、関係者の行動範囲が広域であったことを示した。
一方で、遺留品の一部には牧場側が配布する景品の反射板が混じっており、捜査当局は「犯行に使用した資材が、途中でほぼ全て現地調達に変化した可能性がある」と発表した。これにより、抗議行動としては異例の、物的証拠が非常に生活感のある事件として認識されるようになった。
被害者[編集]
直接の被害者は牧場所有者4名、作業員9名、および搾乳工程に関わっていた乳牛約120頭である。ただし、人的被害は軽微で、被害届の中心は器物損壊と業務妨害に置かれた。最も大きな影響を受けたのは、午前5時台の自動搾乳ラインが停止したことで、翌日の出荷予定乳量のうち約2,400リットルが廃棄対象となった点であった。
また、被害者の中には、当時から応援に来ていた獣医助手が含まれており、彼は「牛がいつもより落ち着きすぎていて逆に怖かった」と記者に述べたとされる。なお、牛側に明確な身体的負傷は確認されなかったが、1頭が横断幕の赤色を長時間凝視したため、数日間だけ給餌場所を避けたという記録が残っている[4]。
刑事裁判[編集]
初公判[編集]
起訴されたのは主要メンバー5人で、で初公判が開かれた。検察側は、被告らが「思想的信念に基づき、牧場の業務を停止させることを目的としていた」と主張し、被告側は「現場での混乱は想定外であり、あくまで象徴的な抗議だった」と反論した。
初公判では、被告の1人が傍聴席に向かって『牛は敵ではない』と述べたが、裁判長は『しかし通路は敵である』と静かに諭したと伝えられている。もっとも、この発言は速記録に残っていないため、後年の報道脚色である可能性が高い。
第一審[編集]
第一審判決では、主犯格とされた代表者に懲役2年6月、執行猶予4年、他の被告3人に懲役1年8月から2年の有罪判決が言い渡された。裁判所は、動機に社会的問題提起の側面があっても、牧場の操業を妨げる具体的危険が大きいと認定した。
一方で、証拠物の一部が「再利用可能な販促物」と判別されたため、器物損壊の程度は検察主張よりも軽く評価された。なお、無線妨害装置については性能が低く、実際には現場のラジオしか止められなかったことが後に明らかになっている。
最終弁論[編集]
控訴審の最終弁論で弁護側は、被告らが畜産の実態を可視化しようとしただけで、危害の意思はなかったと主張した。これに対し検察側は、供述の中に「牛舎の扉はすぐ開くと思った」という記述があることを挙げ、計画性の低さそのものが危険性を増幅したと反論した。
最終的に高等裁判所は、世論の過熱を避けるため判決要旨を簡潔化し、社会運動としての側面と犯罪としての側面を峻別した。もっとも、判決文の脚注には「横断幕の文言がやや農業祭向きであった」とする異例の所見が付されたとされ、法曹関係者の間で話題になった。
影響・事件後[編集]
事件後、の牧場では夜間センサーと自動施錠装置の導入が急増し、には周辺酪農家の約63%が監視カメラを新設したとされる。これにより、北海道の酪農防犯市場が一時的に拡大し、地元の電気工事業者が最も恩恵を受けたという指摘もある。
また、都市部の動物倫理団体は、この事件以降「牧場に突入しない抗議」のガイドラインを作成した。結果として、街頭での試飲会や、バター不使用のスコーン配布へと運動が転換し、事件は皮肉にも穏健派の拡大を促したと評価されている。一方で、当時の地方紙が見出しに使った「奇襲」という語が独り歩きし、後年のネット文化では、計画性のない抗議行動の代名詞として用いられるようになった。
評価[編集]
研究者の間では、この事件はにおける動物権利運動の戦術的失敗例として扱われることが多い。特にの社会運動論の一部では、メッセージの道徳的正しさと、手段の不適切さが衝突した事例として分析されている。
ただし、の一部研究では、事件によって畜産現場の安全対策が前倒しで整備された点を重視し、「不幸なかたちで制度改善を促した象徴事件」とも評価される。なお、動物福祉団体の一部は今なおこの事件に言及を避けるが、別団体は毎年9月を「静かな抗議月間」としているという[5]。
関連事件・類似事件[編集]
類似事件としては、ので起きたとされる「豆腐工場封鎖未遂事件」、のにおける「養鶏場スローガン投函事件」などが挙げられる。これらはいずれも、抗議の対象となった施設側よりも、抗議側の準備不足が結果として際立った点で共通している。
また、国外ではの動物解放運動による農場侵入事案が比較対象とされるが、ヴィーガン団体牧場奇襲事件は、横断幕の文体がやけに丁寧であったことから、「抗議と町内会の中間にある珍事」として別枠で語られることが多い。
関連作品[編集]
書籍[編集]
『』(、)は、事件を下敷きにしたノンフィクション風ルポルタージュである。著者は現地取材で、牧場主が「牛より先に記者が来た」と語った場面を強調している。
『』(、)は、活動家側の視点から描かれた半伝記的作品で、巻末に無糖豆乳の銘柄比較表が付くなど、異様に実務的である。
映画・テレビ番組[編集]
の特集番組『』は、事件をきっかけに導入された防犯設備の変化を追ったドキュメンタリーとして知られる。なお、再現ドラマの牛役を務めたのは実際の乳牛ではなく、の農業高校が製作した等身大模型であった。
映画『』は海外向けに制作されたが、日本公開版では抗議シーンの多くがカットされ、代わりに牧場の朝食風景が長く映されるため、観客の間で「最も穏やかな暴動映画」と評された。
脚注[編集]
[1] 事件名は地元紙の見出しに由来するとされるが、正式名称の普及度は低い。
[2] 『十勝日報』の紙面保存版による。
[3] この焼き菓子が事件とどう関係するかは不明である。
[4] 目撃証言には個人差があり、牛の心理描写は後年の創作の可能性がある。
[5] 団体名、月間名ともに登記・公的認定の確認は取れていない。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐々木隆之『十勝酪農と抗議運動の変容』北の文庫, 2011.
- ^ M. A. Thornton, "Rural Disruption and Moral Protest in Hokkaido," Journal of Comparative Social Actions, Vol. 18, No. 3, pp. 211-239, 2013.
- ^ 高橋理恵『動物権利の現場史』新潮社, 2010.
- ^ Peter W. Collins, "The Milk Line Incident and Its Echoes," Rural Conflict Studies, Vol. 7, No. 1, pp. 44-68, 2012.
- ^ 北海道酪農安全協議会『平成19年十勝沿岸地域における夜間防犯対策報告書』, 2008.
- ^ 中村一成『抗議のかたちと逸脱の倫理』岩波書店, 2014.
- ^ Eleanor F. Green, "Activism at the Fence: A Case from Japan," Asian Social Movements Review, Vol. 5, No. 2, pp. 95-123, 2015.
- ^ 田辺薫『牧場の法社会学』有斐閣, 2016.
- ^ 『十勝日報』編集部「牧場奇襲事件と地域防犯の再編」『十勝日報研究年報』第12巻第4号, pp. 8-19, 2009.
- ^ Jonathan Reed, "When Protest Meets Livestock Logistics," International Journal of Agrarian Security, Vol. 9, No. 4, pp. 301-330, 2011.
外部リンク
- 十勝沿岸地域事件史アーカイブ
- 北の社会運動資料室
- 牧場防犯対策研究会
- 十勝新聞デジタル特集
- 動物倫理と地域経済フォーラム